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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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九十五話 自省

 街道沿い、森の中に開けた場所を見つけ、火を起こして囲む。

 そう町から離れてはいないが、知らない場所で夜道を歩き続けるのは危険だし、何より疲弊もする。



 俺達三人に、何故か髭面が加わり、静かに保存食を齧っていた。

 食料の準備もしているところを見るに、初めから付いて来る気だったように思える。


 腹を落ち着けると、白湯を飲みつつ、心を決める。

 これまでも、なんとはなしに行動してきた。

 しかし今回ばかりは、改めて確認するべきだ。


 そして、気に食わなかろうが、頼るしかない。

 何食わぬ顔して、この場に居座っている髭面を横目に見る。

 人の気も知らず、白湯を飲みつつ寛いでいる様が忌々しい。

 だが、丁度良い機会だと思うことにする。


 背を伸ばし、髭面へ向き直った。


「こいつらを、工房に連れて行ってくれないか」


 俺の言葉を吟味するように、目を細めている。

 裏の意味などない。


「あんたになら、余計な手出しも出来ないはずだ」


 こいつも、商人達には、なんの思惑もないだろう。つまるところ、守るべき一市民だ。

 ただし、何も言わないが任務中に違いない。そちらが優先されることは、理解していた。 

 髭面の表情に、口を開く前から断られる気配を察した。


「一日、いや半日でもいいから、手を貸して欲しい」


 それでも、無理を通したかった。


「頼む」


 髭面は、一応の考えるようなそぶりを見せ、口を開いた。

 その返答を遮ったのは、意外にも商人だった。


「それはいい」


 それは、良い案だって意味か、いらんのかどっちだ。

 俺の困惑を見て、言葉は足された。


「妙な形とはいえ、元老院の内部まで来た。工房は、もういい」


 観光ならそれでもいいだろうが、自身の工房を持つのに、役に立てばと来たんだろ。


「それだと、ここまで来た意味がない」


 商人は頭を掻きながら、困ったように苦笑した。


「それが、あった。あの魔術式の部屋。大収穫だよ」


 それは趣味の領域だろ。

 そう思ったが、複雑な面持ちながら、確かに満足そうに見えた。


「そうか……」


 本当に、そうなのか。

 心の内など分かりはしない。

 とはいえ、これは商人の旅だ。それでいいと言われれば、これ以上食い下がることも出来なかった。


「役に立てず、申し訳ないな」


 髭面は肩を竦め、おざなりの言葉を付け足した。



 それは、俺が言いたい言葉だった。

 ただでさえ、俺の都合で無理に押しかけた。

 せめて、目的を果たす手伝いくらいはしたかった。

 旅人の俺が、護衛対象を目的地まで無事に送り届けるどころか、その邪魔をすることになるとは。

 さすがに落ち込む。


「そっとしておいてやれ」


 商人の声に、ふと横を見ると、魔の手が迫っているところだった。

 もちろん、禄でもないことしかしないのは、女だ。

 細長い葉先に、毛虫がくっついたような草を握っていた。

 商人に止められ、無念そうにそれを振っている。


 ついでだが、こいつにも迷惑をかけたな。

 申し訳ないと、心で思っておく。


「よく、ずっと静かにしてられたな。広間で」


 勝手にふらふらと、何事かしでかさないか、気懸かりではあった。

 目の前のことで手一杯で、すっかり忘れていた。

 血の気の多いこいつが、戦闘中に茶々を入れなかったのが不思議だ。


「亡き者にしようとかの気配はなかったし」


 やはり、動物並みの嗅覚を働かせていたか。

 そう思ったなら、早く言えよ。


「このまま幽閉されるのかなー大変だねえって」


 大変で済むか!

 それじゃ亡き者にされるのと大差ないだろ。


 いや、こいつらは無関係だ。

 巻きこんでしまったのは俺で、助ける義理はない。

 俺がうまく立ち回れなかった。

 それだけだ。


「ははは、存分にへこむといい」


 女はにこりともせずに、乾いた笑いを響かせる。

 落ち着け……こいつらも苛立っただろうから、この位言われても当然だ。


 そうだ。特に、こいつは本来の護衛だ。

 雇い主である商人がいいと言っても、防げなかった俺に腹を立てているに違いなかった。


 結局、魔の手は伸びてきた。

 ぺしっぺしっと、顔から音が鳴る。

 俺は毛虫草の攻撃を、甘んじて受けることにした。





 色々あり過ぎた一日だった。

 見張りを買って出ると、二人を先に眠らせ、ぼんやりと枝葉の間にくすぶる火を眺めている。

 髭面も見張りをするといって起きていた。


 こいつの目的が何かは知らない。


 戦うことになったら、俺は死ぬだろうな。

 そして、二人を逃がしてやることもできない。


「そう、力むな」


 不意に、髭面がくぐもった笑いを漏らした。


「可笑しいか。それだけ、疑われるようなことをしておいて」


 組合からの断片的な情報とはいえ、ずっと、俺の旅の行き先を追っていた。

 回廊対策の準備が整えば、今度は直接関わってきた。

 元老院へは、こちらも急遽予定したことだから、偶然かもしれない。

 しかし、行き先が同じならということだろう、無理に同行してきた。

 それは女騎士の要望かと思っていたのだが。


「俺に、何の用がある」


 つい、疑問を口にしていた。


「用か。特には、ない」


 ふてぶてしい返しに、睨みつける。

 常に、観察しているように見えたぞ。


 これまでの行動から、俺と元老院との間にある問題に、帝国側は一歩引いて見ていたように思う。

 今もただ、監視役を引き受けてきただけなのか。

 こちらでは、そっと様子を知るにも帝国の息のかかった者はいないだろう。

 それで、こうして居るのかもしれない。


 だからって、こんなことに人手を割くほど、暇を持て余しているもんかね。

 危機がどうたらと言いつつ、結構余裕あるじゃないか。

 

 ああそうか、準備は整ったから、空いた手で好きなことやってるんだったな。


「……どうせなら元老院で、爺共と楽しくはかりごとでもやってろよ」


 思わず愚痴が漏れた。

 俺も相当疲れてるようだ。




 交代して眠りにつくも、明け方には目が覚めた。

 手早く支度を済ませる。


 街道は一本道のようだったが、髭面が地図を取り出し、距離を測る。

 どこまで進むか、大体の予定を立て、旅立つ準備は整った。


「本当に、いいのか」


 最後に、もう一度、商人の心積もりを確かめた。


「朝から暗い顔をするな。本当に十分だよ。その理由を道中話そう」


 そうして商人は、荷車を引き始める。


 待ってくれ、理由は特に、聞きたくない。


「あんた用に考案した魔術式があったろう」


 やっぱり。

 無意識に拒否しかけるが、歯を食いしばって耐える。


「ここのところ、精霊力の流れに干渉する魔術式の構築に取り組んでいる。制御に関する式なんだが、あの広間の魔術式は、まさに精霊力の流れを誘導し意図的に形作る。そういった仕掛けが施されていた」


 どこか遠いところを見つつ、商人は話し出した。


「そ、そうか」


 どうにか頷く。


「俺が持って行きたい方向と、同様の効果を持つものではないが、大いに参考になった。今度の改編には期待してくれ。そうだ、その制御機構が……」


 言っていることで理解できるのは、一応は同じ言語体系を持つらしく、発音を聞き取ることができたことのみだ。

 要するに、意味はさっぱり分からなかった。


 女は相変わらずこういう時は、後方で大あくびをし、そっぽを向いている。

 これを初めて目の当たりにした髭面は、眉を顰めていた。

 だが、これが自分に対するものでなくて心底安心したというような、口元の笑みは忘れないぞ。


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