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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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八十六話 白黒の立場

 晩飯を駆逐し、部屋に戻ろうとしていた。

 女が食い物のことなど尋ねているのを横目に、立ち去ろうとしたのだが、それを鋭い声が制した。

 髭面だ。


「誤解があるようだから、この機会に我々の立場を説明しておこう」


 いらんよ。


「まあ、聞け」


 憮然としているだろう俺を見て、髭面は釘を刺す。

 命令ばかりしてきたんだろう。

 相手が思い通りに行動するのが、当然と考えているんじゃないか。


 言葉を飲み込み、奥歯を噛み締める。

 さっさと部屋へ引き上げたかったが、そうすれば明日からも煩いに違いない。

 立ち上がりかけた腰を、またどさりと椅子へ落とす。

 腕を組むと、さあ話せよと態度で促した。


 俺の態度を見て、髭面は立場の違いとやらを語りだした。


「色々な立場がある。地位が高いからといって、皆が考えているほどには自由に動けるものではない」


 その割に、随分と自由気ままに旅立ってるのな。

 俺に誤解があるようだなどとほざいていたが、なにをどう解こうというのか。

 そんな誤解があったとして、解く必要もなさそうではある。

 髭面を窺い見る女騎士の様子に、ああまたこいつの希望なのかと、なんとなく思った。


「今まで、回廊対策の大きな計画を進めてきた。だが、一度走り出せば、後は各担当の者が全力でことに当たる。既に、我々の出る幕はない。しかし他にも出来ることは幾らでもある。元老院とは、今後も堅密に連携をとる必要がある。使者からの話を聞くだけでなく、一度、この目で見ておきたいのだ」


 詳細など語りはしないが、それは本当のことなのだろう。

 そうでなければ、わざわざたった二人で出てくるとも思えない。


「だからって、できることってのが元老院との……何某とはね」


 悪巧みと言いそうになり、言葉を変える。


「不満なようだな」


 不満というわけでもなかったが、何か一言言いたかったのだろう。


「偉い地位にいるんだろ。足元のことをまずはどうにかしたらどうだ。そう、思っただけだよ」


 口元を歪める髭面を、何かおかしいかと睨む。 


「例えば」


 そう聞かれるだろうな。

 ただ、特に何がとは言えなかった。

 こいつらの取り組みと比べたら、些細なことなんだろう。が、ふと心を過ぎったことを言ってみることにした。


「以前、ここみたいに人気ひとけのない町を通った。コルディリーを南西に進んだ小さな経由地で、軍の定期巡回でもなければ人も滅多に通らないそうだ。あの辺は、精霊溜りの影響もありそうだというのに組合もない。町長一人で帝都まで陳情に向かっていたり、何かと大変そうだったぞ」


 隣の商人達は、どこのことか思い出したようだ。


「木の実が美味しい町」

「ルローの町か。確かに何もなかったな」


 名前があったのかよ。

 商人からの情報に一瞬気を逸らされるが、意識を髭面へ向けなおす。


 髭面は苦笑を浮かべ、顎の無精髭を撫でながら、わずかに考えるようなそぶりを見せた。


「国内の問題にも、当然意識は向けている。だが、今私一人が赴いて、どうにかできる問題ではないな。しかし覚えておこう。次に国と連絡をとる機会には、伝えておくことを約束する」


 そんな些細なことと、国の危機を比べるのかと諭されるかと思ったのだが、意外にも気にかけているようだった。


「その精霊溜りの問題も、回廊の影響のためだ。国も、元から断つ計画を進めていることは理解しておいてもらいたい。共に回廊の現状を見ただろう。景色を写し取る魔術具がある。あの時に、他国の協力を募るべく証拠を抑えておいた」

「景色を写し取る魔術式具?」


 商人が反応しているが、すげない返事が返ってきた。


「それ以上のことは、今は言えんな」


 髭面の話は一通り終わったのか、隣に目配せをする。

 それを受けて、女騎士は自身の都合について語りだした。


「私にとっては、ここまで面倒を見ていただいた恩義に報いる意味もあるのです。アィビッドの王は、大らかで義に厚い方ですよ」


 へえ……そんなんで国を引っ張っていけるのだろうか。


「もちろん奉仕などではありません。私が努力し、力を付け、国の為に働いてお返しすることが条件でした。回廊周りの件で一通りの準備が整い、海を渡る許可を得ることができたのです。そんなことで、恩をお返しできたなどとは考えていませんが、今後のためにも良い協力関係を築いていかなければと思っています」


 今さら動き出したのは、そういう理由があったのか。


 そうすると、俺の旅との行動が被ったのも、本当に偶然だった、とでも言うつもりだろうか。


「このくらいにしておこうか」


 髭面は唐突に話を打ち切ると、引き上げていった。

 言いたいことだけ言って、随分と勝手だな。


 女騎士だけは立ち止まり、俺の懐疑に答えた。


「彼は、王の乳兄弟なのです。個人的、といってよいのか分かりませんが、自分の意思で動くことのできる立場にあります。確かな信頼のある立場ですので、ご心配には及びませんよ」


 そして、軽く礼をすると身を翻し去っていった。


 なんだって。

 とんでもないことを言い残して行きやがった。

 それって、自分の意思っていうのか。

 王の意向を受けての行動じゃねえかよ。

 心配するなだと。

 ますます不安だよ。


 公にまでは出来ないが、人を動かしたい。

 そこまでのことっていや……女騎士に関係することか。


 王の血筋を引く者だ。

 トルコロルを復活させるとして、確実に必要な人材だろうな。

 それを、お膝元で育てたわけだ。

 ようやく、自国の為に働く許可を得たと。

 恩を返すために働いてきたというが、本当に手を貸す必要があるのは今後ではないのか。

 あの狂信めいたところなんて、どこまでが本来の彼女自身の意思なんだろう。

 それに、考えてみれば、他の生き残りはどうなってるんだ。


 これ以上、深く考えないほうがいいだろうか。


「おい……頭に何を刺してる」

「うーん、なかなか挿さらないね。毛が薄いからかな。あっひどい」


 立ち上がって、さっきからちくちくと頭皮を煩わせていた原因を払いのけた。

 枯れた葉っぱが辺りに散る。

 吊るしてあるやつから勝手に千切ってきたのか。粉主人に怒られるぞ。


「髪は少なくない」


 女を見下ろして睨む。


「色が薄いって意味なんだけど」


 顔が笑っているぞ。

 色が薄いから、刺さりづらいって意味が通じないだろうが。


「そろそろ、休んだ方がいい」


 商人も、宥めるように言って立ち上がる。


「片付けろよ」


 強く言い置くと、文句を言っている女を残して居間を出た。

 暑さで頭がはっきりしない。

 汗まみれだ。寝る前にさっぱりしたい。



 台所で後片付けをしていた粉主人に、水場を使っていいか尋ねる。

 案内されて驚いた。まともに浴槽のある宿など初めてだ。

 残念なことに湯を張れるほどの時間はないし、早く眠りたいのもあり、汗を水で流すだけにしておいた。


 ベッドもまともだ。

 敷物が何枚も重なり柔らかい。

 そして、これまた余計なほどの上掛けが重なっている。

 薄い一枚を残して、他は剥ぎ取った。

 ようやく横になって、人心地つく。




 回廊へ行くずっと前から、全ての準備は整っていたというわけだ。

 後は確認をするだけだったと。

 その確認ってのも、周囲を納得させるための証拠固めか。

 妙な魔術式具を色々と用いていたが、景色を写し取る道具か。

 進歩が空恐ろしいな。


 もちろん、そんなものを誰もがすぐに信じるなんてことはないから、現地へ人を出せと言って回っているんだろう。

 気の長いことだ。

 組織も図体がでかくなると、それだけ腰が重くなるものだよな。

 だからこそ、組合は各拠点毎の需要を重視しているのだが。

 幾ら、市民側に立っていると言えど、結局のところは運営に各国が支援している。


 そう考えると、自らの立場にも矛盾を感じて、虚しいような諦めのような気持ちになる。

 重い気持ちを遮るべく、目蓋を閉じた。


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