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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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八十五話 鄙びた町

 昼飯を食い終わって、さあ出かけようかという時に、嫌な二人と出くわした。

 髭面と女騎士。

 俺の反対の意思はよそに、商人達は気楽に同行を許可した。

 仕方なく、黙って後に続く。

 俺も、商人の旅に参加している状況だ。決定権は商人にある。


 いつものように、商人が荷車を引き、俺と女はその後方を左右で挟みつつ付いて行く。

 余計な白黒二人組みは、定位置もない。

 辺りを見回していたかと思うと、少々変わった荷車を調べるように見入ってみたりと、ふらふら周りをうろついていた。

 目障りなと、眉を顰める。


 最近緩みすぎていた。

 気合を入れなければと思っていたが、こんな緊張感は要らん。

 距離を取りたいが、行動を共にする以上そうもいかない。

 極力、話しかけられることのないように目を合わせない。

 話しかけられたとしても、なるべく無視だ。


 しかし、商人達もやけにあっさりと信用してるな。

 俺の時とは大違いだ。

 相手は、国の正式な使者だ。俺のように、なんのしがらみもないなら心強いくらいだろう。

 だから当然なのは分かってるが、思わず心でぼやいていた。



 髭面が側を歩きつつ言った。


「そう、ふて腐れるな」


 笑みすら浮かべて、しれっとしている。

 ふて腐れてない。

 それもお前らのせいだ。


「子供みたい」


 うるさい。

 髭面とは逆の隣から聞こえた、女の余計な言葉を無視する。

 本当に余計な勘だけは冴えていやがる。

 なんで俺が、駄々を捏ねてるようなことになってるんだよ。


「そのまま、目的地へ行かないのか」


 そうしろよ、との意図を込めて言った。


「数日かかる。船を降りたばかりだ。今日のところは体を休めておいた方がいい」

 

 お前らだけなら強行してただろうに。

 徒歩に付き合ういわれもない。

 何を言っても無駄だろうと、俺はそれきり口を閉ざしていた。


 例え何かを聞いたとしても、どうせ話せることなど少ないだろう。

 質問したところで、それは口外できないと言われることばかりなら、俺から話すことは益々ない。





「人家が見えてきた。あれだ」


 街道を少しばかり北上したところだった。

 まだ午後も半ばだ。かなり近い位置に町はあった。

 そんなに町から離れた港なんて不便だろうしな。


 道を挟んで左手が海、右手は山々が連なる。

 髭面の言葉に山を見上げると、途切れた木々の合間から、家々が覗いていた。


 街道から横道へ分け入り、急というほどではないが、それなりの坂を上っていく。


「手を貸さなくとも、問題ないようだな」


 商人の怪しい機構付き荷車のことだ。

 普通であればゆっくりと歩けばいいだけだが、荷車を曲りくねった急な坂道を引き続けている商人に、それを全く気にしていない俺達。

 その様子を、不審に見やりながら髭面は呟いていた。


 惜しい。

 その言葉が商人の耳に届いていたら、さすがのこの男でも余裕などなくすはずだ。

 いつ止まるとも知れない、構造についての解説を延々と聞かされる恐ろしさを味わってみるといいぞ。

 まずいな……女の思考に似てきただろうか。


 そんな益もないことを考えていると、入口だろう辺りに木の柵が見えてきた。

 徐々に姿を現す景色を目に、歩を進める。

 ようやく踏み入ると、ひなびた風情の街並みが俺達を出迎えた。

 茅を葺いた屋根に、多少赤みのある土壁。落ち着いた色の民家が建ち並ぶ。


 確かに、船員達の言っていた通りだ。

 特に、退屈しのぎのための魅力があるような場所ではないだろう。

 この道は、街道から入る主な通りになるだろうに、見る限りでは食堂すら見当たらない。




「宿がありそうにもない場所だな」


 珍しく商人が困惑しているようだった。

 いつも、宿なのかと思うようなところへばかり行っていた者でも困惑するほどなのか。

 ただ、町らしい雰囲気がないというのには頷ける。

 実際に以前、似たような町を一つ通ったが、宿はなかった。

 店らしきものも名ばかりで、普段は交換しているだけのようだったし。


 しかし、こちらの町には牧草地のようなものは見えなかった。

 山間の何処かに、畑でもあるのだろうか。

 狭い町なのは間違いない。


「一軒だけ宿がある。行商人を泊めるのに用意しているそうだ」


 俺達は、その宿の情報はいつのものかと不安に思った。

 今は無くなっている可能性もある。


「少なくとも、去年はあったと聞いている」


 髭面が俺達の表情を見て、付け足した。



 渋々と後を付いていったところは、民家の一つだった。

 斜面の麓に、木々に埋もれるようにして建っている。

 雨のように水の落ちる音が耳に届いた。

 斜面に川があるのなら、流れも速いのだろう。


 玄関側に回りこむ際、裏手に水車小屋が見えた。

 麦でも挽いているのかもしれないな。




 絡まった蔦草と柵の境が分からないほどの門に手をかけると、藪の間から扉が開くのが見えた。


「ようこそ、お越しくださいました」


 この宿だか民家だかの主だろう。やけに馬鹿丁寧な挨拶だ。

 粉まみれの作業着のその男は、草を引き千切るように門を開き、俺達を出迎えた。


「どこから見てたの」


 女は不思議そうに聞いていた。


 予め伝えていたんじゃないのか。

 俺はそんな不審を抱いて、白黒組を見る。


「水車小屋から見えたんですよ。お泊りですか」


 髭面がそうだと頷くと、粉主人の後にぞろぞろと付いて行った。


 しかし、この手入れの行き届いてなさ加減。

 本当に客があるのか疑わしい。



 木々で外観が分からなかったが、結構な広さがあるようだった。

 宿代に違いはないというので、一人一部屋を割り当てられた。


「食事までは居間でお待ちください。夜は少々冷えるんでね、暖炉を使いますよ」


 そんなに寒いのか。

 山の上だと、そうなのかもな。


 絨毯の上、暖炉を囲むように、ほとんど地面に座るのと変わらない低い椅子が並んでいる。

 この場所は、二階部分がないのだろうか、天井が傾斜していた。

 傾斜した板の天井の間を、むき出しの丸太の梁が渡してある。

 そこから、幾種類もの藁で繋いだ草や果物が、乾燥させるためか掛けられている。


 俺は、暖炉から最も離れた場所へ座り、外套を脱いだ。


 暑い。 

 これで、寒いだって本気か。

 こっちの方は、暖かい気候だと聞いてはいた。

 まさか住んでる者の感覚にまで違いがあるとは。


「さあさ、お茶をどうぞ。身体が芯から温まる、ぴりっとした風味の草葉を使っているんです」


 髪を後ろで一つにまとめた女性が、大きな盆を手に運んできた。

 粉主人の相棒なら粉女将か。

 説明を聞いただけで、げんなりした。

 これ以上、暖まる必要はないが、喉は渇いていた。

 それを受け取り、啜る。味はいい。

 喉が渇いているのに、汗をかきつつとは意味があるのだろうか。


「簡単な料理でごめんなさいね」


 そう言って、粉自慢料理が運ばれてきた。

 一人ひとり大きな盆ごと渡され、膝の上で食べた。

 小麦を使った白っぽい汁の野菜煮込みだかに、パンを千切って掬いつつ食べる。

 今まで食べたものよりも風味が豊かに思えた。

 俺はまた一人、早く食べ終わる。

 暑さに耐えられず、冷たい水を頼んだ。


 頼んだ水が届いた頃に、皆は食べ終わり、さらにあのお茶を飲み始めた。


 突然女がカップを横に置き、動いた。

 また禄でもないことを思いついたのだろう。四つんばいで、さかさかと白黒二人組みに近付く。

 もっと、人間らしくしてくれ。


「髭さん、元老院の特産品って何。美味しいもの」


 話しかけるなよ。

 髭面に、軽く話しかける女を横目で睨む。

 よくよく考えたら、こいつ……とんでもない呼び方してやがる。

 俺には散々、長ったらしい名前を覚えさせようとしていたくせに。


「む、これは失態だ。その辺りの情報は調べていなかった。フィデリテ、どうだ」


 髭面が女騎士に投げると、女はくるっとそちらを向く。


「騎士さん、怪物系はあるかな」

「怪物? ……そうですね。特別なものではないようですが、美味しいものを聞いた気が」


 女騎士は、意味不明な言葉に一瞬眉を顰めたが、すぐに無視した。

 意外にも俺より順応が早い。

 そして、あれは癖なんだろう。片手を頬に添えて、僅かに首をかしげて考え込む。


「好まれているものに、確か、甘みのある芋があるとか」

「芋が、甘い……!」


 あ、その情報はまずい。

 聞いた途端に女は、顔を邪悪に綻ばせた。

 また、食い物に時間を取られることになりそうだ。


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