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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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八十四話 長すぎた一日

 船から見渡せる景色は、遠くに崖と木々がなだらかに、どこまでも続いている。

 元から暮らす漁師達住人だけの、小さな村だったらしい。

 店らしい店もなく、閑散としていた。

 鳥の泣き喚く声の他には、潮騒だけが、その場の音だった。

 そこを乱すように俺達の乗ってきた船は、重々しい動きを止めた。


 嵐もなく静かな時期だったが、風や波の具合だかで、遅れたとのことだった。

 本来は早朝の予定が、午前も半ばを過ぎている。

 それでも午前中に到着しているのだから、大したものだ。



 船梯子が下ろされ、船内から人が吐き出されていく。

 静かな波止場は、一時的な活気に彩られた。


 久しぶりに地面に足をおろす。

 思わず、しっかりとした大地を踏みしめていた。

 やはり自らの意思で動けるほうが気は楽だ。

 安堵すると同時に、帰りを思うと溜息がこぼれていた。




 下船すると、依頼を終えた報告のために、臨時従業員一同で管理所へと向かう。

 短い間とはいえ、一生分の会話をしたのではないかという相棒ともここでお別れだ。

 話していたのは相棒の方だったが、俺もそれだけの相槌を打ったはずだ。


 お別れといっても、ほとんどの者達――というより俺以外は、そのまま取って返すようだった。

 金を受け取ると、出航までの間を、この港町で過ごすそうだ。

 こちらの事情に詳しい者はいないかと幾人かに尋ねてみたが、誰もこの町から出ることはないようだった。

 何事かあって、乗れなくなると困るということだ。

 それに、興味を惹かれるような大きな町も、近場にはないらしい。


 管理所の事務係に、組合はあるかと尋ねた。


「あるにはあるが、アィビッドほどのものは期待しないでくれよ」


 そうして場所を確認できたのはいいが、この町にはなかった。

 ここは町といっても、帝国とのやり取りのために、急遽増やしたような場所だそうだ。

 そういえば、異変前の最大の港は南端の国だった。


 移動手段も、特にないとのことだ。

 現在は物資を定期的に運ぶ馬車に、荷物の量によっては便乗できるかどうかというところらしい。



 最後に宿の場所を聞いたが、ほとんど船員が利用するだけなために、港が宿泊所を用意しているという。

 要は、普通の生活機能を求めるなら、隣の町へいけということか。

 まったく。

 降りてすぐに、見も知らない場所を移動することになろうとは。


 基本的なことをあらかた聞き終えると、うんざりとした事務係を解放した。



 管理所の周りは、船員らでざわついていた。


「久々の陸だ。今回も無事の航海を祝って騒ぐぞ! お前も来い」


 いまや元相棒が誘ってくれた。


「そうしたいが、仲間を待たせてる」


 宿にしろ組合にしろ、隣町へのことも商人達へ相談しなければ。


「気をつけていけよー」

「帰りも会ったらよろしく頼むぜ!」


 さすがに、戻りは別の相棒を頼みたいと心で嘆きつつ。

 軽く挨拶を交わして、一時の仕事仲間達と別れた。 

 こんな仕事だと、出会って別れてが当たり前なんだろう。

 仰々しさなど欠片もない。




 辺りを見回し、車輪の姿を探した。

 木箱や人が視界を遮る。

 荷車を探したほうが早い。


 海沿いに波止場を歩いていると、黒服の一隊が整列しているところと擦れ違った。

 髭面と女騎士の元、何事か指示を受けているのだろうか。

 それを横目に、その場を通り過ぎた。



 結局、一度の晩飯から後、女騎士とのまともな話し合いの場はなかった。

 擦れ違い様の、多少の挨拶はあれど、それ以上は諦めたのか。

 それとも、少しは満足してもらえたのだろうか。



 積まれた荷物の陰に、見覚えのある、車輪が見えてきた。

 二人の姿も。

 目が合い、軽く片手を上げて挨拶をする。


「船旅ってのは疲れるな。仕事くらいしかやることがない。そっちはどうだ」


 商人も、疲れた顔を見せていた。


「そのお陰で、十分な符は用意できたよ」


 ちらと女を見る。

 こいつの仕事といえば、護衛か。

 幻の怪物から船を守った。

 そういうことにしておこう。


 視線をまた商人に戻した。


「あっ何、その目。私だって仕事したんだから」

「そうだな、品質確認をしてもらった。すぐそばに符使いがいるのは便利だよ」


 それを聞いて、女は得意げに「えっへん」と胸を張っている。


「よく言うよ。どうせ書いてる時点で、失敗したかどうかくらい分かるんだろ」

「うっ、ん、まあ、そうだが」


 思い切り、目が泳いでいる。

 女は口を開けて、衝撃を受けていた。


「からかうのはやめよう。また飯を奪われるぞ」


 威嚇する河豚の如き顔の女をそのままに、俺達は移動を始める。

 歩きながら、ひとまずのところは事務係から聞いた情報を伝えた。




 緩やかな上り坂を、港の外へ向けて歩みを進める。

 時折、吹き上げる海風が、背中を押す。涼しいのだが、湿気のせいか体にまとわりつくような重みも感じられた。


 ふと立ち止まって、海を振り返る。

 二人も、つられて足を止めた。


「つやつやしてるね」


 食い物じゃねえぞ。


 女の表現に同意はしないが、気持ちは同じだったのかもしれない。 

 帝国側から見た灰色の海とは、また違った色合いを帯びていた。

 灰色に深い緑が混じりあう。

 その色を、何故か覚えているだろうと思った。




 坂を上りきると、しばらく木も疎らな森の中へと道は続いていた。

 それは唐突に途切れ、視界にあるのは、どこまでも続くように見える道。


「街道、なのか」


 以前は、トルコロルからの乗合馬車や、定期配達の馬車も走っていたはずだった。

 遠い昔に苦労して作り上げ、維持してきたという街道も、荒れてきている。

 土や草と絡まりあうような狭間に、砕けた石の欠片が覗く。

 人通りはあるようで、枯れて倒れた草は、変色し踏み固められた地面の一部となっていた。

 寂しい光景だ。




「地図は」


 女が呟いた。


 足を止め、腰の道具袋をあさる。俺は管理所で聞いた、道のりを書きつけた紙切れを探し当てた。


 みなで確認する。


「そう遠くはないときいた」

「疲れたら野営してもいい」

「志半ばで行き倒れるとか」


 それは、なるべく避けたいな。


 各々好き勝手に呟きつつ納得する。

 紙をしまって、また進みだそうとしたところを止められた。


「お、ここで昼飯にしておこう」


 確かに、ちょうどいい区切りだ。

 道の端に寄って、腰を落ち着けることにした。


 久々の保存食を取り出す。

 やけに懐かしい気もするが、あまり船内の食事も大差なかったのを思い出した。


 誰もが無言だった。

 噛み砕く音だけが響く。

 すっかり、士気が落ちている。

 歩いている内に、少しは気力が戻ればいいが。


 食い終えると、立ち上がって伸びをした。

 さあ歩こうかと、気合を入れる。


「間に合ったか」


 俺達が通った道から、白黒二人組みが姿を現していた。


「あれ、髭さんと騎士さん」


 内心、呆然としていた。

 女も多少驚いたようだった。


「同じ行き先だったな」


 商人の当然という声。 

 それは分かる。

 道中、擦れ違うだろうと考えた。

 てっきり、こいつらは馬なりなんなりの移動手段を使うと思っていたのに。


「どういう意味だ」


 間に合ったってのは。


「徒歩だから、追いつけるか考えていましたの」

「元老院に向かうのだろう」


 元老院に向かうから、なんだ。

 皮肉でなく本気で言っているのか。


「部下はどうした」


 お前ら何しに来たんだよ。


「我ら二人だけだ」


 その言葉に、耳を疑う。


「たった、二人?」


 胡散臭い。

 大事な交渉事ではないのか。

 だったら、あの黒服隊はなんだよ。

 大層な役目の割には、お付の者も少ないとは思ったが、一応部下だろ。


「彼らには港での仕事がある。我々はついでに引率しただけだ」


 髭面が俺の不審を読んだように答え、さらに続ける。


「こんな所で、無駄に時間を過ごすつもりなのか」


 本気かよ。

 元から、たった二人での任務というのか。

 仮にも国の代表として、他国――元老院だがもうどっちでもいい――へ交渉事に向かうのに?


「同じ道を行く。町の所在を尋ねてたろう。こちらには詳細な地図もある」


 いやだね。

 全力で却下だ。


 そんな思いは、即座に表れていたのだろう。

 髭面は、口元を皮肉な笑みにゆがめた。


「詳細な地図もあって、情報もありそうだ。いいじゃないか」


 商人は、俺を見て暢気に言っている。

 俺はさらに、口を引き結んだ。




 ふいに、女が大股で黒髭に近寄った。

 髭面はさっと身構え、女の行動を油断なく見ている。


 おい相手は軍人だ、馬鹿やると切られるぞ。


 ほとんど髭面の下から、じっと見上げ、無表情の声で言った。


「殺されるの?」


 女の発言の意味は、俺達はお前に殺されるのか、だ。

 髭面が眉を顰める。

 それ以上の変化は見られないが、得体の知れないものの相手は難しかろう。

 その気持ちだけは分かる。


「どちらかといえば、助けたいのだがな」


 言葉足らずの女の意図は通じたようだ。


 ふん。よく言う。

 今まで散々、邪魔をしてきたじゃないか。


「ならいい」


 女はまた、何事もなかったように戻ってきた。

 なんだと。あっさりとそこで引くな!


「しばらくよろしくお願いしますね」


 女騎士も柔らかく微笑んだ。二人に。

 俺の意思は無視かよ。


「さあ、出発だー」

「行こうか」


 商人は、荷車に手を掛けた。


 くそっ!


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