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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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八十一話 晩餐の最後

「参ります」


 女騎士の合図で、木剣を握る手に力を込めなおす。

 構えて睨みあったまま、腰を落とした両足を、床を滑らせるように横へ移動する。

 そうしながらも、じりじりと距離を詰めていく。


 馬鹿馬鹿しいと思っていた。

 その理由も、女騎士が練習と言ったからだ。


 騎士の型は、暴動鎮圧などのために体系化されたはずだ。

 練習なら、片方が暴徒役となって練習する。

 互いに、攻撃しようとすることには向いていない。


 だが、剣を持つ手に集中すると、妥協する気はなくなった。



 先に踏み出したのは、女騎士だ。

 真正面から、剣のつばを合わせてきた。

 素人の俺に、わざわざ分かり易く動いたといってもいい。


 それを受けて、一度は弾き返した。

 押し返す力は俺の方があるようだ。


 弾いた剣先を、勢いをつけて再び打ち込む。

 だが、当然そんなものを捌く術くらい鍛えているだろう。

 それは、帝国軍で磨かれたのかもしれない。

 力を簡単に逸らされた。


 弾いて、飛び退り間合いを取る。


 先ほどの機会に、足技で仕掛けても良かったのだろうが、相手は剣のみできている。

 つい俺もそれに合わせていた。

 名目は、剣の練習だったしな。


 俺に、剣だけで捌く腕などない。

 あえなく、首筋を切られていた。

 もちろん、本物の剣だったならば。

 触れもしなかったが、空を切る動きは伝わった。


 ひとまずの茶番は終わりだ。



「へっぴり腰」


 うるせえな。


 干物をくわえたまま見ていた女が、野次を飛ばした。


 膝に手を付き、しばらくは肩で息をついた。

 力仕事のお陰で体力は落ちてないだろうが、こういったものは別だな。

 しばらく訓練を怠っていたことが堪えていた。


「勝てる試合に勝って満足だろ」


 木剣を突っ返す。


 女騎士は、幾つか深呼吸しただけで息を整えていた。

 髪に乱れもない。

 当たり前だろうが、今まで真剣に訓練を続けてきたのだろうことは理解できた。


「勝負など……祖国の剣技をまた目にすることができて、本当に嬉しいのですよ」


 余裕たったぷりだな。


「それで、何の用だ」


 勝ったら話を聞いてもらうぞなんていう、くだらない行動だと思っていた。

 俺の意図が伝わったのか、女騎士は片手を自身の頬に添え、困ったような微笑を浮かべる。 


「これが、そうでした。剣を合わせれば、通ずるものもあるかと」


 俺は拳で語り合う戦士じゃねえよ!


「何のつもりか知らないが、話がしたいってなら普通に会話してくれ。俺は、護衛依頼を受けるような旅人じゃないんだよ」


 お前ら軍人と一緒にするな。


「ご謙遜を。そこまで訓練に空白期間があったようには見えませんでしたよ」


 その話はもういいから。

 うんざりして睨むと、女騎士は別の話題に切り替えた。


「でしたら、夕食をご一緒しましょう」


 また一つ溜息が漏れる。諦めの溜息だ。

 それとも、俺から切り出さずに済んだことに、ほっとしたのか。

 相手が望むから仕方なく付き合っている、とでも思わせておく方が都合がいい。


「今日なら、普通の時間に晩飯休憩に入れる」


 俺はそれだけ言って、背を向けた。



 船の縁に戻ったのだが。


「おい、俺の飯」


 商人が、女を真似ながら言った。


「さっき、『我が永劫の闇へと呑まれていくがいい』と、ピログラメッジが食っていた」


 驚くほどにそっくりだが、裏声は気味が悪いからやめてくれ。

 そんな意外な才能はなくていい。


 それはともかく、恨みを込め、女を探して振り向く。


「ねっ、怪物美味しいでしょう」

「うむ、確か港町の特産品と聞いたな。口にしたことはなかった」

「かーっ! 港に寄って、こいつを食ったことがないなんて信じらんないぜ」


 女は髭面に、俺の昼飯である干物を食わせていた。

 髭面は、捩れた足を齧っている。

 相棒は変わらずうるさい。


 異様な集まりが出来ていた。


「おい、仕事の時間だ」


 俺は、相棒を引き摺るようにして、船内へと戻った。





 その晩早速お呼びがかかり、広々とした部屋に招かれていた。

 商人の部屋も個室ではあるが、立てば頭が付くほど天井は低く、かなり狭い。

 寝室とは別に食事用の部屋がある。

 それだけで、かなり贅沢だと分かる。


 今俺達は、その部屋の真ん中で、床に固定されている大きな食卓を囲んでいた。

 商人と女の間に俺が座り、向かいには女騎士だけ。

 意外なことに、髭面は席を外していた。

 警戒させるとでも思ったのだろうか。

 それなら今さらの配慮だった。


 食卓には、特別に作らせたのか、まともに料理されたものが数点並んでいた。

 さすがに船上なので、そこまで豪勢ではないが、俺達が食っているものと比べれば格段に上だ。

 両隣の二人は、大喜びで喰らいついていた。

 俺は、腹が鳴らない程度に口にするに留める。

 女騎士も、同じ考えなのか、少量口にして食事を終えていた。


「二人きりでお話したほうが、良いのではなくて」


 俺が温かいお茶に口を付けると、女騎士は口を開いた。


「聞かれて困ることは何もない」

「随分と、その方々を信頼されてるのね」


 反応を見るような、つまらないことは、もうしなくてもいいだろう。

 それとも、俺がまたいつ出て行くかと、言葉を選んでいるのだろうか。


「この面会の証人だよ。後ろ暗いことは何もないという意味だ」


 そのまま言葉を続けた。


「あんたが聞かれて困ることがあるってのなら、それは話さなければいい」


 横から女が、物を詰めた頬を膨らませて口を出した。


「あ、私達にはお構いなく。ご飯食べてますから」


 余計な口を利くな。

 じろりと睨むと、女はまた皿にかじりついた。



 改めて女騎士を見る。

 愁いを帯びた瞳は、少し不安気にも映る。

 以前もこんな風だったろうか。


 北で初めて会ったときは、もっと自信に満ち溢れていたように思う。

 その勝手な正義を振りかざそうと、激情を抑えているようにも見えた。


 そういや鉱山でも、あの時と比べりゃ、やけにへりくだっていたような気もする。

 俺が旅立ってからの間に、何かが起こったのか。

 今は、さらに気落ちしているように見えなくもない。



 何かが起こったとして、大事だったならば、ますます俺一人に構っている余裕はないだろう。

 ともかく、状況が悪化の一途を辿っているということだろうか。

 縋れるものには全てに縋る。

 その一つとして、ついでに俺を取り込もうと画策しているのか。

 船の中では、他に出来ることもないだろうし。


 単に、手を貸せというならば、簡単な話だった。

 組合に指定依頼でも出せばよかったんだ。

 そうすりゃ俺も、余計な反感を抱くこともなかった。

 依頼の指示に工夫が要るだろうが、そこは知らん。



 女騎士は、疲れた様子で話し始めた。


「こちらの話ばかりで申し訳ないのですが、出来れば現状を知っていただきたいのです。予想はついているでしょうけど、私は元老院へ向かっています」


 予想したかどうかはともかく、頷いておく。


「今はミッヒ・ノッヘンキィエ元老院と呼ばれる魔術式の研究機関となっているけれど、元々は国でした。現在も、研究施設としている中央城周辺の町は維持されています。そこに、我ら同胞はご厄介になっているのです」


 ああ、この物言いがうんざりするんだな。

 たまたま、同じ国出身ってだけで同胞扱い。

 同郷なのは事実だが、こいつからは、志まで同じくあるべきという意味合いを感じるのだ。

 そこには俺を含めないでくれよな。


 しかも、そいつらを扇動しろってことだろ。

 生きるにも過酷な場所へ、国を建て直す為に進めってさ。

 王様となることなんて夢ですらみたことのない俺に、物凄く遠いが辛うじてとはいえ主王の血筋だからと、みんなを騙すような真似して。


 普通の感性していたら、とんでもない行為だ。

 悪行と言い切ってもいい。


 その場合、指定依頼を出すとしたら、どんな内容になるだろうか。

 特殊とはいえ、通常の配達依頼とそう変わりはないな。

 届けるものが、物か人かってだけだ。


「王足りうる者がまだ生きている。それが、どうにか彼らを支えています。ですが、あまりに長い時間が過ぎました」


 それってあの、元老院に預けられた若い魔術式使いのことだよな。

 元気だけはありそうだったが。


「準備に、これだけの時間が必要だったとも言えます。そこに私が加わることで力になればと思っていますが、二人の王が揃うならば、さらに主王を望むでしょう。もし、誰か一人生き残って欲しいとしたら、それはやはり主王なのです」


 胸がむかついてくる。

 お前自身の人生をも否定するような考え方だと思わないのか。


 大きく息を吸って、言葉を飲み込む。

 その辺は、言っても仕方がないことだ。

 それぞれの国で習慣が異なるなら、価値観だってそうだ。

 俺が、コルディリーでの旅人としての生活を是とするならば、彼らの信ずるところもまた然りだろう。



 しかし……妙じゃないか。

 主王のような明確な旗印が必要ってことなら、その同胞達とやらは思ったよりまとまってないのだろうか。

 すでに、国を離れて何年も経ってるし、今の町に生活の基盤が出来てくれば、離れたがらない者も出てくるだろう。

 子供の頃から、そこで暮らしていた者達なんか特にそうあってもおかしくない。

 そんな者達と、帰りたい者達で意見が割れているのかもな。


 それに、国としては存在しないとはいえ、元老院の領内だろうに。

 元からの住人もいるだろうし、その辺の仲はどうなっているんだろうか。


 コルディリーでは、町の住人達と同等の人口流入で、諍いが起きないようにと周辺に村を作った。

 言葉は悪いが、隔離したのだ。

 余裕のないときには、ちょっとした習慣の違いなんかで、いがみ合う。

 結果的に、互いを守ることが出来ただろう。


 徐々に整備されていっているのもあり、今では国や組合の補助がなくとも、回るようになっている。村それぞれの特色なんかも出てきた。

 また、回廊が原因の問題は出てきたのは苦々しいことだが、国も対策は立てているし、皆も落ち着いて取り組んでいるはずだ。


「生き残った者で調査隊を編制し、情報を常に最新に保つようお願いしています。帰るための準備は進めていますが、生活出来るほどの整備は行き届きません。それも、ご存知のように、回廊地帯の活発化のためです」


 半ば投げやりになりそうな気持ちを抑えて、女騎士の話に耳を傾ける。


 そこまでして帰りたいもんかね。

 子供の頃は、不満はあっても国に帰ることを好悪で考えたことはなかった。

 もしも、父が生きていたならば、俺も共に戻っていただろう。

 そうだ、こいつの親の何れかも騎士だったはずだよな。


 つい、話を遮って聞いてしまった。


「あんたの両親も、騎士だったのか」


 途端に、その面を強張らせた。


「今も、騎士です。父の方、ですが」


 なら生きてるのか?

 てっきり死んでるものと思っていた。

 それは父の、印の血を見て、弱っていた姿が頭に残っているせいだろうか。

 こいつの親父の方が、継承順位は高いはずだろう。

 だったら、印は関係なかったのか。


 女騎士は、顔を逸らして呟いた。


「当時、国の危機を察して旅立ちました。どこかで生きている、はずです……」


 しばらく、沈黙が流れるままにしていた。


 そういうことか。

 遺体に会ってないから、受け入れられないでいるんだな。


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