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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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八十話 洗浄した船上の戦場

 ようやく初日の仕事を終えて寝入ると、爆睡していた。

 寝返りすら満足にうてなかったようで、目覚めた時には体のあちこちが痛かった。

 船員用のベッドが棚のように積んである部屋で、思い切り起き上がり上段の板に頭を打ち付けたせいもある。


「初めは誰でもやるよ。今日も頼むぜ」


 眠そうな相棒が呼びに来て、そう言った。

 昨日だけじゃなかったのか。

 どうやら、この船旅の間は、この冗談好きと組むらしい。




 食堂は、人も疎らだった。

 早朝ではないが、まだ十分朝と言っていい時間だ。

 作業時間がずれるから、人が一気に押し寄せないのは落ち着けていいな。


 相棒と向かい、厨房から受け取った簡素な朝食を置く。

 乾燥して硬いパンと、干し肉に水。

 コルディリーでの朝飯を思い出した。

 やっばり朝はこれだ。

 歯応えが目を覚ますのにちょうど良いし、十分食べたという気分にもなれる。


「この飯を、そんなに旨そうに食う奴は初めて見たな」


 うんざりしたような顔で言っていた。

 毎日これなんだろう。


「食い慣れたもんが一番だ」




 食堂を出て、午前中の仕事へ向かった。

 相棒はぼやいている。


「結局、昨日は俺にばかり話させやがってよ。面白すぎて聞き入っていたいのは分かるが、結構疲れるんだぜ」


 苦笑するしかなかった。

 確かに、よくあれだけ話せるもんだと感心していた。


 話せるようなことはないが、仕事の一環と思って何か考えた方が良さそうだ。

 面白いかは分からないが、妙なことといえば女の怪物の話くらいしかない。

 冗談というりは、怪談になりそうだな。

 次の見回りでは話してみるか。




 布切れを括りつけた棒で、通路の掃除をしていた。

 一度は感心したものの、相棒に耳を貸していたらきりがないと分かった。


「帆柱登るぅ俺ぇー、うみねこが尻つつくぅー、あっはん! 鳥か猫かぁお前の明日はどっちだー」


 少しは黙って仕事できないのか。

 控室でからかわれる訳だな。


 相棒の妙な鼻歌を聞き流して、仕事に集中した。




 甲板まで出てきていた。

 棒の先の床周りししか見ていなかった。


 艶のある革靴が視界に入った。


「精が出るわね」


 記憶に引っ掛かる、その声。

 嫌々見上げた。

 日を受け、目に眩しい白い制服。

 長旅のせいだろう、端々が擦れ、染みも目立つ。

 女騎士の顔も、同様に疲れて見えた。


 相手を確認すると、一瞬止めた手を再び動かす。

 仕事中だ。

 怠けるつもりはない。


「お邪魔をするつもりはないのだけれど、御挨拶しておきたかったの」


 視線だけを向け、一応聞こえていたと示す。

 安心しろよ。それ以上、邪魔にはならないさ。

 初っ端から、目障りな存在だ。


 それ以上は諦めたのか、僅かに躊躇した後、踵を返した。




 よくよく考えたら、話す機会を設けるにしろ時間は取れない。

 俺は、今は従業員だからな。

 向こうも無理に話そうとは、しに来ていない。

 まだ日が残っているから、何か行動を起こすかも知れないが。


 できるならば、降りるまでは無視を決め込むつもりだった。


 はたと気付く。

 もし髭面が強権発動したらどうする。

 たかが臨時雇いの予定など、船長らもいい顔はしないだろうが。


 いや、海上では船内の規定が優先される。

 それに口を出せば、今後のやりとりが気まずくなるかもしれない。

 軍だって避けたいだろう。

 幾ら末端の一時雇いとはいえ……末端だから、気にも留めないか。

 ちょっと時間を取らせてほしいと頼まれれば、長めの休憩を言い渡される可能性もある。

 嫌な話までさせられた上に、金まで受け取れなかったらと考えたら痛い。



 長めの休憩時間の間で話せることだけならばと、あえてこちらから制限付きで提案すればどうだろうか。

 他に、回避する手段が思いつかない。


 それならば、向こうが話したいことを聞きつつも、情報を限定して聞き出すこともできるのではないか。

 俺の忍耐力も、それくらいなら持つだろう。持って欲しい。



 何故だろうな。

 とかく情報に飢えてはいるはずで、垣間見たことから推測はしても、直接聞きたいとは思わなかった。

 それで事実を聞かされるとは思わないということに加えて、本心では知りたくもないのだ。


 俺が聞いてどうなる。

 何も聞きたいとは思わない。


 まずいとは思えど、痛みがすっかり消えてから、焦りはなくなり気は緩みきっている。

 それでも、女から離れれば再発すると分かっているから、旅を続けている。

 俺が知りたいのは、痛みをなくす方法だけだ。

 それにまつわる事柄など、どうでもいい。



 しかし、コルディリーを出てから、何ヶ月経つかな。

 そろそろ、焦り始めてもいい頃合だろうか。


 焦ったところで、船の速度も徒歩での進みも短縮できはしない。

 出来る限りのことはやっている。

 滞りなく二人の旅に付いていけるように、日銭を稼ぎつつ。


「ああ、分かっている」


 自身の心に、言い聞かせるように呟いた。


 矛盾しているってことは、よく分かっている。

 他に出来ることは、情報を集めることくらいで、ここには色々と知ってそうな奴らがいる。

 良い塩梅に海の上に閉じ込められて、お膳立ても整っている。

 あるだけ情報を集めて、取捨選択すればいいだけだ。

 それでも、叶うなら、過去に関することを聞きたくはなかった。


 過去に囚われて、どうする。

 せっかく生き残ったならば、今ある生を受け入れて、精一杯生きるべきだろう。


 俺は、あの時、国へ帰るという者達と決別した。

 コルディリーに残って生きるという、別の未来を選んだんだ。


 過去を取り戻そうとする、女騎士の行く道とは違いすぎる。

 分かり合えることはない。


「おっそうか? 俺の歌の良さが分かるか!」


 残念だが、それは一生分かりそうもない。

 いつの間にやら、相棒が俺のそばで鼻歌を口ずさんでいた。

 頭が痛い。




 昼飯休憩は、ちょうど普通の昼食時間に合った。

 皆もいるかなと甲板に上がる。


「お前さんのお陰で、昼飯の種類が増えてありがたいぜ。干物は食い飽きてるけどな」


 なぜか相棒がついてきた。

 既に、乾燥した魚の身を裂きながら、口に放っている。

 魚主人から貰った干物も、傷む前にと皆に配っておいた。


 確か昨日は、控室の方で他の奴らと駄弁っていた。

 まあ別に、うるさい以外の害はないからいいだろう。



 船の縁に顎を乗せ、緩みきっている姿が見えてきた。

 それも、二人。

 商人まで、付き合うなよ。


 俺が、料理人に頼んで炙ってもらった怪物を差し出すと、女は奪うように飛びついた。


「蛸壺暮らしはどう」


 顔を見るなり女の挨拶はこれだ。


「大して変わりはない」


 運が悪いことに相棒もお前同様、話していて疲れる。

 そういう意味で変わりはない。

 商人には、平べったい白身魚の干物を渡した。


「鎖にでも繋がれて必死に漕がされるのかと思っていたよ」


 商人まで物騒なことを言い出した。


「俺達の船をなんだと思ってんだ」


 相棒とやらが、抗議している。


「そんなのは、昔の話だぜ!」


 実際にあったのかよ。


「その話、聞こうか!」

「ノリがいいな!」


 女が目をギラギラさせて食いついた。

 ちょうどいい、二人はこのまま放置しておこう。



 俺は、船の縁に背を預け、持ってきた干物とパンを食べることにした。


「軍の二人も、よく来ている」


 商人は、白黒二人組みの行動を知らせてくれた。


「朝も、反対側の方で作業してたときに、挨拶されたよ」


 船室にこもっていても体も鈍るし、歩き回ってるのかもな。


「言ってる側からだ」


 二人が、暗い通路から顔を出した。


 白い制服は目立ち過ぎる。

 二人とも木剣を携えている。

 訓練も仕事なんだろうが、鈍るからなのか、単に暇なのか。

 パンを齧っていると、二人は目の前に立った。


「今朝は言い損ねたのですけれど、休憩時間をご一緒させて頂きたいの」


 今さら、ご機嫌伺いか。

 こっちも休憩時間の中でならと考えはした。

 こいつらも、そうでなければ俺が話にすら応じないと考えたのだろうか。

 女騎士はともかく、髭面の方は強制すれば俺は応じるだろうことには、気が付いたと思ったが。

 一般市民だからな。国に強要されれば従うさ。


 じろじろと見ていると、女は木剣の柄側を俺の前に突き出した。

 困惑して、それを掴む。


「受け取っていただいて嬉しいわ。お相手お願いします」


 思わず取り落としそうになった。


「あのな、騎士様々の相手になんかなるわけないだろ」


 仮にも軍と共に行動しているんだ。

 日々訓練を続けてきただろう。

 そんなやつらと、渡り合えるか!


 それともよっぽど腹に据えかねて、痛めつけてやりたいとか。


「私は盾を主に据えた短槍使いだから、両手剣は不利な武器です」


 そんな問題じゃないだろう。


「それを言うなら、俺は短剣だよ」


 女騎士は、笑みを浮かべて首を傾げた。

 何を企んでる。


「くっ、ころせえー!」

「やっちまえー!」


 黙れ。

 うるさい二人が、不穏な空気を察知したようだ。

 完全に面白がっている。

 女騎士は、困ったように眉根を寄せた。


「ただの練習ですよ。試合ではありません」


 面倒臭い。

 大きく溜息をついた。


「気の済むまでいたぶれよ」


 俺は、木剣を真正面に構えた。


「やはり短剣の型ではない。あなたの型は、トルコロルの騎士のもの」


 口元だけの笑みを浮かべ、女騎士も同様に構えた。


 まさか、それを確かめたかっただけかよ。


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