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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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七十九話 闇の舟歌

 話をしたからって、どうにかなるもんでもない。

 念のために、また面倒な奴らが絡んできそうだと伝えておくだけだ。


 それとも、単に話を聞いて欲しかったのだろうか。

 今までの俺自身では考えられないことだな。


 干からびて捩れた妙な魚の足を、口の端から覗かせて、悦に入っている女の顔と、それを若干引き気味に見ている商人を眺める。

 そうだった……元から、あまり人の話を聞く奴らでもなかったな。

 一人でぼやいているのと、そう違いはないのがいいのかもしれない。

 少し空しくなってきた。




 食して満足したのか、伝説の怪物の呪縛から解かれたらしい。

 女は我に返ったように言った。


「あ、そうだ。あの髭さんと話したよ」


 早く言え!


「そう睨まなくとも、怪物のお礼は返す。あなたが落としたのは、この金の怪物ですか、それと、」

「いいから」


 食べ終えた串を掲げて、女は無駄話をしようとしていたが、話を遮った俺に、ぷうと頬を膨らませて反論する。

 諦めたのか、眉を顰めて、上目遣いに中空を見つめた。

 昼間の様子を思い浮かべているのだろうが、ありもしない何かを見ているようで不気味だ。


「あなたの体調はどうかって、聞かれた」


 それは、お優しいこった。

 挨拶だろう。

 早く内容に移れ。


「面白みのない、うじうじ虫だけど、食い意地張ってるし健康そのもの! って答えておいたよ」


 言うに事欠いて、食い意地張ってるはないだろう。

 お前よりはましだ。


「聞かれたのは、それだけかな」


 本当だろうな。

 無駄話をするようには見えない。

 その言葉の裏には、何かが潜んでいるのか。


「それに、なんというか、すごい人だったよ」


 期待を込めて見る。


「ほう」


 軍では見ないだろうし、こいつの突飛さに、何かを漏らしている可能性もある。


「伝説の怪物の話をしたら、喜んでくれたの。作り話だろうにね」


 女は目をぎらつかせながら、嘲笑っている。


「お前が言うな!」


 さっきまで「旅人の女、伝説を喰らう!」とか、はしゃいで食っていただろうが。

 髭面も可哀相に。

 きっと、生暖かい気持ちで頷いてくれたんだと思うぞ。


「大きな溜息なんかついてると、爺むさいよ」


 微かにでも期待した俺が馬鹿だった。

 ふと狭い部屋の隅を見ると、商人は既に聞くことを切り上げて、符作りに励んでいた。


「そろそろ時間だ」


 そういうことにして、俺も切り上げることにした。

 仕事は夜もある。

 少し早いが、集合場所へ向かった。





 従業員控室、という名の物置兼井戸端会議所。

 従業員とはあるが、俺達のように操業に関わりのない作業員達のための部屋だった。

 連絡事項などはここで伝えられるはずだが、どうやら、ほとんどはお喋りの場と化しているようだ。

 長く働いている者ばかりなんだろう。


 俺は両腕を組み、その狭い部屋の壁に背をもたせかけていた。

 人の輪の端で、やり取りをながめる。


「おうい聞いてくれよ。今回の相棒なんだけどよお」


 相棒の声だった。

 俺のことだよな。

 皆の前で扱き下ろされるのか。


 確かに、注意を何度か受けた。

 今後、やり辛くなるかもしれないが仕方がないだろう。

 所詮俺は臨時雇いだ。

 組んだ腕をほどき、お小言を聞こうと僅かに身構えた。


「俺が渾身の冗談を飛ばしてんのに、無視するならまだしも! 可哀相なもんを見るような目で、相槌打ってくるんだぜ」


 は?


 その場はどっと沸いた。


「新人君よ、なかなか分かってるじゃねえか」

「こいつの話は薄ら寒いからなあ」

「なんだと? 今までのてめえの笑顔は嘘だったのかよ!」


 え、いや、そんなつもりは微塵も。

 あれ? 俺が注意されていたと思ったのは、なんだったんだ。

 それとも、これは嫌味というやつなのだろうか。


 俺の困惑を他所に、その場は和んで見えるし話は弾んでいるようだ。


 まさか、冗談を言ったつもりが、俺の反応が薄いから拗ねていたのか。

 もしそうなら、物凄く悪いことをした気がするな。


「あっほら、また憐れまれてるぞお!」

「うるせえ!」


 道理で、俺の態度を良く見ていたはずだな。


「よっし、夜はお前の面白話を聞かせろ。俺を唸らせる事ができたら、秘蔵の酒をくれてやる!」

「お前の負け確定だな」

「なら新人君に晩飯賭けるぞ」

「賭けになるもんか。なんでも笑い転げるヤツに誰が賭けるんだよ」


 勝手に相棒は、鼻息を荒くしている。


「ちっ、見てろよ。笑いを抑えるコツを掴んだからな!」


 そんなもんにコツがあるのが驚きだ。

 野次の応酬に、そろそろ解散だなと背を壁から離す。


 悪いが、俺は気の利いたことなど言えない男だ。

 期待されても困る。

 相棒に花を持たせてやることになるだろう。


「それじゃ、出るか」


 合図の言葉に頷き、夜中の見回りへ向かうべく控室を後にした。





 暗い通路を、相棒の後についてゆっくりと進む。

 相棒が手に持つ灯りが、揺らめいて壁に反射する。

 持ち運べるように、硝子のコップの中に蝋燭を置いたような小型の燭台だ。


 船体が重々しく軋むような音以外は、静かな通路にお調子者の声が響く。

 本人は声を抑えているつもりらしいが、地声がでかいんだろう。


「面白い話ってのは、眠気を覚ますのにちょうどいいんだよ。感覚もぱあっと冴えるしよ。遊びじゃねえぞ? ほんとだぞ?」


 持論を展開する相棒に頷きつつ、辺りを点検する。


 初日は、夜まで続く最も辛い勤務時間らしい。

 これを新人を含む組に任せるそうだ。


「明日から楽になるはずだ。今だけは気合いれろ。だが腹には力を入れるなよ、漏らされても困るからな」


 初日の休憩組から、順次交代していくということだった。

 明日からは、普通に睡眠休憩を挟むとはいえ、それでも生活時間は通常とは異なってくる。

 これは、単に力仕事を続けるよりも、人によっては辛いだろう。

 相棒が話しているように、急に催しても困る。

 水は、取りすぎてないよな。



「おおい頼むよ!」



 何か、聞き逃していただろうか。


「一人で呟いてたら、恥ずかしくなるだろお」


 すまなかった。

 まだそこまで気が回らない。 


「分かり易い説明だと、感心していたんだ」

「そうだろうそうだろう」


 嬉しそうに、また話しだした。

 今度は、適度に合いの手を入れた。


 控室での話を思い出すと、もしかして、笑って欲しかったのだろうか。

 本気とも冗談ともつかない言い方ではあるが、そんな枝葉の中に要点は述べられていた。

 言い方など関係ない。仕事熱心な男だと思ったから、笑えるような内容ではないと、こちらも真面目に受け取っただけだった。




 言い方に囚われずに考える。

 女が髭面と交わしたという話を思い返した。

 いや、あの女の場合は……どうかな。


 挨拶しただけって本当だろうか。

 本心では、もっと探りたかったが、この女やばいと思って逃げただけじゃないか。


 そうだった。何も、体調を尋ねるのが挨拶とは限らない。

 なんで、忘れていたのか――ついでなんだろうと、思ったからだ。


 初対面から体調を尋ねてきたのだ。

 それは二度目で確認していたから、気が済んだのだろうと勝手に思っていた。

 どちらかといえば、俺の体調が良くなったなら、北の仕事に手を貸さないのは何故かと問い質したいのだろうと。

 そのことは、俺も言う気はないし、まだなんとも言えないから避けていた。


 それが、そもそも勘違いだったのか。


 女にとはいえ、今回も俺の体調を聞いた。

 それ自体が、知りたいことなのか?


 いや、本当に体調が良くなったのか、人の口からも確かめておきたかっただけかもしれない。


 それにしても、大して興味がありそうにも見えないんだよな。

 気が重いが、髭面の言うように、話を聞いたほうがいいのだろうか。


 あの、女騎士。

 話したくない理由に、苦手な性格そうだというのがある。


 話を聞くのはうんざりだ。

 それよりも、こちらから尋ねるほうがましだ。

 問題は、こちらには確かな情報がこれといってないことだった。

 準備もなく、対峙するのは避けたかった。


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