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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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七十四話 潮の香り

 峠を越えている最中だ。

 傾斜を抑えるための曲りくねった道は、歩行距離だけが伸び、気持ち的には辛いものがある。すぐそこに最終地点があるのに、なかなか到達しないように思えるのだ。

 いっそ真っ直ぐに登りたい。


 荷車がある以上、それは無理な話だった。



 しかし、昨晩は酷い目に遭った。

 商人特製、妖しげな制御機構を施したという符。

 その使用についての詳細な情報を、洗いざらい吐き出させられた。

 一瞬一瞬の感覚的なことを全てだ。

 そんなもんが役に立つのかは知らん。


 精霊力が無いに等しい商人にとっては、自分で判断できないために、その辺りの感覚こそが重要らしかった。

 随分と遅くまで付き合わされた。

 寝た気がしないし、頭が重い。


「海ーざっばーん」


 能天気な女の声が癇に障る。

 本来なら、符の発動を成功させた、こいつの方が実験台に相応しいはずだ。

 気が付けば、逃げるように先に寝ていた。

 覚えてろよ。


 胸中でぼやきつつ歩き、坂を上りきった。

 木々に挟まれ景色は見えないが、勾配が緩やかに下り始めたのを感じる。

 休憩は取らずに、そのまま進んだ。




 迂遠な坂道を下り続け、木々も途切れがちになり、徐々に視界が開けてくる。

 光を受けて白く輝く、淡い灰色の水面が遠くに見えた。

 粒のような船影が浮かんでいる。

 その手前に、町の全景が広がっていた。

 これなら、日の明るい内に町へ到着できるだろう。

 初日に町の様子を調べられれば、予定を組み易い。




 街道の出入り口付近に来ると、立て札が見えた。

 藪に埋もれるようにして、頭の部分が出ているだけで、肝心の町の名前は見えない。

 出て行く行商人の馬車と擦れ違いに、町へと踏み入れた。


 ここまで来ると、逆に海は見えない。

 特に潮の香りがするわけでもなく、表通りを歩く。

 また特に考えることもせず、商人の向かう先へと付いて行く。

 まずは宿の確保だった。




 気が付けば表通りから横道に入り、どんどん町の中心から離れていく。

 いつものことだった。

 商人の知ってる宿は、常に妙な場所にある。


 沿岸沿いを北の方へ向かうと、漁村としか言えないような通りを歩いていた。

 微かに潮騒も聞こえる。

 波の音ばかりではなく、ずだんずだんと何かを打ちつけるような音も聞こえてきた。

 その音の出どころの前で、商人は立ち止まった。


『潮流亭』


 足を止めた平屋の入口の壁には、そう彫られた木の板が打ち付けられていた。

 ご丁寧に魚の形をしている。


 躊躇無く扉を開く商人の後へ続き、広い間口を進むと、いきなりだだっ広い作業場だった。


「お客さんかい。ちいっと待ってな。片つけるからよ!」


 大きな作業台を囲む数人の男女が、魚を捌いていた。


 魚臭え。


 素早く捌いた魚を、脇の木箱へ選り分けていく。

 その手さばきは惚れ惚れする技だった。


 だが、ここは宿、なんだよな?


「待たせたなあ」


 真っ黒に日焼けした半裸の男が、手の血を拭いながら笑顔で近付いてくる。

 恐らく宿の主人なのだろう。


「部屋二つ、荷車を置かせて欲しい。それと『開き』」


 主人は一瞬頬を引きつらせると、次に不適に笑った。


「そいつを知ってるたあ、一見さんじゃねえな。いいだろう、二割引だ」


 なんなんだよ、その暗号は。


 大丈夫なんだろうな本当に。

 見るからに怪しげな宿ばかりでも、問題が起きたことはなかったが、今回も無事とは限らないだろ。

 渋々と案内する魚主人についていく。



 うるせえ。


 俺に割り当てられたのは、一階の端。薄暗い部屋。

 顔が出せる程度の小窓を開いて、外を覗き見ると、すぐ真下を波が叩きつけていた。

 水飛沫は、ここまで飛んでくるんじゃないかと思うくらいだ。


 泥棒避けにはいいだろうな、多分。

 上掛けも何もない、簀子すのこを置いたベッドに荷物を放った。




 一応、宿は確保できたんだ。

 町へ戻ることにした。


「組合に行って来る」


 隣の部屋の、二人に声を掛けて出ようとしたが、商人に呼び止められた。


「俺も出るよ。乗船券を確保したい」


 食料などの重い荷物を置いたりと、準備する二人を待つ。

 俺の部屋と比べて、広々と明るい部屋を見回した。


 釈然としない。

 隣だというのに、大きな迫り出し窓があり、日当たりまで良かった。

 そこで気付いた。

 俺の部屋が薄暗いのは、その迫り出した壁のせいだと!




 また町へと三人で出かけた。

 乗船券か。

 早めに入手しておいた方がいいだろうな。

 道に詳しい商人についていった方が、効率はいい。


 港へつき、端にある管理所へ向かった。

 大きな建物は、平屋を幾つも繋げたようなもので、半分はでかい両開き扉がついている。多分倉庫だろう。

 その内の一つ、人間にちょうどよい大きさの扉をくぐった。


「ちょうど今朝、出たばかりだ。次の便は一週間後だよ」


 商人も、海を渡ったことはないとのことだ。

 事務係の男に説明を求め、話を聞いた。


 船は毎週出ているらしい。

 一つの船が月に一度ほど往復するが、整備や荷物の状況もあるし、簡単に増便できない。

 だから、予定には余裕を持ってくれよと念を押された。


 俺達が乗れそうな船の出港は、一週間後。

 要するに、目の前で出て行ったわけだな。

 積荷の具合もあるだろうから、即乗れたとは思わないが、悔しい気もする。

 そんな気持ちも、運賃を聞いて吹き飛んだ。


 高い。


 何か月分の保存食が買えるだろうか。


 向こうの国々の状況も分からないし、大きな出費は控えたいとはいえ、こればかりは払わないことにはどうしようもない。

 こんなところで、足止めなんて御免だ。


 既に、説明は聞いていなかった。


 商人が乗船手続きをしていたが、俺は辞退した。


「先に、組合を見てくるよ」


 事務係に組合の場所を聞くと、脂汗を拭いつつ出口へと足を向けた。

 ふと振り返って、一応確認した。


「組合へ向かうが、お前は」


 女は、今日は組合に寄る気はないらしい。

 単に首を振って答えた。

 あまり、元気がないように見えたが、また食いすぎたせいだろう。


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