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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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七十二話 経由地

 情報を得ようと漬物、じゃなかった旅人組合に来た。

 掲示板用の板すらなく、薄汚れたむき出しの板壁に、そのまま情報が張られていた。

 壁は釘で穴だらけである。



 まともな受付窓口もない。

 厨房にありそうな細長い作業台に、古い椅子が置いてあるだけだ。


 そこに立てかけられていた黒板には、急ぎの依頼らしいものが書き殴ってあった。

 繁盛しているのかしていないのか、よく分からないな。



 一通り見渡すと、受付にだらしなく腰を掛けていた壮年の男に声を掛けた。


「この辺の地図を見せてくれないか」


 男は、新顔を物珍しく見るでもなく、緩慢な動作でこちらを向く。

 人の出入りが多そうだから、珍しくもないのだろう。


「地図か。しばらく見てないが、どこ行ったかな」


 管理はどうなっているんだと思うようなことを呟きつつ、男は腰を上げて、すぐ後ろの壁の前へ立つ。

 壁際に並ぶ木箱の上を一巡する。

 そこに詰まれた四角い竹籠を掴むと、台にどさりと乗せた。

 埃が舞い、手で払う。

 目の前で男は、ガラクタの詰まった箱をがそごそと掻き混ぜ始めた。

 物が傷むぞ。


「受付嬢はどうした」


 今まで、どこの窓口も受付には女性が座っていた。

 ここもそうなんだろうと思ったのだが。


「ああん? そんな洒落たもんはないよ。おお、俺の記憶力もまだ捨てたもんじゃないな」


 何がどう洒落たものなのかは不明だ。

 男はそう言って、端々の擦り切れた地図を出す。


 薄汚れた地図を見る。

 古いのか、単に保存状態の悪さ故か不明だ。

 前者だと困るな。

 この辺を散策することはないから、問題は起こらないとは思うのだが。

 心配しつつ、手持ちの地図と見比べていると、男が話し出した。


「ここにゃ俺ともう一人の部下がいるだけ。それも今は人手が足りないから、依頼に出払ってるよ」

「えっ」


 思わず顔を上げる。

 そりゃ驚きだ。

 結構人がいるように見えるのに、そんなもんなのか。


「外から来た者らは、意外そうに言うがね。経由地だ。人は留まらない」


 なるほど、そんなもんか。

 あれ、とすると、ひょっとして……この男。


「支部長、なのか?」

「おっ、よく分かったな坊主」


 疲れたような顔を綻ばせている。

 誰が坊主だ。


 しかし支部長と副支部長だけって……そんな場所もあるのかよ。


 仕事もせずに情報だけ仕入れる。

 今までは、一人くらいそれでもいいかと思える程度の規模はあった、と思っている。

 なんだろうな、この罪悪感。非常に申し訳ない気持ちになった。


 特に、地図に違いは見当たらない。

 助かったと礼を言って返した。

 

「なあ、表の食材は売り物なのか」

「そんなところだ。余ったもんを持ち寄ってくれるもんでね。組合の維持費に充ててるよ。悪いね!」


 男は、しめしめといった笑顔を浮かべた。

 思う壺だったろうか。

 どうせ食う物だし、損てことはないけどさ。

 火の通り易い根菜などを、幾つか買って小屋を出た。


 帰りも寄るだろうし、その時は依頼を受けていくよ。





 宿への戻り道。

 手頃な飯屋はないかと見ながら歩く。

 晩飯時だ。人で溢れている。

 普通の食堂なら何軒か通り過ぎた。

 野菜はあるし、肉だけ買えたらいいなと思ったのだが、鉱山の串焼き屋のようなものはなさそうだった。

 見て回りながら、渋い気持ちになる。


 それにしても、ここもか。

 

 どの店を覗いても、黒い制服が目に付いた。

 狭いからそう見えるのかもしれないが、半数は兵士達のようだった。




 まだ明るい内も、それなりにはいた。経由地ならば見かけてもおかしくないと思っていた。

 それにしても多いような気がする。

 街道への出入り口付近で、荷物を積んでいる者達もいたな。

 この町に留まっているのではないだろう。

 何処かへ移動している。




 四方に視線を配らせながら歩いていたら、宿まで辿りついていた。

 宿というよりは、小屋を幾つも並べたような一角だ。

 小屋同士は、人一人すら通れないほど密着している。掃除も行き届かないのだろう。間には蜘蛛の巣が張っている。

 その角の一部屋を訪れる。


 商人は、相変わらず狭い机で、符を作成していた。

 乾かすために、壁には紐を渡し、書きあがったばかりの符を吊るしていた。

 壁一面を、魔術式が埋めている。

 商人の背に並ぶと、不気味である。


 そんな失礼なことを思い浮かべながら、部屋の隅へ荷物を置いた。


「あいつは」


 じっと出来上がりに見入っていた商人に、恐る恐る聞いた。


「素振りと、言っていた」


 聞くだけで、げんなりしてくる。元気なことだな。




 大きな音を立てて扉が開かれ、女がさっぱりした顔付きで立っていた。


「晩御飯は!」


 俺の顔を見て言うな。

 視線を部屋の隅に送ると、女は野菜を掴みあげた。


「逃げられると思うなよ。その身を地の底から這いずり出る業火で炙り尽くしてやろう。あ、外にかまどあったよ」


 また出て行く女の背を見送る。

 何か突っ込みを入れるのすら、面倒になってきた。


「おい、飯だってよ」


 商人から符をひったくり、声をかけた。


「もうそんな時間か」




 焼いた野菜を、冷ましながら食べていた。

 竈ね。

 石コロを丸く並べただけの場所だった。

 これ、焚き火してただけじゃないのか。


 宿の主人らしき男が通り過ぎたが、注意はされなかったので、構わないのだろう。


「外で、兵達を見たか」


 町のことで、他に気付いたことがないかと聞いた。


「素振りしてたら、何人か怯えたように去っていったかな。きっとあれは後ろ暗いことがあるんだと思う」


 絶対に、違うと思うぞ。

 人通りのあるところで、武器を振り回すな。


「そういえば、宿の主人が兵達が移動してると話していたな」


 おお、商人。その情報だ。


 話によると、各地の常駐定員を減らし、少しずつ中央へ集めているらしい。

 中央って、多分帝都のことだろうな。

 少なくとも、この町の住人達はそう認識しているようだ。


「一時的とはいえ、人の流れが急に増えたもんだから、大変だと零していたよ」


 今まで見たこと、知ったことから考えると、その実は、大規模な編制し直しのためだろうと思う。


 回廊対策への布石なんだろうか。

 それとも、他国への牽制。


 俺は、北への流れと逆に進んでいるのだと、改めて肌で感じる。



 食い終えると、部屋に引き上げた。

 粗末な木板のベッドは、長椅子をやや大きくした程度の狭苦しさだ。

 横になると、割れるんじゃないかというほど軋む。

 これで野宿と比べて、どれだけ疲れが取れるのかと訝しんだのだが。

 疲労は知らず溜まっていたのか、眠りはすぐに訪れた。


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