七十話 商人の交流
次の町までは、それなりに距離がある。
そこで、町と町の合間に隊商市場とやらが設営されているそうだ。
行商人が有志を募って、国に許可を取り付けたというその場所は、野営指定地を兼ねているらしい。
軍も演習だかで度々利用するらしく、浄化槽まで設置されているとのことだから、村並みの設備は期待できそうだ。
そんなだから、住み着こうとするものがないよう、行商人達も目を配っているという。
現在、俺達はその広場に踏み入れた。
広場を丸く囲むように、天幕が並ぶ場所へと進む。
想像では、もっとましなものを期待した。
街道から、やや距離を置いた場所に、幾つかの天幕が軒を並べている。
殺風景な草地の中に忽然と現れる広場だが、数はそう多くないので遠目に見るとやはり侘しい。
常時設置されているものではないらしい。
街道の定期的な利用者達が、入れ替わり立ち代り、しばらく滞在しては営業して去っていくとのことだ。
「俺は、符を買ってくれないか聞いてくる」
商人が、商人らしい言葉を吐いている。
珍しいことだと感じるが、売り物がなかったのだから、それを言うのは公平ではない。
売れるといいけどな。
普通は符なんて、お守り程度に持ち歩く程度のものだ。
旅の最中は特にそうだろう。
店番の商人と護衛以外は、天幕の立ち並ぶ広場の外れに集まっていた。
集団は、商人ら布の固まりと、護衛の旅人ら灰色の固まりに、綺麗に分かれている。
まあ、話すことも興味も違うだろうしな。
気も緩んでいるのか、和やかな雰囲気すらある。
勢いよく言葉を交わしているのを見るに、情報交換でもしているんだろう。
商人が、符は要らないかと声を掛けて回っている。
女も護衛として付いて回っている。
それを見て、俺はどんなもかと一つ一つ見てみることにした。
そう何軒もない。
俺が買えるような物など、あるとも思えないから冷やかしだ。
人が溢れてるわけでもなく、ゆったりとしているように見える。
行商人達も、俺の身なりから判断しているだろう。
さして期待もせず、気安く世間話をしてくる。
「旅人向けは、お隣さんだよ!」
適当に相槌を打って、そのお隣さんへ行く。
商人のガラクタと比べては失礼かもしれないが、しっかりとした道具類を扱っていた。
特に目を引いたのは、保存食。
その一角が目を引く。
色とりどりの干からびた植物類が、少量ずつ並べてあった。
「そいつらは果物だよ。穀物の保存食ほどではないが、町から町へ旅する程度なら十分日持ちするぞ。水気には気を使って欲しいがね」
そりゃそうだろうな。
その一つを、行商人から食えと手渡された。
やや透明にも見える、黄色から橙色とまばらな色合い。
そいつを摘んで、口に放り込んだ。
やや弾力のあるそいつを噛み砕くと、微かな甘さが残る。
悪くないな。
いつも味気ないものばかりだ。
さして値が張るものでもない。
俺は一袋買うことにした。
袋を片手に乾燥果物片を摘みながら、最後に、商人が話し込んでいる天幕へ来た。
「守備はどうだ」
小声で、商人の背後にいた女に話しかける。
「結構、買ってもらえたよ」
そう言う側から、女の手が伸びてきた。
量はあるからいいけどよ。
「んぐ、そこそこ美味しいかな」
今度は一掴み持っていかれた。
それが、そこそこの取る行動かよ。
そのまま立ち話している商人の背後から、天幕を眺めた。持ち主であろう年嵩の行商人は、世間話の体で若い商人へ指南しているようだった。
話し声が耳に届くまま、聞くとはなしに聞く。
「あまり一気に売るのは控えたほうがいいと思うね。当然、原料に入手制限が掛かっているのを知ってるだろう」
行商人の話に商人は頷いている。
「その鉱山から出てきたところだよ」
そうだろうと思ったと、相手も頷いている。
「あちらもこちらも商人。ややこしいな」
うっかり呟いた。
すかさず隣から突っ込みが入る。
「名前、あるし」
聞こえなかったことにして、商人達の話に耳を傾けた。
「こちらはありがたいがね。いやなに、ここにきて需要が増しているもんでな。砂漠の国からの帰りなんだが、最近ではあちらさんでも買い手が多いんだよ」
「作れるだけ売るつもりだ。資金も必要だしな」
「確かに、これを売り時と捉えるのもありだな。だが、原料の確保にはよくよく注意しろよ」
「工房を構えるつもりなんだ。その時は頼むよ」
「ユリッツ工房だね。覚えておこう!」
しばらくすると、相手の調子のいい相槌と共に話は終わった。
しかし、物を売るだけでなく、きちんと宣伝もしてたのか。
意外と抜け目ない。
今までは商人としてどうなんだと思うようなことばかりだったが、職人として新たな顧客を確保するというならば、地道に売って回り宣伝するのも悪くないんだろう。
妖しげな新商品とやらの開発も、その内に実を結ぶかもしれないし……こちらは期待薄だと思うが。
それにしても、どこに工房を構えるか決めてないはずだが、それで大丈夫なのかね。
出身は東の方の町だと言ってたな。
帝国の東側は、ほぼ海沿いだ。
あまり特徴も聞いたことのない、小さな町のように思えるのだが、やっぱそっちにするんだろうか。
まあ俺が気にしてもしょうがないことか。
商人が広げた道具袋をしまって振り向いたのを見て声をかけた。
「売れたみたいだな」
返ってきたのは、複雑な表情だった。
「需要が増えてるらしい。精霊溜りで」
その言葉に、固まる。
「どの辺かは聞き損ねたが、砂漠の国々でも、以前より被害が増えているそうだよ。特に、人の寄らない砂漠の真ん中など、気が付くのも遅れるそうだ」
人口の問題、鉱山や職人の問題、様々にあるだろう。
他国では、そこまで人手は割けまい。
よもや、こんな南方に来てまで、その言葉を聞くとは。
別に北方に限った現象ではないと、頭では分かっているつもりだった。
ただ、以前の大異変以降、国を挙げて処理してからは数は減っていると聞いていた。
だからこそ、軍の定期巡回も、年に一度となっていたのだ。
北部が特別なのは、回廊周りの異変のせいだ。他とは別の要因だと思う。
さらに、回廊周りの異常が広がっているのか――それとも、また別のものなのか。
帝都から砂漠側へ派遣されたという旅人の一団。
鉱山の、半ば封鎖といっていい状態。
あれらは、急激に広がっている現象を喰い止めるための対策なのだろうか。
よくよく考えれば、大げさなことだった。
国が原料を大幅に確保するだけでなく、制限するほどだ。
よほど、侵攻が進んでいるのではないのか。
思った以上に、深刻な状況か。
しかし、どうする気だろうな、あの髭面どもは。
これだと北方どころの話ではない。
各国に、人手を少しでも出させようと動いていただろう。
それが、余裕がなくなったとすれば、逆に人手を出せと反発されてもおかしくない。
納得させるには、原因は確実に、回廊の異変だと証明する必要がある。
そんなことは可能なのか?
しかし、各国が混乱の臭いを嗅ぎ付けて、はいそうですかと協力するかね。
この機に少しでも利するよう、足を引っ張り合う姿しか思い浮かばない。
とすると、鉱山に軍を置いていたのは、隣国からの攻撃を警戒していたのか。
また、飛躍しすぎただろうか。
入る情報が少ない故に、僅かなことでも聞けば、あらゆる想像に飛び火するな。
「うええっ」
奇声に舌打ちしそうになるのを堪える。
どうせ女だ。
「おい、ふざけるなよ!」
堪えた舌打ちは、文句となって口をついて出た。
「毒でも入ってたのかな」
毒なわけねえだろ!
ほんと、碌なことしねえなこいつ。
いつの間にやら、果物は袋半分も消えていた。




