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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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七十話 商人の交流

 次の町までは、それなりに距離がある。

 そこで、町と町の合間に隊商市場とやらが設営されているそうだ。

 行商人が有志を募って、国に許可を取り付けたというその場所は、野営指定地を兼ねているらしい。

 軍も演習だかで度々利用するらしく、浄化槽まで設置されているとのことだから、村並みの設備は期待できそうだ。

 そんなだから、住み着こうとするものがないよう、行商人達も目を配っているという。


 現在、俺達はその広場に踏み入れた。

 広場を丸く囲むように、天幕が並ぶ場所へと進む。


 想像では、もっとましなものを期待した。

 街道から、やや距離を置いた場所に、幾つかの天幕が軒を並べている。

 殺風景な草地の中に忽然と現れる広場だが、数はそう多くないので遠目に見るとやはり侘しい。

 常時設置されているものではないらしい。

 街道の定期的な利用者達が、入れ替わり立ち代り、しばらく滞在しては営業して去っていくとのことだ。


「俺は、符を買ってくれないか聞いてくる」


 商人が、商人らしい言葉を吐いている。 

 珍しいことだと感じるが、売り物がなかったのだから、それを言うのは公平ではない。


 売れるといいけどな。

 普通は符なんて、お守り程度に持ち歩く程度のものだ。

 旅の最中は特にそうだろう。




 店番の商人と護衛以外は、天幕の立ち並ぶ広場の外れに集まっていた。

 集団は、商人ら布の固まりと、護衛の旅人ら灰色の固まりに、綺麗に分かれている。

 まあ、話すことも興味も違うだろうしな。

 気も緩んでいるのか、和やかな雰囲気すらある。

 勢いよく言葉を交わしているのを見るに、情報交換でもしているんだろう。



 商人が、符は要らないかと声を掛けて回っている。

 女も護衛として付いて回っている。


 それを見て、俺はどんなもかと一つ一つ見てみることにした。

 そう何軒もない。


 俺が買えるような物など、あるとも思えないから冷やかしだ。

 人が溢れてるわけでもなく、ゆったりとしているように見える。

 行商人達も、俺の身なりから判断しているだろう。

 さして期待もせず、気安く世間話をしてくる。


「旅人向けは、お隣さんだよ!」


 適当に相槌を打って、そのお隣さんへ行く。


 商人のガラクタと比べては失礼かもしれないが、しっかりとした道具類を扱っていた。

 特に目を引いたのは、保存食。

 その一角が目を引く。

 色とりどりの干からびた植物類が、少量ずつ並べてあった。


「そいつらは果物だよ。穀物の保存食ほどではないが、町から町へ旅する程度なら十分日持ちするぞ。水気には気を使って欲しいがね」


 そりゃそうだろうな。

 その一つを、行商人から食えと手渡された。

 やや透明にも見える、黄色から橙色とまばらな色合い。

 そいつを摘んで、口に放り込んだ。

 やや弾力のあるそいつを噛み砕くと、微かな甘さが残る。


 悪くないな。

 いつも味気ないものばかりだ。

 さして値が張るものでもない。

 俺は一袋買うことにした。




 袋を片手に乾燥果物片を摘みながら、最後に、商人が話し込んでいる天幕へ来た。


「守備はどうだ」


 小声で、商人の背後にいた女に話しかける。


「結構、買ってもらえたよ」


 そう言う側から、女の手が伸びてきた。

 量はあるからいいけどよ。


「んぐ、そこそこ美味しいかな」


 今度は一掴み持っていかれた。

 それが、そこそこの取る行動かよ。


 そのまま立ち話している商人の背後から、天幕を眺めた。持ち主であろう年嵩の行商人は、世間話の体で若い商人へ指南しているようだった。

 話し声が耳に届くまま、聞くとはなしに聞く。


「あまり一気に売るのは控えたほうがいいと思うね。当然、原料に入手制限が掛かっているのを知ってるだろう」


 行商人の話に商人は頷いている。


「その鉱山から出てきたところだよ」


 そうだろうと思ったと、相手も頷いている。


「あちらもこちらも商人。ややこしいな」


 うっかり呟いた。

 すかさず隣から突っ込みが入る。


「名前、あるし」


 聞こえなかったことにして、商人達の話に耳を傾けた。


「こちらはありがたいがね。いやなに、ここにきて需要が増しているもんでな。砂漠の国からの帰りなんだが、最近ではあちらさんでも買い手が多いんだよ」

「作れるだけ売るつもりだ。資金も必要だしな」

「確かに、これを売り時と捉えるのもありだな。だが、原料の確保にはよくよく注意しろよ」

「工房を構えるつもりなんだ。その時は頼むよ」

「ユリッツ工房だね。覚えておこう!」


 しばらくすると、相手の調子のいい相槌と共に話は終わった。



 しかし、物を売るだけでなく、きちんと宣伝もしてたのか。

 意外と抜け目ない。

 今までは商人としてどうなんだと思うようなことばかりだったが、職人として新たな顧客を確保するというならば、地道に売って回り宣伝するのも悪くないんだろう。

 妖しげな新商品とやらの開発も、その内に実を結ぶかもしれないし……こちらは期待薄だと思うが。


 それにしても、どこに工房を構えるか決めてないはずだが、それで大丈夫なのかね。

 出身は東の方の町だと言ってたな。

 帝国の東側は、ほぼ海沿いだ。

 あまり特徴も聞いたことのない、小さな町のように思えるのだが、やっぱそっちにするんだろうか。

 まあ俺が気にしてもしょうがないことか。




 商人が広げた道具袋をしまって振り向いたのを見て声をかけた。


「売れたみたいだな」


 返ってきたのは、複雑な表情だった。


「需要が増えてるらしい。精霊溜りで」


 その言葉に、固まる。


「どの辺かは聞き損ねたが、砂漠の国々でも、以前より被害が増えているそうだよ。特に、人の寄らない砂漠の真ん中など、気が付くのも遅れるそうだ」


 人口の問題、鉱山や職人の問題、様々にあるだろう。

 他国では、そこまで人手は割けまい。


 よもや、こんな南方に来てまで、その言葉を聞くとは。

 別に北方に限った現象ではないと、頭では分かっているつもりだった。

 ただ、以前の大異変以降、国を挙げて処理してからは数は減っていると聞いていた。

 だからこそ、軍の定期巡回も、年に一度となっていたのだ。


 北部が特別なのは、回廊周りの異変のせいだ。他とは別の要因だと思う。


 さらに、回廊周りの異常が広がっているのか――それとも、また別のものなのか。


 帝都から砂漠側へ派遣されたという旅人の一団。

 鉱山の、半ば封鎖といっていい状態。

 あれらは、急激に広がっている現象を喰い止めるための対策なのだろうか。


 よくよく考えれば、大げさなことだった。

 国が原料を大幅に確保するだけでなく、制限するほどだ。

 よほど、侵攻が進んでいるのではないのか。


 思った以上に、深刻な状況か。




 しかし、どうする気だろうな、あの髭面どもは。

 これだと北方どころの話ではない。

 各国に、人手を少しでも出させようと動いていただろう。

 それが、余裕がなくなったとすれば、逆に人手を出せと反発されてもおかしくない。


 納得させるには、原因は確実に、回廊の異変だと証明する必要がある。

 そんなことは可能なのか?


 しかし、各国が混乱の臭いを嗅ぎ付けて、はいそうですかと協力するかね。

 この機に少しでも利するよう、足を引っ張り合う姿しか思い浮かばない。


 とすると、鉱山に軍を置いていたのは、隣国からの攻撃を警戒していたのか。



 また、飛躍しすぎただろうか。

 入る情報が少ない故に、僅かなことでも聞けば、あらゆる想像に飛び火するな。


「うええっ」


 奇声に舌打ちしそうになるのを堪える。

 どうせ女だ。


「おい、ふざけるなよ!」


 堪えた舌打ちは、文句となって口をついて出た。


「毒でも入ってたのかな」


 毒なわけねえだろ!

 ほんと、碌なことしねえなこいつ。


 いつの間にやら、果物は袋半分も消えていた。


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