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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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六十九話 手合わせ

 印が関連しているなら、トルコロルが無関係なはずはない。


 元老院が大掛かりな理論だか魔術式具の実験をしていたとする。

 そこに、たまたま俺が引っ掛かった?


 帝国に元老院やトルコロルが揃って、俺に絡んできている。

 もちろん、これが偶然なはずはない。


 不快な気持ちがこみ上げてくる。

 あくまでも例えばの話だ。

 おかしな実験を、元老院がしているとは限らない。


 実験ではなく、意図して行われているとしたら――そんな技術の進歩があるだろうか。



 やはり、国が絡んでくる事と、印については分けて考えた方がいいのだろうか。

 細かく考えていけば、関係しているようには思えない。


 俺の知らない魔術式具の存在がある。

 それが事実ならば、印を中心として全てが繋がる。


 その事実を確認できない限りは、二つの関連性を断定はできない。



 断定できない、もう一つの理由。

 女のことだ。

 こいつだけが、トルコロルに関係しない。


 過去に案内役の両親と、行き来はしていたという。

 だが、血の繋がりは見えない。

 王の血筋に連なる者は、髪や肌の色がどうあれ、瞳に青色が混じる。


 改めて、女の容姿に目を向けてみる。

 この女は、黒髪に黒い瞳。

 これは帝国南部に多いから、両親が南方から移ってきたのかもしれない。

 特徴があるとすれば、やや肌の色が濃いように見えるくらいだが、旅して回ってる者達はみな日焼けしている。

 その範疇だし、こっちの問題には関係のないことだ。


 印持ちでないことは確かだろう。

 俺の印を見た時の反応も、それを裏付ける。


 それに、性別の問題。

 主王と、もう一人の共王ルウリーブの血筋では、男だけが継承者の印を持つ。

 女で印を持つとしたら、マヌアニミテ王に関係する者だけだ。

 あの女騎士は、伝承に出てくる代々の共王同様に赤銅色の髪。


 それらを考えても、俺と印、そして国の事情に関係するところがない。



 この女だけが、例外なのか。


 完全に除外するのは危険だ。

 だが逆に言えば、この女のことさえなければ、全ては関係しているように思える。


 考えたくはないが、軍と女騎士、そして元老院が、王の縁者の確保のために

結託して何某かを企んでいる。

 元老院が、そのための魔術具を使用し、俺の居所を常に捉えている……駄目だ、気分が悪くなる。


 最も真実味がある想像に思えた。

 それならば、あえて捕まえないでいる理由にもなるじゃないか。




 何度か、深呼吸をし、最悪な気分を振り払う。


「潰れて乾燥した蛙顔」


 叩くぞこいつ……。


「暇。手合わせしよう」


 前もこんなやりとりしたな。

 以前は断ったが、今は頭を切り替えるのに丁度いいように思えた。


「棒切れ、拾ってこい」


 俺の返事に、女はぎらぎらと目を輝かせて嗤うと、街道脇にすっ飛んでいった。


「まだ昼は先だぞ」


 商人は、呆れながらも、街道脇へ荷車を引いていく。

 早すぎるが休憩だ。




 この辺りは木々が生い茂り、足元の土も黒く柔らかい。

 これなら倒れても衝撃は軽減されそうだ。


 繁みの合間が不自然に揺れ、枝を折る音が聞こえたかと思うと、あちらこちらへ移動している。

 猪に出会ったときのようだった。

 突如、藪の合間から頭が生える。


 行動まで獣並みだな。


「ほら、選んで」


 頭から葉っぱを撒き散らしながら、女は枝を放り投げた。

 全身に枝葉をつければ益々蓑虫らしくなる。

 などと考えている間に、女は一つを選んで掲げた。


「真剣勝負だから」


 女がそう言って睨んでくる。

 棒切れだけどな。


 一般的な片手剣よりは、太めな程度の枝を両手で掴み、構える。

 掴みづらいが、その辺の枝だから細いとすぐ折れるだろう。

 長さ的に長剣だ。自然とトルコロルの剣術の構えを取っていた。


 いたって単純な構え。

 両足を肩幅に開き、上半身をやや屈め気味に立つ。ただし、左右どちらにも反応できるよう、足先にのみ力を込める。

 枝を握りこんだ両手は顔の高さに位置し、真正面を見据えて向かい合う。

 刃先は、前方ではなく、やや天を向く。

 騎士の構えだった。守りや、制圧に重点を置く。


 方や女は、いつもの鉈を振り回すときと同じく、半身に構えた体の陰、斜め下方に刀身を下ろしている。

 振り切ることで、剣に力を乗せるためだ。

 攻撃に重点を置いている。



 ある程度距離を取って向かい合う。

 目が合った瞬間、女が先に飛び出した。

 力を乗せる間合いを考えれば、女の方は先制攻撃しかない。


 飛び出す女の踏み込みに合わせ、構えたまま一直線に間合いを詰める。


 女の刃が振り切る直前、女の肩口へと俺の腕が届く。


 まずい。


「ぅぶへっ……!」


 女は、背中から地面に落ちた。

 真正面から突き飛ばした形だ。

 まずいと思ったときには、女の首元を抑えこんだまま、膝を胴に入れようとしていた。

 そういう流れの一つだ。

 どうにか逸らして、地面に膝を着き、態勢を立て直す。


「大丈夫か」


 慌てて飛びのき、地面に貼りついて動かない女を覗き込む。

 草地を選んだとはいえ、石なんか落ちてないだろうな……。


「死んでも呪わないでくれよ」


 突如、邪悪な眼が見開かれた。


「……まだ、生きてる」


 憎々しげな視線を無視し、引き起こして頭の下を見た。


「地面も柔らかいし、石もないな」


 状態はともかく、当人の気分はどうかと見る。 


「くそっ妄執の念が足りなかったか……我に宿れ禍々しき力よ……」

「寝てろ」


 また女は、その場に両手を広げて倒れこんだ。




 呪詛を呟き始めた女を無視し、見ていた商人の元へ行く。

 荷車にから水筒を取り出し、水を飲んだ。


「改めて見ると、あんたも、なかなかの腕のようだな」

「改めて?」

「会った時は、よく見るどころではなかったしな」


 一瞬だったとはいえ、つい集中してしまった。

 意外と型も覚えているもんだな。


 背後に、暗雲が垂れ込める気配。

 女が起き上がって、のろのろと近寄ってくる。


「そう気を落とすな」


 自分の荷物から、水筒を取り出している女に声をかけた。


「慰めなくていい。負けは、負け」

「こんなもん、勝負なんかじゃないだろ」


 何か膨れている。


「普段、重い武器を使うだろ。軽い棒切れなんかでは調子が変わるだろうし」

「それを言ったら、あなたは、」

「俺の方は、重さに大して変わりはなかった」


 適当に慰めのようなこと言うのも、俺の方の条件が緩かったと気付き、少し申し訳ない気がしたからだった。


「俺は、お前の戦い方を知っていた。お前の方は知らなかったろ」


 きまりが悪い。


「八つ当たりだった。悪かったな」


 だったらもう一度と、女が言い出す前に言い切る。


「言っておくが、もう勘弁してくれよ」


 抗議の不満げな顔を向けられる。


「そんなに訓練したけりゃ、もう一人いるだろ」


 商人を指す。


「それもそうね」


 良い案とばかりに、女は目をぎらつかせて商人を見た。


「とんでもないこと言わないでくれ。不得手なんだ」


 矛先を向けられた商人は慌てだした。

 不得手? 謙遜のつもりだろうか。


「剣を使ってたじゃないか」


 殺傷力は弱くとも、細身の剣で盗賊達相手に、うまく立ち回っていたと思うが。

 女の大雑把な力任せの動きを、背後から補助していた。


「工房に属していれば移動もあるし、みんなそれなりに学ぶもんだ」


 それなりにね。

 ぼんやりとしか思い出せないが、少ない動きで的確な判断。

 手こずっていたのは、力の押し合いくらいのものか。

 賢いと、何やらせてもそれなりに出来るんだろうな。

 手先も器用だし、羨ましい限りだ。


「遊ぼう」

「仕事がある」

「休憩」

「余計疲れる」


 言い合っている二人を眺める。



 商人の欠点といえば、精霊力がないことくらいだろうか。俺から言わせれば、それも欠点と言うほどではない


 人と比べてもしょうがないとはいえ、少し落ち込むな。

 いやいや、一見簡単そうにこなしている奴が、陰でどれだけ努力しているかなんてしれないんだ。

 俺も、精進しよう。


 そこで、何についてだと自身に問う。

 情けないことかもしれないが、特に人生の目的など考えたこともない。


 ずっと目の前の事で精一杯だった。

 思い返しても、出来ることを堅実にやってきたつもりだ。

 そういや、それを卑下したこともない。

 これが、俺の生き方か。


 望むことといえば、コルディリーに戻って、組合の依頼を受けながら生きる。


 だったら、今も同じか。

 目の前のことに、せいぜい精一杯取り組むさ。

 元の、落ち着いた生活を取り戻すために。


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