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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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六十六話 心の傷

 俺と女の目的は、どうやら一致しているのに間違いはないとして、商人に多少不安が残った。

 安い護衛費の見返りといったって、それ以上の苦労をしては意味がない。

 他にも理由はありそうだと思った。


 まずは俺の話をしければならなかったし、折を見て確かめよう。


「まだ聞きたいことがある」


 女に、呼び止められる。

 話は終わったつもりで、寝床でも見繕おうかと移動するところだった。


「なんだ」

「軍と組合とあなたの関係は分かった。でもあの女の人は何。なにか違うでしょう」


 そういや、何か聞きたそうにしていたな。


「お前には、どう見えたんだ」

「いいから話して。後で聞けって言ったでしょ」


 あの女騎士の立場や、軍が何をしたいのかは説明した。

 だが、俺と女騎士との方はなんといったものか。


「込み入ってるような、ないような……面倒臭い話だし、俺とお前の問題には関係ない」


 すかさず商人が助け舟を出してくれる。


「誰にも、話したくないことくらいあるだろう」

「でも、ユリッツさん」


 気にし始めたら全て怪しく思えるものだし、話すのはいいが面倒臭いだけだった。


「別に構わない。隠すようなことでもないし。ただ、覚えてることだけだ」


 また誤魔化す気だろうと、訝しげな目を向けられる。


「あなた馬鹿だしね」

「うるさい、蓑虫」


 女は口の端だけ持ち上げ、してやったりといった笑顔を浮かべた。


「事実に対して、言いがかりで対抗? 謝罪として早く話すといいよ」


 俺が見たままの事実なんだが。


「お前……ああもういい。あの騎士なんて言ってる女は、トルコロルの関係者なら誰でも集めたいらしい。俺は関係ないと言ってきたが、町で会った時の様子だと、どうやら諦める気はないようだな」


「あなたの故郷はコルディリーじゃなかったの」


「親父がトルコロルの出身だった。俺はコルディリーで育ったが、別に名前も変えてないし、どこかから調べてきたようで迷惑してる」


 コルディリーで育ったのは、親父が死んでからだけどな。


「ほんとにそれだけ」

「悪いが、後は個人的……感情的なことだ。話す気はない」


 女が挑むような目を向ける。


「私、トルコロルによく行ってたよ。あなたみたいに、青い目の人ばかりだった」


 緊張で握った手に力が入る。


 聞きたくない。


 聞きたくないんだよ、あの国のことは。


「やめてやれ、ピログラメッジ」


 珍しく、商人の声には咎める色があった。

 いつも覇気がなく、この女には甘すぎるくらいだというのに。


 女の目も、嫌なことを思い出すという時と同じように暗い。それでも、あえて話している。

 何か言いたいのだろうか。

 こんなときでもなければ、滅多に聞き出す機会はない。


 ふとある事に思い至る。

 あまりにも、周りにとってトルコロルは滅びたというのが当たり前だったこと。

 そのせいで、俺は少ない生き残りということを当然と思いすぎていた。


「待ってくれ」


 商人を制した。


「お前、なんで海を渡ってたんだ」


 無関係と思っていたが、まさか、この女もトルコロルと関係があるのか。


「両親が旅人だったって話したことあったでしょ。砂漠の国々からの客を、回廊を渡って、向こうの陸地を案内するの。腕も立つし、案内役を兼ねた護衛依頼の旅人として有名だったんだ」


 突然、女は当時のことを語りだした。


「昔はまだ、国境沿いはごたついてたしね。そんな情勢でも、商人の商売っ気は変わらないみたいで、客はいつもいたよ。私もいつも付いていってた」


 なんのつもりだよ。

 今までは、散々そこには触れてくれるなと臭わせていたじゃないか。


「綺麗な町だった。全体的に白っぽい印象が残ってる。国のどこからでも、目を凝らせば城が見えるんだって、お父さん言ってたな」


 城のことなんてどうでもいい。


「他には、ないのか。もっと重要なことだ」


 つい苛立ちを抑えきれず口を挟んでしまった。


「それで、何を知りたくなったの」


 俺が、その何かを知りたいんだよ。

 聞きたくないと言う気持ちと、知らなければという頭からの指示が、言葉をうまく形にできずにいた。

 もどかしく、口調は荒くなる。


「なんというか、そうだな、例えば国に関係することだ」


 女が記憶を手繰るように、目を伏せ考え込む。


「そうね……時々、砂漠の国々の偉い人も、忍んで来てるみたいだった。お城に向かっていたし、王様に会いに行ってたんじゃないかな。どうにか人々を落ち着かせ、建て直す手段がないか探っていたのかもね」


 それも、大した情報だろう。


「そう、か」


 当時、互いの怨恨だか拡大欲だか知らないが、続いていた小競り合いを止めようという動きはあったということだ。

 そういう努力も重なって、現在の平穏な状態があるのだろう。


 なら、この女は。


「お前の両親の出身は」


 ようやく、質問が言葉になった。


「代々、知ってる限りはアィビッドだよ。それが知りたかったことなの」


 俺は大きく頷いた。


「本当に、トルコロルと血縁関係はないんだな」


 思わず詰め寄って聞いていた。

 気圧されたのか、女はぶんぶんと首を振った。


「あんたは」


 ついでに商人にも確認だ。


「俺も両親もアィビッド出身だが」

「だが?」

「向こうに親戚はいる。いや違うぞ、トルコロルじゃない。南方だ」


 良かった。

 次にまたあいつらと会うことになっても、煩わせることはない。

 こいつらにまで、あの面倒事が関わる心配はないようだと、胸を撫で下ろした。


「そんなことが、そんなに目を血走らせるほど嫌なことなの」

「その、そんなことのために、俺は煩わされているんだよ」


 ここまで出身者に拘るというのも、外から見たら、よく分からないことだろうな。

 俺も、肌で感じていたことを覚えているだけだ。


「それが、あの騎士さんとの面倒なこと?」

「ああそうだ。まるで狂信者だ」


 俺の言葉に気分を害したらしい。


「あの人も国を、故郷を取り戻すのに必死なんじゃないの。何かされたわけでもないんでしょう」


 まだ、何もされてないが、不快感が込み上げてくる。

 祖国のため協力して当然と押し付けられ、他の者もそうなのだからと迫る。それだけで十分脅迫めいていた。


「俺は……俺の生活に満足していた、それを、見も知らぬ奴らが、縁者がいたというだけで俺の生活に干渉してくる、奪うことになるかもしれないとも考えずに、それが何もないとでもいうのか!」


 思わず、声を荒げていた。


「すまん……」


 失態だ。

 いつもこうだ。

 だから、この話は避けたい。


「ともかく、お前らが関係ないならそれでいい。一つの安心材料になる」


 何故か女の方が、申し訳無さそうに頷いた。


「……うん」




 水を飲み、気持ちを落ち着ける。

 しばらくの間、誰もが身じろぎもせずに座ったままでいた。


「今、こういうことを聞くのもどうかと思うんだが」


 やがて、商人が口を開く。

 その言葉は、俺に向けてだった。


「今だからこそ、聞いてくれないか」


 どうも、俺の顔色を伺っているような商人に先を促す。


「ピログラメッジも、なかなか精霊力は強い方だと思う」


 あ、やっぱ聞かない方が良かったな。


「あんたは飛びぬけてる。それでだな、試したい魔術式がある。休憩の合間でもいいから協力してほしいと思ってな」


 こちらの都合ばかり押し付けているんだ、断りようがない。


「符を使うってことだよな」


 うんうんと頷かれる。


「……それくらいは、手伝うべきだろうな」


 渋々と承諾の意を示した。


「そうか! これで、あれの次に試して……」


 途端に、嬉しそうな顔と共に、魔術式の世界へと旅立ってしまったようだ。

 何を試す気なんだろうか。

 周りに迷惑のかからないものならいいが。


 気になっていた商人の目的は、はっきりさせることができたといっていいだろう。

 迷惑そうな状況でも手を貸すのは、己の魔術式に利すること。

 この女と組んでるのも、そこが重要な点だったようだ。

 純粋に貪欲な探究心ってやつか。

 分かり易くて助かる。




 体よりも精神が磨り減った。

 よく休んでくれと声を掛ける。

 俺も、今晩は式の練習はしない。

 初めに見張り役の商人を残して、草地の上で横になった。




 話してみるほどに、見えてきた己の弱さに辟易する。

 遠い昔、過去のことだと言いつつ、もう関係ないから放っておいてくれと叫ぶ。

 思い出したくないことだらけだった。




 女騎士――トルコロルの残党。

 あの女も、当時は子供だったはずだ。

 なのに王家に近い位置に居たからなのか、未だ誇りを失っていない。

 それとも、それしか生きがいを見つけられなかったのか。


 俺は違う。


 なんで、昔の事に縛られ続けなければならない。

 俺の意思とは関係ないところで。


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