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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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六十話 雑念

 格子窓から見えるのは、地面くらいのものだ。

 よく見れば、薄明るい。

 朝のようだ。


 あれ、なんであいつら海を渡る話なんかしてくれたんだ。


 寝ぼけた頭に昨晩の話が思い出され、ふと疑問が浮かぶ。

 今日は何があったどうだったと話すだけのことだ。今までもそうして、報告を兼ねた情報交換をしてきた。

 とはいえ、些か唐突に思えた。


 旅立つとしても、まだ何日もある。

 まずは、符の作成日程でも聞かされる方が先じゃないか。


 女が何かしら話してはいるだろう。

 あの女のことだ、どう話しを通したかの方が気に掛かるが。

 もしかして、商人の方にも、すでに同行するものと思われてるのか。


 そう考えれば、他に深い意味はなさそうな気もする。

 単に早めに話して、俺がこの後どうするつもりか聞きたかったのかもしれない。


 出会ってから日も浅い。

 勝手に受けた印象で、決め付けた性格なんてものを当てにしても、いいことはない。


 目的を確かにし、目の前のことから地道に取り組む。いつも通り。


 よし、頭がはっきりしてきた。


 出かける準備を終えると、鉱山入口前通りへと向かった。




 依頼を受けた時の説明で、鉱山入口前にある管理所に行けと言われていた。

 眼前にあるのは、どう見てもただの掘っ立て小屋である。

 既に、幾人かその前に集合し、たむろしていた。


 ほどなくして、集まった者は並ばされ、監督者に引率されながら簡単な説明を受ける。

 採掘自体は、専従者がいる。

 俺達のような臨時雇いは、鉱石の運び出しが主な仕事で、合間のほとんどは掃除をして過ごす。

 慎重に岩の破片や屑をかき集め、なるべく散らさないよう、手押し車で運び出していくようにとのことだ。


 道具を渡され、数人ずつで班を組み、鉱山内部へと縦列で進んでいった。

 通路には縄で道を示しており、ところどころに火が掲げられ、わずかな視界を確保している。


 こういった仕事は、初めに気をつけていれば後は単調だ。

 だからこそ無心になれる、この感覚が好きだった。


 それなのに、気が付くと雑念が混ざるようになっている。

 あれこれと考えることも、思い悩むことも多すぎる。

 こんな生活をしていればしかたない。

 ことが片付くまでは、我慢だ。


 そう懸命に手を動かすのだが、どうせ雑念を挟むならと、今朝気になったことに考えを委ねてみる。



 そういや、急な行き先の話をされて、この町での予定などを聞きそびれたな。

 符のことも。

 たった一つとはいえ、魔術式を覚えたことで、以前とは違った視点で興味が湧いていた。

 実際、商人が符を作ってるところを見学してみたい。

 今となっては、想像以上に集中する作業と分かるし、邪魔ならば無理は言う気はない。


 手持ちの、俺がよく町で買った符。

 質が悪いなんて、知らずに文句を付けていたが、最低限の原料で発動できるだけのものを大量に作っていたってことだ。

 まさか原料の、市場へ流す総量が制限されているなんて知らなかった。

 そう思えば、苦労して遣り繰りしているのかもしれない。


 まあ商人も、ひどい出来だと漏らしてたが、拘りがありそうだしな。

 商売だ。質の良い物を作るだけが、正しい事でもない。




 考えは、海を渡ることへと移る。


 よもや、またあっちへ向かうことになろうとは、考えもしなかった。


 魔術式推進船か。

 商人は、他の職人に進められたと言っていた。

 しかしあの口ぶりだと、そっちの方に興味があるようだった。

 現在では、使用されてないとしても、かの国を訪れれば見聞きする機会はあるかもしれないしな。


 ただ、俺は眉唾もんだと思っている。

 国は元老院の宣託を受けて、回廊の確認の為に、わざわざ北へと軍を派遣した。

 本当にそんなもんがあるなら、あの時に使っていたはずだ。


 権威を維持するために、元老院が画策する話の一つとでも覚えておこう。




 早朝からの仕事だ。まだ外は明るい内に、作業時間は終わりだと告げられ解散した。

 眩しさに目を瞬かせながら、穴から這い出す。


 帰ろうとしたが、近くに鍛冶屋があるのを思い出して寄った。

 預けていた剣を確認して受け取る。

 やはり自分で手入れするより、良い状態になっている。

 拵えは傷んでいるが、それはどうしようもない。

 あれこれ相談でもしてみたかったが、新調する金はない。

 精々長持ちするようにと願いつつ、金を払って鍛冶屋を出た。




 組合に報告を兼ねて、換金もした。

 それでもまだ時間は余る。

 町をぶらつくことにした。

 だからといって、無目的というのも性に合わない。

 旅の準備でも進めておくかと、店を回ることにした。

 昨日は三人で少しばかり見て回ったが、商人の用事に付き合ったようなものだった。


 境界沿いを、柵を眺めつつ歩く。


 あんなに歩哨を立てるくらいなら、もうちっとましな柵でも作ったらどうだ。


 そんなことを思いながら、紺色がかった黒い制服を眺める。 


 国や組合の動きが、刻一刻と変化しているだろう北の動きを伝えてくる。

 中途半端に原因を知ってしまったからこそ、全てが意味を持っているようで、考えにも影響を落としてしまう。


 俺が考えても仕方のないことだ。

 今は、南へ向かうことだけ考えなければ。


 気が付けば、少ない店のある通りへ差し掛かっていた。

 この街に来た時にくぐった、町の名前の書いてあるでかい立て札が見える。


 通りの端にあるのは、野菜売りの店。


「とうっ!」


 確か、その先に雑貨屋があったかな。


「えいやっ!」


 歩みを進める。


「おのれっ」


 物凄く、無視したい声が……何をやってるんだあいつは。


 意志の力で、逃げ出そうとする足を、声のする方へと捻じ曲げる。

 今通り過ぎた店へと、数歩下がり、積まれた籠のさらに奥、扉の向こうを覗き見た。


「奥さん、やりましたよ! 難敵だったけど真っ二つです」

「若い子は元気があっていいわねえ。助かったわ」


 女は、小型の鉈と、割れたでかい南瓜を手に鼻高々だった。


「こっちの果物貰ってちょうだい」


 礼を言って果物を受け取っている。

 喜ばれているということは、恐ろしい失態はさらしていないらしい。

 それはいいが、一日中奇声上げて営業妨害してないだろうな。


 呆れて見ていると目が合った。


 女の仕事も終わりのようだ。


「まさか、監視なんかしてないでしょうね」


 そんな暇なやつがどこにいる。 

 と言いたかったが、この女を追うために、こんな惨めな生活をしているところだった。

 考えるだけで虚しくなる。


「仕事が早く終わった。旅の準備でもしようかと思って来たんだよ」

「じゃあ急ごう。閉まっちゃうよ」


 目と鼻の先にある雑貨屋の戸を開いた。


 準備と言っても、特に必要なものは保存食と石鹸くらいのものだ。

 石鹸はいいとして、保存食は少し早いかとは思ったが、在庫が同じものなら、いつ買っても同じだ。

 滞在が長引きそうなら、晩飯にすればいい。


 店に並ぶ麻袋などの小物を眺める。

 そういや、商人のガラクタにもこういうのあったな。

 せっかくだ、商人から買おうか。


 俺は石鹸と保存食を買う。

 女も同じものを買っていた。

 なら、旅立つのもそう遠くないのかもな。


「報告してくる」


 組合に寄るらしく、店を出ると女はそう言って走っていった。元気なことだ。


「飯、買っておくぞ」


 声をかけると女が手を振った。分かったという合図のつもりだろう。

 また街路に並んだ荷車から、三人分の串焼きを買って宿に戻ることにした。


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