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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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五十九話 示唆

 狭い鍛冶屋の一角には、採掘用の道具がずらりと並んでいた。

 武器として使える鈍器のようなものは幾らでもある。

 が、武器そのものは見当たらない。


 女の武器は鈍器のようなもんだから問題ないとして、俺の方は見てもらえるだろうか。


 小屋のような建物の中に、親方含め職人が三人もいた。

 弟子だろう若い奴らも何人か出入りしているし、盛況なようだな。


 剣の方は、職人の一人が問題ないと言うんで一晩預けることになった。


「どこに伝えりゃいい」

「岩窟亭」


 宿を伝えると渋い顔をされる。


「金はある。明日は依頼も受けてる」


 念のため取り出して見せると、安心したようだった。

 だからといって前払いなんかはしない。

 武器を預けるんだ。それだけで担保になる。


 それにしてもあの宿、そんなに評判悪いのかよ。

 大した荷物は置いてないが、こっちが心配になってきた。


 物珍しくてもう少し見ていたかったが、女が落ち着きのない様子で行ったり来たりする。

 目障りだったので出ることにした。




「後は、お前も用事はないんだろ」

「ユリッツさん」

「工房ね」


 組合で、町の目印だけ書き写した簡易地図を取り出す。


「見せてよ」


 覗こうとする女から遠ざける。


「走り出さないなら見せてやる。ついでに町を回ろう」


 小さな町だ。

 正規軍の配置を確認し、大体の役割を把握できないかと考えた。

 肝心なことなど分かるはずはないが、表向きの目的でもいいから、新しい情報が欲しい。


「何か企んでる」

「企んでない。観光だ。ほら」


 膨れていた女は、地図もどきを渡すと大人しく並んで歩き出した。

 そしてまた口をひん曲げる。


「遠回りしてる」

「だから、観光だって」


 女が横目で睨む。

 こいつにも聞きたいことがあるだけだが、それを察したんだろう。

 勘も行動も獣並だ。


 そろそろ確認したかった。

 この女の精霊力が告げる先。


「方向は、合ってるのか」


 その意図を込めた、真剣な質問だ。


「ほら、企んでるじゃない」


 嫌そうにぼやいている。


「協力してるだろ。少なくとも、損させるような事はしてない」 


 口を尖らせて、なにやら考え込んでいる。


「まだ、南の方へ続いているみたい」


 女は、ふいに空の帯を見上げて言った。

 続く?

 感覚が続いているのか。

 もしかして、あの帯。


「その感覚と、あれが関係あるのか」


 また一つ確信に迫るのかと、緊張に喉が鳴る。


「え、見ただけだよ?」


 女は、何を言ってるのかと、きょとんとした。


 思わせぶりな真似するな!


「待って。何それ。あれが、関係あるってこと?」


 逆に質問を返される。


「色々隠してるのは、しょうがないと思うけど、そういうのは聞かせてくれてもいいんじゃない」


 ひん曲がった口に、鋭い目付きが加わる。

 何か腹を立てているようだ。

 そうは言われても、正直なところ、もう話せるほど明確なことは何もない。


「ただの仮説だ。お前がそうなら関係してる可能性が高まるか、」

「だから、そういうのは聞かせてよ」


 毎回、話を遮るなって。


「俺だって、情報が無い中で、色々考えてるんだよ」


 お前こそどうなんだ。

 その通り、何もかもぶちまけろとまでは言ってない。

 ただ、少しでも答えに近付きたいなら、女の方から探ろうとしてもいいはずだった。

 こうやって俺から話さない限り、避けているようでもある。


「あんまり、思い出したくはないんだけど、一応は気になってる」


 俺が黙り込んだのをどう捉えたのか、女は渋々話し出した。

 その気持ちは分かる。俺だって、投げ出したくて仕方がなくなる。


「南の方だけど、少しだけ東に逸れるみたい」


 へえ、そうかよ。

 思ったより、細かく分かってるんじゃないか。


 その言葉は、より考え込ませる結果になった。

 俺の方といえば、印を通してようやく方向を確認できた。

 こいつは何もしていないはずなのに、分かる。


 これも、違いの一つか。

 俺達に纏わり付く精霊力は、同質のようでいて、根本的なところで何かが違う。



 何もしていない? 違うな。そうだった。

 傷の治りが早い。補助符を使用しているように。

 こいつは、常時発動しているのと同じじゃないか。


 そう考えれば当然、とはいえ、それも妙な話だった。

 使いきりの符はともかく、継続使用できる光の符の場合、発動後も精霊力の流れがあり感知できるはずだ。

 この女の場合、発動している状態ながら、全く流れを感じない。


「お前に纏わり付くやつは、自分で発動したことはないんだな」


 眉を顰めて、一瞬声を詰まらせた女が、答えを絞り出す。


「気が付いたら、こうなってたの。それは本当」


 その時点からなのか。

 思い出したくない事と直結している。

 やはり気軽に意見の交換なんて、出来なさそうだ。


 そうだな、今気が付いたことだけでも話しておくか。


「俺は、印を発動しないと何も分からないんだ。もし、何か変化があったら教えてくれ。頼む」


 あからさまに、ほっとした様子で女は頷いた。





「何事もなかったろ」


 口を曲げたままの女に言った。


 ようやく、街に一つだけある大きな工房に辿りついたのだが、商人は既に移動していた。

 原料の入手窓口が、精製窯を持つ工房から、国の臨時窓口に変更されているという。

 その場所を尋ねて、窯の様子を見ることも出来ず移動した。

 女がうるさいからだ。


 しかし、なるほどと納得した。軍の派遣は、それが一つの理由か。

 商人組合の建物を間借りしているらしい。

 こちらから軍に近付くのは抵抗があったが、外から覗くだけだ。何も言われないといいが。




 この町では珍しい、辛うじて二階建ての建物が見えてきた。

 なぜ辛うじてなのかは、天井がやけに低かったからだ。

 外には、正規軍の兵が二人立っている。

 あそこで間違いないな。


 丁度荷物の出入りをしているのか、両扉の片側が開け放してある。

 荷物を運び出す商人達の側に、警備兵も付いて出てくる。

 その後から、見覚えのある覇気のない姿が現れた。


「無事だったようだな」


 声を掛けると、不思議そうな顔がこちらを向いた。


「組合の方はもういいのか」


 どれだけ入手可能か分からないからと、今日は荷車なしで出かけていた商人だ。

 飯時以外で、身軽なのは珍しい。

 高値で売れる素材でもないから、希少度合いはどうでもいいことだが。


「治安悪いって聞いてたのに、一人で大丈夫かなって」


 女が説明しているが、そんなこと警備兵の前で言ってやるなよ。

 案の定、人目を引いている。


「用が済んだなら、戻るぞ」


 商人は両手で麻袋を抱えている。

 多いのか少ないのかは分からないが、符の素が入手できたようで何よりだ。


 その後も、少ない店を回って必要なものを仕入れたりして、時間は過ぎた。





 岩窟亭の地下秘密基地。

 二人の部屋で晩飯と情報交換だ。


 座りながら、どうやって換気してるのかと、あたりを見回す。

 暗くてよく分からんが、微かに空気の流れは感じる。

 隅に穴でもあるんだろうが、それも気分的に落ち着かない。


 広さだけはある、薄暗い洞穴の真ん中。

 小さな机を囲む。

 部屋は広くとも、家具の大きさはどこも変わらない。


 机の上には今日の晩飯。

 安いからと奮発しすぎた。

 串焼きの他に、中に野菜と肉の炒め物を詰めた丸めたパンも買ってきた。

 女が真っ先に、大口で丸い塊にかぶりつき、すぐに舌を出すと涙目でうめいている。

 火傷したらしい。

 それを見て俺と商人は、中は熱いんだなと、割って少しずつ口にした。




 腹が落ち着くと、商人が女を見る。

 女は頷く。

 また二人の謎言語での会話だ。


「今日行った工房で、免許も取得したばかりで、どこに構えるか決めてないと話したら、身軽な内に海向こうも見てみたらどうだと言われてな」


 おもむろに商人は切り出した。


「初めは国内の町だけを巡ってみる予定だった。定量供給は、こちらの方が優れているが、言われたとおり、技術的な面は海向こうの方が進んでいるだろう」


 技術的な面というのは、元老院のことを指してるんだろう。


 帝国領土は、弓なりの形をしているが、下膨れだ。ここから南方を周るなら、次はさらに国境沿いを西へ向けて進むはずだった。

 海向こうに渡るなら、東の港町へ向かうことになる。


「それも、異変で情報の行き来は半ば途絶えている。問題は、向こうの最大の港が封鎖されていることだ」


 そういや、鎖国してるところがあるって話だったな。


「魔術式推進動力技術を採用した船艇は、帝国も手にしてないと聞く。実際は知らないがね。それはともかく、その船のお陰で行き来が楽になっていたと聞くが、今は無いから渡るのに時間がかかるとのことだ」


 魔術式推進船。

 そんな名前だけは知っている。

 まるで未来から来たようだと、本気で聞いたことはなかった。

 実物を見たらがっかりするようなものだから、あまり世に出てないだけということもありうる。


 で、何を話してたっけ。

 そう、船だ。


「今はどうやって渡ってるんだ」

「昔ながらの帆船らしい」


 それはそれで興味がある。


「へえ」


 俺がこっちに渡ってきた時は、どんな船だったろうか。

 思い出そうとしてみるが、あまり興味がなかったのか記憶が薄い。

 そう距離も離れておらず、回廊もあったから、遊覧船といった趣の小型船がほとんどだったように思う。


 しかし、今度は海まで渡るのかよ。

 考えるべきではないが、いつになれば帰る目処が立つのかと、気落ちせずにいられなかった。


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