五十八話 土煙る町
「まずはこの町の工房を訪ねてみる」
早朝から、商人はそう言い残して出かけて行った。
残された俺と女は、宿屋の主人に場所を聞いて組合へと向かう。
組合はいつも、入口を全開にしてある。
この場所も例に漏れず、そうだった。
一つ違うことといえば、扉自体が無かった。
面倒になったのだろうか、ある意味潔い。
室内は、薄汚れたむき出しの板一色。
集まってる者は、格好も俺達以上に粗末だった。
それなりに人が集まり一見繁盛しているように見えたが、そう広くない場所に、幾つか人の輪が出来ているせいだった。
鉱山の仕事が主だからなのか、大柄で軽装の男達ばかりが目に付く。そいつらが、大声で仕事の相談だか雑談だかを交わしている。
その隙間も、大股で行き交う者がいる。
受付へ向かおうと、その狭間を進んだ。
「おう気ぃつけろ、ねーちゃん」
俺の後ろで、そんな怒声が聞こえる。
立ち話の男の一人が、態勢を変えようと後方に一歩下がり、女にぶつかったんだろうと思う。
女も背が低い方ではないのだが、大柄の男の陰では目に入らない。
とはいえ、難癖をつけたのは男の方だ。
「なんだその目付きはあ、気が強そうでイイねえ!」
溜息がで出そうになる。
振り返ると、話していた男達の輪が開き、女と絡む男を遠巻きに囲んだ。面白がって囃し立てる。
男の一人が、馴れ馴れしく肩に腕を回している。
こういうのはどこにでもいる。面倒くせえな。
「来たばかりか? 見たことないよなあ。飲みに行かねえか」
まあ対処くらい、あの女も慣れてるだろ。
どういなすのかと気になり、遠巻きの輪の側で眺める。
それまで無表情で突っ立っていた女だった。
無造作に肩に置かれた手に視線を落とすと、女の顔がみるみる歪み、牙を剥く。
女は、ふっと力を抜き腰を落とした。
腕から抜け出した女は、即座に飛び退り、反転。
男達へと向き合う。
「ふおっなんッ」
躊躇無く自慢の鉈を革製の鞘から引き抜き、驚愕に顔色を変えた男達が言い終わる前に、その腕を振り上げ――待ったあああ!
「ぎゅう」
「屋内で何考えてんだ!」
咄嗟に女の首根っこを掴んで抑えていた。
我ながらよく反応した。
「おいあれ見ろよ」
「うっわ、物騒な武器持ってやがんなー……」
ひそひそ声が聞こえてくる。
てめえらの行動は棚に上げて、絡もうとした男どもの方が思いっきり引いていた。
さらに遠巻きに見ていた、室内中の奴らまで集まりだす。
「出るぞ」
人垣を縫って、鉈をぶら下げたままの女を、引き摺るようにして外へ出た。
「くるしい」
組合を出て、建物の横まで引き摺ると手を離す。
「俺達の方が捕まるだろうが!」
抑えていた声がついでかくなる。
女の、無表情で両耳を押さえている姿が油を注ぐ。
俺達の方が、問題起こしてどうする!
「お前な、仕事出来なくなったらどうする気だ」
「あれくらいで、おおげさ」
あれくらい……この感覚は矯正する必要がある。
「お前一人出入り禁止になろうが知ったこっちゃないが、商人にだって迷惑かけるぞ」
そこでようやく女が眉間に皺を寄せ、口を曲げる。
「そんなの、あなたに言われる筋合いない」
口をひん曲げているあたり、少しは態度を省みてくれているといが。
「でもあの態度見たでしょ。初めが肝心だから」
確かに、思い切り引かれていた。
もうあんな絡まれ方はしないかもな。
「あの様子だと大丈夫だよ、多分。行こう」
そう言ってまた室内へと戻っていった。
今度があれば止めようと、密かに誓った。
さっきのは無し。何事もなかった。
そう言い聞かせると、改めて入口をくぐる。
すでに、元通りの空気が戻っていたが、時々ひそめた声が混じるのを聞き逃さなかった。
「登録したい」
気だるそうに、椅子の背にもたれていた受付嬢へと声をかけた。
すぐに、そのがっしりした体と鋭い目付きがこちらを向き、俺達を見比べつつ言った。
「またには面白いけど、もう止めてね」
ぐ、しっかり見られていたようだ。
これは警告だ。
二度目はないだろう。
なんでこうも毎度悪目立ちするんだ。
しかも俺は止めた側じゃないか。
つい隣の女を睨む。
まるで自分には関係ないかのような、すまし顔がそこにあった。
「登録お願い」
こいつ。
受付の言葉もそ知らぬふりだ。
無言で目の前に登録用紙が差し出された。
名前と所属拠点等の項目があるだけだ。
手早く埋めて、紙を差し戻す。
次が、問題だった。
「書き漏れは、ないようね。照会するから待ってて」
受付が裏へ引っ込むのを見届ける。
またコルディリーからの横槍があるだろうか。
帝都で照会したときの遣り取りのように、ここでも確認で面倒なことになるのかと、緊張しながら待つ。
「ふぅん、帝都から来たのね」
ほどなくして受付は戻ってきた。
「何も問題なかったから登録完了。後は精々働いてちょうだい」
会釈して、掲示板へ向かった。
すっかり問題起こしそうな奴らだと判断されてるようだ。
大人しくしてるさ。俺はな。
ここでは一人で依頼を受けていようと思っていた。
だが、この女を放置して問題を起こされたら、とばっちりを受けるよな。
依頼次第とはいえ、できるだけ同じ仕事を受けられるよう努力してみるべきか。
「面白いことなかったね」
俺は面白かない。
また呼び出しを喰らうかと思っていたんだろう。
俺も思っていたけどさ。
まあこれで、前回のオグゼルの行動が、本来の対応と違ったといえるんじゃないか?
伝言の件といい、無駄に考えを深めてみたが、何か意図があったのは確かだろう。
やはり、帝都から出ろと言いたかったのではないか。改めてそう思う。
肝心の「何故そんなことを伝えるのか」というのが分からないため、結局なんだったんだよで済ませている。
向こうからの接触がないのだ。気にしていてもしようがない。
今回、呼びかけはなかったが、居所については通達されていると思っている。
いっそ依頼を受けずにいようかとも考えた。
でもな、相手が本当に居場所を知りたいだけなら、行方をくらました方が余計な気を引くだろうし、それで行動を制限されることになれば逆効果だと考えた。
あの時、出来るだけ臨時依頼を受けると伝えた。
向こうにとっては、俺が何しようがどうでもいいだろう。
しかし俺は、手を貸したかった。今はこんなことしか出来ないからこそ。
「やめたほうがいいんじゃない?」
俺が依頼を流し見ている横で、女が呟いている。
「どかーんって、なったらどうするの」
何を言ってるのかと、俺の視線の先にあった依頼を見る。
通常依頼は、ほとんどが鉱山内部での運搬仕事だった。
ならねえよ。
なんで爆発するんだ。
ああ、俺の精霊力の話か。
幾ら通し易いといっても精製前だし、魔術式を仕込んでなければただの石だろ。
いや……この前試したのは、確かに爆発したように見えなくもない。
しかしあれは実際の符を用いたわけではないし、見た目だけのはずだ。
なにやら、不安になってきた。
恐らく、印を使わなければ問題ない。
そのはずだと、改めて掲示板に目を向けた。
女の言葉が気になったのもあるが、他に安全に受けられそうなものがあればそれでもいい。
自分の身体が信用ならないってのも、嫌なもんだな。
周りの様子を窺いつつも、掲示板に目を通した。
北へ向けた臨時依頼。
ここでは、物資面ではなく人材の募集が多かった。
職人などの募集ではない。
護衛・掃討依頼。
こんなところに募集をかけるまでに、北方への人員は足りないのか?
俺は、問題の場所から遠ざかっていっている。
歯痒くて仕方がなかった。
結局、俺は通常依頼を受けた。
今以上に、符は幾らでも必要だろう。
この仕事なら、手助けの内に入る。
そう心を宥めた。
「町、壊さないでね」
鉱山内部の依頼を受けたことに対して、女が不安そうに言う。
お前の方が不安だよと思ったが、野菜売りの店での雑用を受けていた。
客とのやりとりもないだろし、大丈夫であってくれ。
依頼は、明日の早朝からとなる。
今日の内に、町の事情を掴もうかと予定を立てていると、女が受付に何かを尋ねていた。
「鍛冶屋は」
「鉱山入口側の通り沿いにあるわ」
ついでに地図を貸してもらって、自前の紙に目印をつけた。
礼を言って組合を出る。
「また錆になるやつが増える前に、愛刀の手入れしないとね」
錆、愛刀。こいつ、基本的に考えが物騒だよな。
もう一々気にしないようにしよう。
「俺も見てもらうか」
女の、鼻を鳴らす音が聞こえた。
今度は何を言う気だ。
「あなたの短いやつなんて、自分で磨いてれば十分じゃない」
誰が短いだ。
確か前も言ってたな。
そんなもん張り合っても仕方がないことだとは思う。
だがあえて言わせて貰えば、そもそも俺のはお前が言うほど短くない。
短剣と呼んではいるが、刃渡りは伸ばした腕の半分くらいはある。普通は武器なんぞただの護身用で滅多に使うものでもないし、他の仕事をするときに邪魔になる。旅人の俺には向いた取り回しのいい理に叶っている武器だ。勢いで振り回すでかいだけの武器は、必殺と成り得るが精度が落ちる。当ればいいがな、当れば。だいたいな、普段からなんでそんな武器が必要なのかと聞きたい。
力押しのお前の大鉈と一緒にするな。
ひとしきり胸中で文句を垂れ、頭を冷やした。
「それで、今から出向くのか」
そう言いつつも、足は既に鉱山入口へと向けていた。
煙ったような家々を眺めながら歩く。
風に砂が乗ってくるようにも感じないが、年月のせいだろう。
建物の合間、込み入った路地が目に入る。
よく考えたら、いくら警備の手が増えたとはいえ、町の隅々まで目が行き届くはずもない。
「護衛してなくて良かったのか」
女は、はっとしたように顔を上げた。
「見つけてく、るしい」
反射的に駆け出そうとする女の外套、その襟元を掴んだ。
「どこ行くか分かってないだろ」
それに、今さらだ。
「首が伸びたらどうするの」
化け物かよ。
それを言うなら襟じゃないか。
またしても女を引き摺るように、鍛冶屋へと向かった。




