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四話 旅人組合の憂鬱

「旅人組合のもんだ。ユテンシル店主はいるか」


 店の奥の薄暗い角。カウンター端の定位置でパンを噛み下す口を止めず、その男を胡散臭げに見やる。訪れたのは御用聞きの男だ。


 御用聞きは街の区画毎に出向いて、住民から依頼を受け付けている組合職員だ。

 大抵は午後決まった場所にいて、一々個人宅を回ったりなどしない。

 それが朝一で現れた。日常から外れた出来事に、良いことはないと相場は決まっている。


「お、イフレニィいたか。用件はお前宛てだ」


 おっさんが声を聞きつけてやってくるより早く、男は目聡く俺を見つけて声をかけてきた。

 あからさまに溜息が口をついて出るが、そのまま用件とやらを待つ。


「オグゼルが、仕事前に顔を出してくれとのことだ」

「……オグゼル。オグゼルね」

「ほんと、お前は名前を覚えねぇな。副支部長だ」


 そこそこ偉そうなやつか。

 よく現場指揮をしている、職員の顔が浮かんだ。

 一昨日の精霊溜り掃討の場でも仕切っていた、家名を呼ぶ面倒な男だろう。


「分かった」


 余計なことを言わず了承する。

 短期依頼として受けていた橋作りが終わるまでは、北の村に直行の予定だったのに。面倒だがしかたがない。



 組合に出向くと早速受付に向かう。

 が、顔を合わせると、受付職員はにこりとしたが何も言わなかった。

 代わりに、その後ろから丁度こちらへ向かってきた男が、声を張り上げる。


「アンパルシア、早速だが、いいか」


 俺を家名で呼ぶ職員。予想は当っていた。

 恐らく俺が来たら知らせるよう、受付に指示が出されていたのだろう。

 やはり、受付嬢の行動を先んじることは叶わないようだ。

 口の端だけで笑い、応じる。

 予定を誰かに変更されて、足を止めるのは苦手だ。



 会議室へ案内された。たまに組合の直接依頼を受けると利用する部屋だ。

 席に着くなり、職員は話し始める。


「近々、帝国軍の巡回がある」


 思わぬ内容で、怪訝に思いながら続きを待つ。

 正規軍は精霊溜り掃討を主目的として、各地を回っている。帝国下の自治領を含めた全ての領内だから、それにかこつけた査察が目的だろう、などと俺は穿った見方をしている。

 国のやることなどに関心はないが、年に一度程の周期で訪れていたものだ。しかし前回は半年前に来たばかりではなかったか。それに街の警備兵も毎月のように巡回しているため、小さな精霊溜りはそれで片付いている。折り合いの悪い相手との国境沿いではないため、演習に利用される立地でもない。


 もちろん、正規軍なら大量の符を持ち魔術式使いもいるのだから、彼らが訪問中に精霊溜りが片付くならありがたいことではある。但し、そう上手いこと鉢合わせるわけもない。

 一昨日の人ほどもあった光の柱は大きな方で、ああも育つのは見回り頻度の落ちる、領内でも町からかなり離れた場所になる。しかも何かしらの自然の均衡が崩れての現象であるから、頻繁に現れるものでもないのだ。

 だからこそ人の生活圏に現れ、あれだけ育つなど異常ではある。村人が故意に隠す理由はないし、誰かが悪い冗談でやったにしろ、あんな場所では隠し通せない。

 男は苦いものでも齧るような顔つきで言った。


「正直なところ、符を補充したてでなければまずかった」


 なるほど、軍の巡回と精霊溜りの件は関係あるんだろう。

 わざわざ一介の旅人に過ぎない俺を呼び出してまで話す理由ではないな。

 不機嫌さを隠すことなく職員に目を向ける。

 続いた詳細によれば、組合もあれを確認した時点で、符の増産許可を得ると共に国に報告したらしい。


 領主や組合などの大きな組織には、転話魔術式具なるものが支給されている。持っている者同士であれば遠方でも会話が出来る、声を送る道具だ。

 外見は魔術式を刻んだ石版を、水晶で覆ったような代物だ。単純に被せてあるだけなのかもしれないが、ともかく、符と違い何度も使用できる便利なものである。

 転話相手を特定した魔術式石版を同時に使うと、接続が固定しやすいらしい。理屈は分からん。高価なものだ。貧民の自覚がある人間が知るのはそんなところだ。


 金の話だけでなく、便利ながら戦を変えかねない魔術式具は、一般の住民がおいそれと手にできるものではない。

 実際、異変直後に起きた争いがそれだ。危機を知らせたことが仇となった例だ。


 組合が国に報告。その意味を考える。

 国の管理下にあるとはいえ一応は自立した組織であるし、気安く手を借りるような真似は行えることではない。

 毎月の警備軍巡回の目をかいくぐって、精霊溜りが確認された。しかも大きなものが突然に村の目と鼻の先で見つかった。ちょっとした事件ではあるが、だからといって領主の頭越しに正規軍を寄越せなどと国に言えるはずはない。

 なら、向こうから言いだしたと考える方が自然だ。


「因みに、現場責任者で副支部長のオグゼル・アリーだ」


 思わず、目の前の男は何を言っているのかと、目を向ける。


「お前、俺の名前覚えてないだろう」

「なんの関係が……」

「現場責任者になってからさえ四年は経つぞ」


 接点が少ないとは言えないな。面倒くせえなと思いつつも、やや気まずい。


「それで、依頼は」


 無駄話をしに呼び出したわけではないだろう。意図がある、はずだ。


「巡回に、組合から案内の随行員をつけているのは知っているな。その依頼だ」


 帝国軍は、この町を拠点に、班分けして領内を手早く回る。

 その都度、旅人へ案内役の依頼がある。

 職員で足りない人手は、長い付き合いの旅人に指定依頼していた。

 大抵は長く属している信用度の高い年長者が対象のはずだが、とうとう俺にも回ってくるようになったのか?

 溜息をつきそうになるのを堪えた。

 案内役などは人との交流も含まれる。話し下手の俺には向いてない。


 ただ、旅人として生きていくと決めてから、よほどのことでもなければ仕事の選り好みはしないと決めている。


「その間、俺の指揮下に入ることになる。名前くらい覚えておいてくれ」

「了解」


 努力する。


「それと実は、ちょっとばかり、不穏な話があってな」


 続いた、やたら歯切れが悪い言葉。頬をかきながら言葉を吟味している。

 帝国のお膝元から寄越される正規軍が、定期巡回などといって半年も経たずに来るのだから、誰だって不穏に思うだろう。こっちが本題か?


「精霊溜りの発生頻度が高まっている上に、変換速度も早まっているらしいと、国から報せがあってな。それが裏付けられたのではないか、とのことだ」


 今度は、俺も厳しい顔をせざるを得なかった。

 変換速度が緩やかだからこそ、どうにか対処できているのだ。


「こちらも、精霊力の強い者を揃えたいんだ。頼まれてくれ」


 至極真剣な副支部長の顔を見る。

 事情は分かった。断れるはずもない。

 俺は頷いて、他の参加者との打ち合わせ日時を確認し、組合を出た。

 今日のところは、また北の村で仕事をするために。




 戻りが遅くなり、日が沈みかけて町に辿りついた。

 数日前から始まった印の痛みは、日暮れに引き摺られるようにして呼び起こされ、増していく。ついつい俯き気味になるも、急いで家に戻らねばと鈍る足に力を込める。そして顔を上げて見えた光景に、息を止めた。


 突然、空の帯から星の粉が舞った。

 それは見る間に量を増し、溢れ、地に降り注ぐ。

 これが滝ならば、滝壺を叩く轟音が響き渡っていても不思議ではないほどに。

 代わりに、地響きにも似た、地を這う獣の咆哮。

 そして、星の瞬きを音にすればこうではないかと思えるような、煌く高音。


 実際に大地や空気が振動しているわけではない。

 突然のように思えたが、目に映る光が年々強くなっているのには気付いていた。

 降り注ぐ量が増えたのではない。閾値を超えて視覚化され、眼前に掲げられたに過ぎない。微かに見えていたものが、これほどのものだったとは。


「今日は星明かりが強いわね」

「星? 本当だ。綺麗なもんだな」


 通りすがった人々からも、こぼれ聞こえてきたことで、俺だけに起きたことではないと分かった。

 ここまで強まると、それほど精霊力のない者にも光の粒子がはっきりと見えるらしい。しかし、そういった者達には、以前の俺のように淡い光が見えているだけのようだ。

 だが、精霊力の強い者にほど、不気味に映るだろう。


 これは、あの夜の光景なんだ。空が割れ、世界が軋む音が鳴る……あの時の。


 幸いにも、あれほどの規模ではないのか、瞬く間に音は風に流れて消えた。光も散り切ってはいないが、濁流に見えたのはわずかな時間だ。

 知らず噴き出していた冷たい汗を手で拭い、道を急いだ。


 何かが起こる予感がする。いや既に起こっているのか。印が痛みを発し始めたのも、このせいなのか? 国が軍を派遣すると決めた背景に、これが含まれるのだろうか――多くの疑問が脳内を錯綜する。

 とても精霊溜りが増える理由やらと、体の痛みが関係するとは思えない。印は人の手によるものだ。


 人の手によるもの――印が、魔術式だとするなら。

 王族に関することで印が何かの効果を選ぶとするなら、危機に対してだろうか。

 だが、特定の危機に反応はなかった。たとえば盗賊に襲われるなどでは、何も起こらなかった。ならば、攻撃用の魔術式に対してなどの限られたものなのか。


 しかし父の印に影響したのは、状況的には空の異変としか考えようがない。

 ならば精霊力そのものの影響である可能性を考えるが、それこそおかしな話だ。

 何かの効果を及ぼすのは、魔術式あってのものだ。

 たとえて言うならば魔術式は火打石の役割で、精霊力は火を灯し続けるための油のようなもののはずだ。


 無駄な考えだ。自分の体のことは一旦忘れよう。

 実際に起きた問題、精霊溜りの変化に頭を切り替える。

 世に満ちる精霊力が急激に膨れ上がったとするならば。そのせいで精霊溜りの生まれる頻度が上がったと考えられないだろうか。


 ふと、目を眇めた。

 見上げてもいないのに、視界を掠める幅の増えた忌々しい帯が気に障った。

 一つ大きく息を吐き、全ての考えを払うために頭を振った。

 分かりはしない。

 目に見えないもののことなど。いや、見えなかったものが、どれだけの影響を及ぼしてきたか、それが今後にどんな影響をもたらすのか――俺のような立場の者には知りようもない。


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