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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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五十六話 乾いた地の境目

 俺の精霊力は、勝手に魔術式を紡いだ。


 記憶したものを自動的に反映するのだろうか。

 だが初めは時間をかけて書いたんだ。

 では、書いたものを写し取った?


 一度書けば記録されるっていうなら便利なもんだが、どうだろうな。

 何かが、引っ掛かる。


 今までの行動から、既に答えは出ているはずという気はした。



 もう一度、魔術式が発動するまでの行動。印に精霊力を通したところまで、行動を逆戻りに思い返す。


 手から伸ばした光。

 意識を向けずとも、糸状に変化していた。


 ここだ。

 そう直感した。

 俺が、「こうしよう」と思い、それを既に心に決めていた場合だ。

 行動へ移そうと意識を向ける前、心に決めた時点で即座に形となって表れている。


 その場合、俺の中に答えが存在する必要がある。

 光の魔術式、その構成要素。今のところは、まだ記憶している。


 もしそうならば、例えば他の式を覚えさせようと、本を片手に綴ったところで、記録はされないだろう。

 それどころか、どうにか覚えた光の式だって、俺が忘れてしまえば使えなくなる可能性もある。


 俺がきちんと記憶し、見本を一度提示すれば省略できる。

 それだけと思っておいた方がいい。




 体の変化について、考えは及んでいた。


 それにしても、いつの間にまた、あんなに精霊力を持続して使えるようにまでなっていたんだろうか。

 こうやって、何もせず普段通りにしている分には、何も感じ取れないというのに。

 もうこれ以上変わることはないだろう、そう思いながら印を作動すると、前以上の増幅がある。


 訓練だなんていって使うことで余計に強まるなら、使わなければ変化しないと思っていた。


 まだ、続いているのだろうか。

 これ以上、どう変化できるのか。

 俺の知らないところで、身体が変化し続けている。

 それを考えると、恐怖でしかない。


 幸いなのは、自らの意思で印を起動しない限りは、静かでいてくれることだ。

 それも、今のところだろうか。


 なるべく頭の隅に追いやっていたいが、気楽に確認も出来ないということが、逆に精神的な負担となっていた。




「目むいたまま寝てると危ないよ」


 つまらなそうな女の声。

 隣を歩く女を見下ろす。


「歩きながら、そんな器用な真似できるなら金取れるんじゃないか」


 女が一瞬考え込み、次に眉を顰めた。


「気味悪いだけで、面白くないと思うけど」


 真面目に答えるな。


「戻れ」


 なんで、隣にいるんだよ。


「眠い」


 眠気が飛ぶ話でもしろってか。

 聞きたいことはあるが、すぐヘソ曲げるからな。


「お前も符使いなら、魔術式の知識、あるのか」


 確か、俺のこと笑ってたよな。


「ううん、ないよ」


 ないのかよ。


「お前も、商……習ったらどうだ」


 危ない。商人に、と言いかけて省略した。

 この女が聞き逃すはずもなく、冷たい視線を向けられる。


「私は、覚えたってしょうがないでしょ」


 女は『私は』と強調した。


 精霊力で魔術式を描いたところで、感知されているだろうとは思っていた。

 それに加えて、俺の精霊力の質の違いもこの女は知っている。

 俺が印の精霊力で以って、光の魔術式を発動させたことまで理解したらしいな。

 やっぱ気になってたのか。


「自力で一つくらい符を作れたら、困った時に便利だろ」


 女は脱力したように溜息をつく。


「式一つ覚えたくらいで、簡単に作れるわけないでしょ」


 話を逸らすつもりはなかった。

 ただ、気が重くなることばかり、続けざまに考えたくない気持ちが勝った。


「だったら貧乏旅女なんかやめて転職したらどうだ。ちょうど弟子が欲しそうなやつがそこにいるし、蓑虫生活せずに済むぞ」


 女の冷たい視線が、ますます冷える。


「あーなんかここの所、腕が鈍ってしょうがないなー鉈が振るえと私に囁きかけてる気がするなー」 


 風を切る音。


「なっ、危ねえ! お前の場合、趣味と実益を兼ねてるだろうが!」

「あなたの、偏執的な趣味と一緒にしないで!」


 怪奇鉈振り女に追われて、荷車の周りを何週もするはめになった。


「暇だからって、走り回ってたら夜まで持たんぞ」


 商人が俺を見て言った。

 女に言ってくれ!


 結局、早めに昼休憩を取ることになった。





 午後の旅は、無気力に再開した。


「鉱山はどんなところだ」


 女と話すと、禄でもないことになる。

 仕方なく、話がくどいのは難点だが、武器の飛んでこない商人に話しかけていた。

 なんとか魔術式の世界に引きずり込まれないよう、無難なところでと、行き先についてを話題にする。


「ん、鉱山か。鉱山街と呼ばれる町がある」


 何か考えに浸っていたようで、反応が遅かったが、こちらの世界に戻ってきてくれたようだ。


 町があるのか。

 当たり前なのかもしれないが、なんとなく山肌に小屋でも建てて、人夫が山に篭っているのを想像していた。


「俺も、属していた工房の用事に付き添って一度訪れただけだ。よくは知らん」


 普段は行商人から仕入れるだろうし、そんなもんか。


「今はどうかしらんが、活気がよすぎるというのかな。力の有り余ってる連中が多い。気を付けてくれ」


 その辺は、印象通りな気がしないでもない。


「任せて。不埒な輩はみんなぶった切ってやるから」


 お前は少し大人しくしてろ。


「町の外でな」


 あんたも唆すな。


 続く商人の言葉に固まった。


「明日には着くぞ」


 慌てて地図を取り出す。

 信じられん、すっかり確認するのを忘れていた。

 いつの間にやら、二人の調子にすっかり呑まれていたようだ。


 何のために帝都で地図を買ったのか。

 地形を眺める。

 明日に着く辺り。確かに連なる山の図がある。

 山の図は、岩のように角ばっている。


 よく見ると、山の図を中心に周りから森の図が消えている。

 改めて景色を見る。

 この辺も、既に木々が疎らになっていた。

 地面も、赤みは差したままだが、乾いたような黄色味も帯びてきている。

 この辺は、この山付近を境に、急激に環境が変わるようだ。



 遠いような、意外と近いような。

 ああ、俺達は徒歩の旅だった。


 馬で移動するなら、帝都とはそう離れていない。

 そもそも主要な産業は、帝都南側に集約している。

 砂漠側の国境だから、鉱山が安定したのが最近なのは、情勢の問題もあったのかもしれんな。


「変なところで細かいよね」


 地図を覗き込みながら女が言った。

 邪魔だ。

 俺はそんな風に、無頓着にはなりたくない。




 女の頭を押しのけ、商人に尋ねる。


「どれくらい滞在する」


 商人は、眉根を寄せて考え込んだ。

 そこまで、考え込むようなことか。


「すぐ手に入ればいいが、状況が分からんからな」


 それもそうか。


「帝都の工房連中は、鉱山なら手に入ると言ったんだろ。なら、制限はあったとしても、手には入るんじゃないか」


 どれだけ分量が必要なのかは知らないが、少しでも手に入れば、とりあえずの生活にはなんとかなるだろう。そう思いたい。


 商人も頷いた。


「そうだな。少しでも符を作れればいい。それで、滞在予定だったな」


 商人は口の中で何かを呟いてから、言葉を発した。 


「符の製作に数日は留まりたいと考えている。原料がすぐに手に入れば困らないんだが、その入手までの時間次第だな」


 そうか。なら俺も、依頼を受ける時間がありそうだ。


「組合はあるよな」


 商人は頷きながら答える。


「あるよ。雰囲気は違うかもしれないが」


 さっき言っていた、柄が悪いってことかね。

 人間のやることに関しては、どこもそう違うとは思えないが。

 少ないながら、今まで見た各組合の様子を思い比べる。


 いる奴らのことはともかく、支部の建物や、町での在り方。帝都は別格としても、他の小さな町同士の支部ですら雰囲気は変わる。

 思いがけず、新たな町への楽しみとなっていた。


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