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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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五十二話 無警戒

 帝都を囲む山並みも今は遠く。

 なだらかな起伏の大地が続く。


 西側へ目を向けると、地面に近い辺りの空が黄色く霞むことがある。

 商人の話では、砂漠の嵐による影響とのことだ。


 砂漠の国々との国境沿いといっても、すぐそばに砂だらけの地があるわけではない。

 暫くは、潅木や、枯れたような特徴を持つ植物などに覆われた荒野が続く。

 土は、赤みを増しているように見える。


 ふと、月の砂漠亭の主人を思い出す。砂漠の国のどこかから、この場所を横断し、移ってきたのかもしれないな。


 遠くへと目を凝らす。

 北の寒々とした景色とは、また違った殺風景さだと思った。




「ぶふへえぇ……」



 なんなんだお前は。


 女の醜い声が感傷を遮り、俺の意識を引き摺り戻した。


「そうだな、休憩するか」


 商人は何事もないように受け答え、街道の外へと荷車の軌道を変えた。


 あんたはこれで分かるのか。




 街道から離れ、そばに見えていた木々の下へと向かう。

 日陰で涼める。


 二人は、硬そうな草に覆われた地面に座りこんだ。

 俺は、商人に断りをいれると、彼らに背を向けて荷車に腰掛ける。二人の視界とは逆の方向へと、目を向けておくためだ。

 背後の二人から、会話が聞こえる。


「ごめんなさい、休憩には早いのに。乾燥してるのかな、喉がひりついて」


 そう言って、水をがぶがぶ飲んでいる。

 配分を考えろよ。


「もうすぐ昼だ。ついでに飯にしよう」


 商人は食事の準備をしだした。

 とはいえ、夜とは違って調理はしない。

 二人が黄色っぽい塊を取り出すのを見て、俺も携行食を取り出した。

 硬く粉っぽい固まりを齧る。齧ると、水でふやかしながら流し込む。

 また、しばらくはこいつだけの生活か。




 眼前に広がる光景に意識は戻った。

 ずっと北に居たからだろうか、これこそが、アィビッドの色という印象だった。

 単に、旗が赤いから、赤みの差す大地を見てそう思うのかもしれない。


 アィビッド帝国領は、中央大陸の東側四分の一を占める。南北を軸とするなら西側に出っ張り、東側は大海に削られたように弧を描いている形だ。帝都は、西側の出っ張りの頂点に位置している。

 俺達は、その帝都から、西の国境沿いを南下し始めたところだ。



 西との国境沿いには、過去の紛争の影響で荒れたままの場所も多く、町は少ない。

 北方にしろ、この国境沿いにしろ、住む者も無く荒れた町は、妙な者が出入りしないよう破壊撤去済みだった。

 暫く長い距離を、何もない景色を見ながら進むことになりそうだ。


 基本的に、町のような拠点は街道沿いがほとんどだ。町だった跡地も通過するだろう。そして跡地は、平坦な場所が多いため、野営に利用する隊商も多いとのことだ。


 時折、その際に商談を持ちかけることがあるらしい。情報交換のようなものだろう。それらは商人同士で行われることであって、旅人に声がかかることはない。

 特に商人組合に属している者達の間での慣習というから、何かしらの合言葉でもあるんだろう。


 そんな野営場所の話は、歩きながら商人から聞いたものだ。



 ふと、背後の二人に意識を向ける。

 そういや商人なんて名乗ってるが、許可とってんだろうな。

 いやそういうところは律儀そうだよな。


 その話は、以前、襲ってきた盗賊達が使ってきた手というので、話してくれたようだ。

 見るからに胡散臭いから、近付く前に逃げたそうだが、まあ、荷車ではね。




 俺が知る限り、アィビッドや東の大陸の国々では、外見で大まかな職業を判断できる。

 悪さをしなければ真偽はどうでもいいが、身分を偽るのは理由があるということだ。そして、大抵は碌なことではない。


 旅人は、丈が腰から膝までの外套を着る。

 生地は厚手で硬めだ。裏地はやや柔軟性が増すが、やはり通常のシャツなどよりは硬めである。硬さを利用して、小さな道具袋などを内側に縫い付ける者もいるようだ。生地の作り方のせいもあるらしいが、汚れの目立たなさを考慮して、色はほぼ灰色系統になる。機能性と機動性を半々取ったというところか。

 俺や女はこれだ。

 俺は羽織るだけ、女は前を閉じている。そんな風に着方は個々人の自由なので、街中で見かける限り、意外と統一感はない。

 また、運動を伴う仕事が多いため、そこらに脱いで仕事してようが、問題とはならない。その時は、依頼で既に身柄を確認済みだからな。


 商人は、行商か店持ちかで変わるが、ここでは行商人について。

 丈は膝下から足元までなのだが。

 現在では、名ばかりの旅人よりもずっと旅人らしく、ほとんどを外回りで過ごすため、陽射しから身を守るように頭から足元まで覆うようなものを多く見かける。

 生地は重量を軽くするために、薄手で柔らかい。ただの布を巻いているだけのように見える。

 こっちの職人上がりの商人は、動き易いのが好みのようで、ほとんど膝丈だ。布で頭を覆い隠すこともない。生地も軽いだろうし、多少羨ましくさえある。


 後は軍関係、各国の規定に準拠した兵装である。


 先程省いた店持ちの商人など、明確な町の住人は、各々着易い服装である。

 要は、各町や各国間を行き来して仕事をする可能性のある職業者が、外見で判断つきやすいよう服装の規定が設けられている。

 俺のように町から出なかったような者でも、その資格は有しているから遵守する必要があるわけだ。


 俺にも、語れる薀蓄があったな。

 いやただの習慣だし、薀蓄というほどはないか。




 何故こんなことを思い出したか。


 南側は、物流も盛んで人目も多い。

 以前出会った盗賊どもの様に、隊商を隠れ蓑に悪さをしようものなら、即座に商人組合の知るところとなり、販路を閉じられるという。なにやら独自の伝達網が存在しそうである。


 見るからに柄の悪い奴らはともかくとして。

 ここでの問題は、その隊商に扮した盗賊の存在だった。

 だが普通の隊商ならば、護衛を何人か雇っているし、相手も無傷で済みはしない。

 もし隊商以上の戦力を持ち、定期的に被害を出すなら、早い内に知られて国から潰されるだろう。


 商人同士なら避けることもできるだろうが、他の者達にとっては判断が難しい、やっかいな連中だってことだ。



 幸いにも、最も多発したのは異変後数年らしく、現在ではほぼ聞かないらしい。

 まあ運悪く出くわす者達もいる。背後の二人だ。

 そんな珍しいもんに、こいつらは当たったのか。


 といっても、意外とこういう殺風景で危険そうな場所の方が、国も手配してるようで、警備は行き届いている。人の流れも多いなら、なおさらだ。

 以前のは、急造の町だってのもあるだろうが、国も流通の少ない北方へは、人手を割けなかったんだろう。




 ほぼ聞かないのは、ばれやすくなったとか割に合わないなど、何か理由はあるんだと思う。

 それでも、姑息な盗賊集団がいなくなるわけではない。

 小規模の隊商、例えば俺達なんかは、いい獲物……いやさすがに、金無さそうだってのは、見て分かるよな。

 逆に、せびられそうだと避けられたとしても納得する。



 背後に視線を向ける。

 女は大口を開けて、欠伸をしている。

 商人はすでに俯き加減で、ただでさえ閉じかけの目をさらに細くしていた。



 この光景を見ろ。

 商人の話を聞いて、せめて俺くらいは警戒していようと思ったんだ。


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