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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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五十話 対価

 戻りの道すがら、女はよく喋った。


 あんな印があれば、誰だって隠そうとするに決まってる。

 その気持ちは、理解してもらえたようだった。 

 なんせこの女も、隠したいことがあるんだ。

 何か企んでいると思っていたことが、女同様の理由だと知って、ある意味安心したのかもしれない。


 だからと言ってだな……。


 喋り倒している内容というのが、商人に雇われた際の経緯だとか、すぐ打ち解けたとか、どう苦労したかとか、どれだけ感謝しているか云々。

 誰も、お前と商人の馴れ初め話なんか聞いてないんだが。


「うんざり顔」

「日が沈みかけてるからそう見えるんだろ」


 女が口を曲げて呆れている。


「大切なこと話してるのに」


 お前にとってだろ。俺には関係ない。勝手にやってくれ。


「あのね、あなたに関係あると思うんだけど」


 思わん。


「私たち、もうすぐ旅に出るんだよ。また付きまとうんでしょ、違うの?」


 妙なところで鋭い。

 そんなことはないか。

 俺の行動と理由の意味を知った今なら、そう考えるよな。

 こっちから話そうと考えていたが、持ちかけられるなら話は早い。


 いや、だからな。その話と、お前らの話と何の関係があるんだよ。


「あ、ちゃんと聞いてなかったね」


 女は、わざとらしく盛大な溜息をついた。こちらに向けて。

 こいつは一々癇に障ることをせねば気が済まんのか。


「私、ユリッツさんに南へ行きたいって話してるんだってば」


 ん? 

 俺は訝しげに、視線を向ける。


「ユリッツさんの希望は町を周ること。私は南へ。だから町を転々としながら、南へ移動する予定。そういうの知りたいと思ったんだけど」


 そうだった。どうやって聞き出そうか苦心していた、旅程を知れたわけだ。


「ユリッツさん、人が好すぎてね、旅程を合わせてくれたの」


 その情報はいらないな。


「人柄を知るって、付け入るのにすごく重要だと思うけど? せっかく話してやってるのに」


 女は膨れっ面になり、暫く文句を聞くことになった。

 しかしね、恩人と言い張る男に対してその物言いはどうなんだ。

 とんでもない女だ。

 今さらだが、怒らせたらまずい気がしてきた。


「お互い秘密をばらした。それで等価だろ。だが、感謝はする」


 ふんと鼻をならすその癖、やめた方がいいぞ。



「結局、あの魔術式はなに」


 前方を見たまま、女は尋ねた。

 本当に聞きたいことには、真面目な顔をする。


「これは、生まれ持ったものだ」


 嘘、とはいえない。資質がなければ現れないのだから。


 女の微妙な面持ちを見て、事実を付け加える。

 ただの模様だったが、空の異変によって精霊力が流せるようになったことを。


 どの時点の空の異変かについて言う気はない。

 なんだろうな、どの時点とも、関係あるといえるからだ。

 俺自身が、あやふやに思ってることばかりだった。


「ともかくだ。思うに、目的地だかなんだか知らないが、向かう先は同じなんじゃないか」

「かもね」




 組合へ戻り、精算する。

 特に感慨に浸る気力も無く、分け前を受け取り、宿へと重い足を引き摺る。


「ユリッツさんに、同行してもらえるか話してみる」


 突然そう言い出す女を慌てて引き止める。

 既に、同行するつもりになってたのかよ。


「俺から話させてくれ」


 何を言うつもりか分からないが、込み入った話は二人でやって欲しいな。

 とりあえず、まずは俺自身で交渉するのが筋ってもんだろう。


 旅人が旅に同行したいなんて、雇って欲しいと思われる。

 話を聞かずとも、この女一人雇うのだって精一杯のはずだ。危険な目に遭ったからといってもう一人なんて、無理なもんは無理だ。

 渋るだろうから、誤解されないよう説得できるだけは、やってみるしかない。




 そうして、やや気を張り部屋を訪れる。


「お帰り。あんたを待ってた」


 数日ぶりに、商人の意識は机から離れていた。

 そして、掛けられた言葉と視線は、しっかりと俺に向けられていた。

 普段の覇気のなさからは考えられないほど、明確な意思が垣間見える。


「え、俺?」


 何事だろうか。

 腰が引けてくる。

 女が何か吹き込んでいたことに対する策が、固まったとか。

 いや何も対策することは……俺が付きまとってるとかそういうあれのことか。


 それも仕方ないかと、身構えていると、椅子を勧められた。

 いつも、椅子代わりは木箱なのに、よほど重要な話でもあるのだろう。

 座面を見ても、釘だとか針などの罠は見受けられない。


 咳払いをしつつ、着席する。


 代わりに商人が、木箱へ腰掛ける。

 心なしか、晴れやかな表情だ。

 疑問が深まった。


「無事、全ての申請が通った。これは礼だ」


 机に置かれたのは、真新しい符。

 氷属性の符だった。


 礼?

 余計に混乱する。


「礼なんてされる覚えはない。どっちかというと礼をするほうだと思っていたが」


 言い辛そうに続いた言葉に、驚いた。


「遅くなったが、命を助けてもらった礼だよ」


 そして、商人の口角が僅かに上がった。

 もしかして、笑顔?


「まあ同行はしたが、信用していたわけではなかった。帝都まで無事着いたし、ここでも世話になった。旅立つ前に、礼をしておきたかった」


 商人の説明に、気付いたことがある。

 ああ、これが、旅にはいつ出るかと聞いたことへの返事なのか。


「信用なんかしてないのはお互い様だった」

「それはそうだが、助かったのは事実だ」


 確かに、人が好すぎるかもな。


「そこまで言うならありがたく」


 押し出された符。

 それを手に取り、今日の報酬を全て置いた。

 商人は、不思議な顔で見ている。


「随分と、安い命の対価だと思わないか」


 にやりと口元をゆがめた。

 だが目には鋭さを込めたつもりだ。


 商人の目が見開いて、朽ち葉色の虹彩がのぞく。

 目が開いてるの、初めて見た気がするな。


 女が、何を企んでるのかと呆れた目で見ている。

 今までなら、既に口を挟んでるだろう。

 黙って見ていてくれるならありがたい。



「魔術式の理を教えて欲しい」


 商人は、一瞬固まった後、息を吐き出した。

 もっととんでもない要求がくると思ったようだ。

 こんな場所で強請ったって、俺が捕まるだけだと思うが。


「うーむ、知識か。高くついたな」


 商人は、頭をぽりぽり掻く。その表情に困った様子はなく、また覇気のない顔に戻った。


「顔料の調合具合とか、他にも企業秘密はあるだろ。単に図案を教えて欲しいだけなんだ。頼むよ」


「図案……ただの柄じゃないんだぞ。簡単に覚えられるものでもないと思うが」

「一つでいいんだ」


 商人は、いきなり解説をはじめた。


「きちんと手順を踏んで、式を書いている」

「待った、今日はいい」


 女が、俺が話すべきだったことを口にした。


「じゃあ、覚える間、付いて回るわけね」


 商人が驚いた顔をする。

 俺も水を向けるか。


「ちょうどいいな。俺も、旅に出たくてな。一人は心許ないし便乗させてくれないか」


 当然、困ったような難しい顔をする商人。


「悪いが、もう一人雇う程の余裕はない」

「分かってるさ。一人だと、見張りの交代も出来ないだろ。それで困っていたんだよ」


 うーんと腕を組んで考えだした商人に後押しする。


「心配せずとも、俺も旅人だ。行く先々で仕事するから、金は気にしないでくれ。ここでもそこそこ稼いだし」




「ふむ。なら構わない」


 二人きりの旅を邪魔しないでくれなどと言われたら、諦めて後を付ける不審者になるしかない。そんな心配をしていたら、比較的あっさり折れた。


「だが物資は増やさんとな」

「自分の分は確保する。旅の道連れがあるだけで助かる。本当に気にしないでくれ」


 そうして、話がまとまりかけたと思ったら。


「ああっ、だめだよユリッツさん!」


 大きな声が遮った。なんなんだお前は。


「命の恩人かもしれないけど、魔術式だって重要な知識なんだから、対価は要るよね」


 こいつ。


「そうは言うが……」


 女が不適に嗤う。

 商人は、女の企みを理解したのか、手を打っている。

 くそっ、今度は一体なんだ。


 女は、両手を腰に当て、踏ん反り返って言った。


「いい加減、名前覚えなさい」


 商人も、女の隣に並んだ。


「ほら、バルジー・ピログラメッジ」

「セラ・ユリッツ」


 こいつら意味が分からない。


「なげえよ」

「え、私のはともかく、そこまで頭が……」


 残念そうな顔を向けられる。


「分かった! ばるじー、せら、な」


 また女は仏頂面で睨んでいる。

 しつこいな。勘弁しろ。


「交渉は済んだな。明日からも頼む」


 俺は、符を手に部屋から逃げ出した。

 命の恩の礼に知識を要求して、なんでさらに対価を払わねばならないんだ。

 ああ、これは助け舟を出したつもりの、あの女へ対してか。くそが。


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