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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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四十八話 心の準備

 幾ら人の多い本部とはいえ、昼も過ぎると、組合の中も比較的のんびりした空気が漂っていた。

 さすがに、今から入れる依頼があるとも思えない。


「通常依頼で、明日一日入れるのはないか」


 掲示板を見るのも億劫で、つい気軽に担当受付嬢へと直接確認していた。

 以前の例を思えば、人気の無い仕事でも押し付けてくるだろうが、それも驚きがあって面白い。

 それに、何でもいいから、考えごとから離れて仕事に打ち込みたかった。


「短期依頼だと、もう少し割がいいですよ」


 周りに人がいないせいか、なんとなく受付譲も口数が多い。


「一時滞在中なんだ。いつまで居るか分からないから、下手に受けられない」

「あら残念ですね。では単発依頼ですが、この報酬と仕事内容で問題ありませんか?」


 提示された依頼書を見た。

 相変わらず、誰でも出来る単調な力仕事である。

 だが臨時市場開催の為の搬入要員とのことで、さぞ盛況なんだろうと興味は湧いた。


 掲示板を見ていて思ったが、報酬の幅は広いものの相場は全体的に高めだった。

 俺から見たら、この受付嬢が問題を感じるような額とは思わないが、ここで働く者にとっては低いんだろう。


「ああ、時間の方が重要なんだ」


 それは本心だ。

 商人の申請の件が片付いたんだ。いつでも出られるようにしておきたい。


「それでも、この条件で受けて頂けて助かりますよ」


 了承した依頼書と控えに、受付嬢は手早く署名し判を押す。


「言われるほどのことでもない」


 辺境で暮らしてりゃ、こんなもんだ。

 受付嬢は、ややもったいぶって声音を低めた。


「大きな声で言うことではないですけれど。依頼は多いのですが、割の良い仕事を求める方が多いんです。希望がなかなか合致しなくて。帝都だからと期待が高いのでしょう」


 なるほど、そういう事情もあるのか。

 住人からしたら、他の町と変わらず普通に依頼をしているはずが、勝手な期待をされて値上げせざるを得ない、とかかね。

 まあ、そんな問題があるなら、組合も対策をしてないはずはないだろう。


「私も助かりますし、あなたのような働きの方には長く居て欲しいですね。もし住むことをお考えでしたら、滞在資格を融通しますよ」


 突然、受付嬢はそんな事を言い放ち、にこりと笑った。その目元は、相変わらず曖昧だ。

 今まで、そんなおべっか言わなかったよな。

 何か、黒そうな思惑が見えた気がした。

 さすがは本部で百戦錬磨だろう受付嬢だ、鍛え方が違う。


「残念だが、今は必要ない」


 それ以上話を聞くのは不味いと、依頼書を掴み、その場を離れた。




 組合を出ると、首を捻る。

 受付嬢が滞在資格? そんな権限まであるのか。


 あれか、上からの指示。

 有力な下僕見習いを、勧誘するようにでも言われてるんだろうか。

 それにしては、大盤振る舞いに過ぎる。


 もしかして、俺だから?

 すっかり忘れていたが、オグゼル――というか組合の方も、何か企んでいるんだった。

 多少は身構えていたが特に接触もないし、俺の居所さえ分かってればいいんだろうと、頭から追いやっていた。

 今のが、その接触か?

 強硬手段には出ないが、なるべくなら留まってもらおうという魂胆でもありそうだ。


 ここを去る時期については、漏らさないほうが賢明だろう。



 ああ……面倒だ。

 何もかもが、面倒だった。





 予定もない午後。

 ようやく、帝都に着いたら買おうと、考えていたものを見て回ることにする。

 滞在初日、闇雲に歩き回ったときに、目に留まった店へと向かった。



 俺は、本屋の前で足を止めた。

 分厚い木製の両開き戸に手をかける。

 本なんてものだけで生活できるのかと思ったが、店内の半分は文房具などの道具に埋もれていた。

 魔術式に関する本でも探そうかと思ったが、買わずに中身を確認するのは無理そうだった。

 本の並んだ棚には、題名が見えるような隙間はあるものの、扉で塞がれていた。

 値段も張る。

 まあ、本は主な目的ではない。


 面倒だし、もう一つの目的の棚、地図の棚へと近付いた。

 天井まである棚の上部。扉付きの本棚のさらに上、人の手の届かない場所に、『各種地図』と書かれている木の札が打ち付けられている。その横に、丸めた紙の筒が並んでいた。心なしか色褪せている。


 陰気な店主は、大きな机に向かい、こちらを気にする風もなく何かを書き写している。周りは、紙束や本などで壁が出来ていた。

 声を掛けづらいが、地図の種類を聞いて見せてもらう。

 欲しいのは、帝都より南方の地図だった。


 店主は無言で、小さな台に乗り次々と巻物を手渡してくる。

 埃に、くしゃみが出そうになり、必死に堪えた。

 唾でも飛んだら厄介だ。


 店主は、棚に横付けている小さな机を指差し、また書き物へと戻った。


 狭い机で、どうにか地図を広げて確認していく。

 目的のものはあったが、精細な方は俺には高すぎた。

 仕方なく、大雑把な方を横に置く。


 せっかくだからと、残りも紐解いていき、ある地図で手を止めた。

 今となっては、用を成さない古い地図だ。

 そこには……トルコロルと書かれていた。


 残りは全て、隣の大地にある国々のものだった。

 全て簡易版ということは、案内程度のものなんだろう。

 帝国南方の地図だけ手に取り、店主を呼ぶ。


 俺は無言で、二つ分の金を払い、店を出た。

 咄嗟に、用を成さない地図まで手にしていた。




 日が傾いたところで、まだ少し早いが、飯を買おうと目に付いた店に入った。

 商人へ言い損ねた礼を兼ねた、訪れる理由付けだ。

 こんな内陸で珍しいことに、魚の煮込み料理があったので、それを持ち帰る。

 木の碗と籠の代金が他店より高めだったが、量もある。その匂いから、十分元が取れるだろう味を想像し、満足した。



 地図を自分の寝床に置くと、二人の部屋を訪ねる。

 来訪を知らせ扉を開くと、真正面に座る女と目が合った。


「軟弱ねえ」


 顔を見るなり、これだ。

 人の落ち込みに対して、かける言葉がそれか。

 女は、狭い机に両肘をつき顎を支えている。


「邪魔だ、どけ」


 その鼻先、押しのけるように、買ってきた飯を置いた。


「あんたも、紙束を脇へ寄せてくれ。汚れるぞ」


 一拍、数えて待つ。


「ん、そうだな」


 まだ何かしらの式を書くのに、ご執心なようだ。


「一応、礼だ。『商人へ』のな」


 女を見て、商人を強調しておく。


 意識を飯に移した商人は、不思議そうに俺を見た。

 この様子だと忘れてるだろうな。何も考えて行動してそうにない。


「いいから、食ってくれ」


 俺は勝手に、商人の木箱を拝借した。

 皆で机を囲む。

 

「また商人って言った」


 女から余計な茶々が入る。

 今度は俺も誤魔化すこともせず、何食わぬ顔で目当ての魚をつついた。


 どうやらこの町での主な味付けは、塩気と酸味らしい。

 例に漏れず、この煮物も塩気が主で、後から酸味が来るのだが、やや甘みがかっていた。白い身に、よく染み込んでいる。

 思ったより腹が減っていたらしい、想像以上に美味いと思えた。



 思わず飯に逃避してしまった。

 また、帝都を何時出るのかなど、どうやって予定を聞こうか考えあぐねている。


「言いたいことあるなら、言えば」


 言葉の割に、女の無頓着な声が届いた。

 唐突に、馬鹿馬鹿しくなる。

 普通に聞けばいいことだよな。

 なんでまた、俺は、堂々巡りしているのか。

 全く、泣きたくなってくる。


 俺は、二人の今後の予定を聞こうと、顔を上げた。


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