表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/137

四十五話 二重の媒体

 今度こそは、俺なりに準備をする。

 この女のやることは、多分常に思い付きだ。信用ならん。

 己の提案がまさに思い付きであることについては、言及を避ける。

 ともかく、思いつきでも何でもいいが、準備を怠ると碌なことにならない。


 受付嬢に、周辺の地図を確認したいと頼んだ。

 来た日から色々と気が逸らされ、すっかり後回しになっていた。

 今のところは、山の街道入口周辺や、見かけた川周りの地形など、目ぼしいところだけ書き留めていく。

 地図を返すと、長椅子へ向かった。


 荷物の確認をする。

 水筒や非常食は、常に持ち歩いている。

 後は、縄と荷車と……違う。


 同様に荷物の確認をしている女へ向け、強く言い含めた。 


「初めに言っておくが、獣と出くわしたら戦うな。退け」


 女は、「えー」と口を開いたまま、打ちひしがれたように肩を落とした。

 何をしに行くつもりなんだよ。


「破ったら、置いて逃げるぞ」


 その様子を横目に、先程書き留めたものを確認する。 

 昨日俺達が進んだ辺り。見たところ、山の奥までは進んでいなかった。

 本来主となる狩場よりも、あいつは入口に近いところまで出てきていたらしい。

 ならば、恐らく今日は出会うこともないだろう。

 




 長い時間をかけて削られたその真ん中に、細い川。飛び降りて着地できる程度の谷だ。

 その渓流をやや見下ろす位置に、比較的平らな岩場があり、俺達はそこへ腰を落ち着けた。周りは木々に覆われている。

 ここなら光も、そう漏れないだろう。


 地中から大きく顔を出した木の根に座り込み、幹に体を預けて、いやに寛いでいる者が言った。


「さあ、全力でいってみよう」


 なんで、期待に満ち輝いた目を向けてるんだ。

 あの真剣な眼差しは、なんだったのか。

 思わず項垂れる。

 気になるって、本当にただの興味本位なのか?

 こんなころまで来た理由を、危うく忘れかける。何度目だろうな。


 とりあえずは、この女を納得させるか。

 商人の符は、些か通りが良すぎる。

 代わりに、質の悪い補助符を取り出した。

 発動させたとしても、これなら危険はないだろうと思う。怪我もないから、何も起こらない筈だ。

 曖昧なのは、今の俺が使うと、どうなるのか断言できないからだ。


 なので、全力でという希望は無視して、集中する。

 もちろん、力を抑える方向にだ。


 女はつまらなそうに、口を結んだ。

 こいつ。


 それでも、十分に異常な精霊力の流れを見ることとなった。

 以前、ふいに使った時、展開された魔術式の円は、倍程の大きさまで広がった。

 今は、さらにその倍……。


「ほう」


 気の抜けた感嘆の声が上がる。


 急いで調整し、通常の大きさまで出力を下げる。

 なるべく力を出さない方が難しいとは。

 どうやったら、以前と変わらず普通の生活に戻れるのか。

 なんとも気が滅入る。


 女はまたつまらなそうにしていた。

 見世物感覚かよ。


「これをな、初めから通常の大きさで展開し、維持できるようにしたいんだよ」


 女は、膝を抱えて顎を乗せている。

 真剣な面持ちで、目を細めている。何か考え事かと思いきや。


「うーん眠い」


 この……いや、やめておこう。


「さすがに、昨日は疲れたね」


 そうだな。

 本当に、何しに来たんだ。

 水筒を取り出し水を呷っている姿を、呆然と眺める。

 女は、最後にげっぷまですると、立ち上がった。


「あなたの言うとおり、練習するしかないと思う」


 真剣風な顔を向けているが、恐らく気分だろう。


「そう、か」


 それなら、ここではどうにもならないな。


 女も、助言をしてくれるために来た筈はないだろう。

 もう一度確認したいと思ったはずだ。

 俺ならそう思うが、こいつは、どうだろうか。




「水、汲んでくる」


 女は川の側、砂利の上へと飛び降りた。

 なんとも緊張感がない。

 俺が、なんでも深刻に捉えすぎなんだろうか。


 段々になった岩の合間を、細く、勢い良く流れ落ちるせせらぎ。

 そこに膝で進み、うまく水が入るようにと、水筒を持つ手を伸ばしている女の背を見る。


 ふとあの女の戦いを、見下ろしていたことを思い出す。

 あの時は、咄嗟に出来る限りの力を流したつもりだ。

 符の反応を見るに、確実に、あの時よりも力は増している。



 まただ。おかしい。

 また、違和感だ。

 印に流れる精霊力の質や、この女に関することは、繋がっているはずなのに、時に食い違いを感じる。


 あの女は、あれだけ離れていても、俺が近付いた気配が分かっていた。

 俺は、印を通してあの場を見たんだ。


 この女は、誰かが符を使おうとすれば分かる感知力がある。

 実際、宿で氷の符へと精霊力を通した時、はっきり気がついていた。

 それなのに、「気配」と言った。

 ただの言い換えか。


 それとも、印の魔術式は、感じ取れなかったのか?

 もし感知していたら、知らない種類のもんだと言及しそうなもんだ。

 それどころではなかった状況だったが、それでも忘れるだろうか。

 符を使った前後のことすら気にしていた。

 完全に忘れるとも思えない。



 単に、俺の印が異質なだけなら。

 符のように誰かに書かれたものではないから、読み取れないのかもしれない。

 実際、どうなのか。


 試そうと意識するまでもなく、体は反応した。

 辺りから精霊力が白い霧へと姿を変え、体を通り抜ける。

 魔術式という血管に流れ込み、印を巡り、また外へと流れていく。

 それは、瞬きほどの時間だった。


 手足同様、すでに、動かそうと意識を向ける必要がないまでになっていた。

 冷たい汗が流れる。


 衝撃を受けたのは、人間離れした精霊力のせいではなかった。

 見開いた目に、映る、目の前の事実に。



 女が、水筒を取り落とし、顔を上げた。

 その顔は、単純に驚きを表している。

 互いに固まる。



 目に映る女の姿は、僅かに――揺れた。



「……おかしい」


 何か変だ。おかしい。いや、おかしくはない、これが事実だ。

 確かに、この女の精霊力を感知してきた。

 追っていた対象としても、間違いない。事実痛みもなくなったろう!

 だが、本当に、探していたそのものか?


 微妙な違和感だと思いたかったが、こうしてみると確実な差異だった。

 印を通して確認した女は、二重に見える。

 ふとした瞬間、寝起きの視界がぼやけたように、女に宿る精霊力がぶれる。


 同じ性質のはずなのだが。

 同じ場所にあって、違うものが重なっているような。


「嘘だろ、勘弁してくれ」


 対象を確認し、それが人と分かって、徐々に知り合い、少しは調べが進んだかという時に。

 実は、この女を通した、また何か別のものの可能性。

 眩暈がした。

 また振り出しに、戻るのか。

 混乱している。

 振り出しのはずはない。ここから、何かへと繋がるはずだ。

 それでも、気が動転していた。頭のなか、考えはバラバラになり、まとまらない。



「帰ろう」


 気がつくと、女はすぐ側にいた。


「お前が言った気配は、これか」


 頷く。


「それだけか」


 一瞬の戸惑いの後、答える。


「よく、分からないけど、精霊力がたくさん流れてるのは分かる。符じゃ、ないよね……」


 不安そうに答える。

 聞いたって、正直に答えているかは確かめようがない。


「分かった。戻ろう」


 後ろも見ずに歩き出した。


「それ、止めて」


 そうだ。まだ流したままだった。それすらも気がつかない。

 確かに流れが止まったのを確認する。

 普通は、逆だ。流すのを意識するのが、普通なんだ。





 ただの媒体。


 その可能性に、固く握り締めた手が震える。


 いつからこうしていたのか。

 ずっと宿にこもっていた。

 暗く狭い宿の中。

 同じような環境でも、ずっと暮らしていた屋根裏部屋のように快適ではない。

 自分の居場所ではない。何故俺は、苦労して、命の危険まで冒して、こんな場所にいるんだ。

 机の上に手を伸ばす。


「酒は、どこだ」


 あまりのことに、何も考えられなかった。

 ひどい結果だ。


 目標の女は、原因ではなかったのだろうか。


 媒介する力。


 重く、うまく働かない頭に、それでも見えたことや、関連する言葉は浮かぶ。



「何かに似ているな」


 転話具だ。


 符の場合、精霊力の流れが途絶えれば、効果は消える。

 転話具や魔術灯にしろ、発動させれば、一定時間の継続効果を持つ。

 効果が切れれば再び発動させる。

 しかし触れたままではない。

 発動時の精霊力の込め方で、継続時間を調節できるが、込めた分を溜めて稼動する。

 途中で効果を終えたければ、その溜めた分を放流する。

 その一般的な使い方だけは、知っている。


 あれは、どうやって離れた場所の音を拾ってるんだ?


 道具と符で使い方は違えど、精霊力自体を、魔術式と切り離すことはできないはずだ。


 理論から開発まで、世に送り出したのは、元老院の研究機関だ。

 俺が知ることはないだろう。


 何かを媒介しているはずなんだ。

 俺が、あの女を捜していたとき、精霊力の糸を伸ばしたように。

 ただ、確実を期すために、精霊力の塊でもなければ難しいはずだ。

 そんなものがどこに――。



――どこまでも、続いている、精霊力の帯!



 ベッドの上で、弾かれたように上半身を起こした。


「……探すなんて、不可能だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ