表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/137

四十三話 集中切れ

 茂みのあちこちが揺れている。その揺れは木を避けるように蛇行し、こちらへ向かってきた。

 葉を散らし、勢いをつけ飛び出したのは、捜し求めていた獲物だ。


「せぃやあああああっ!」


 その丸っこい体躯を見るなり、女は掛け声と共に、正面から、踏み込んだ。

 正面からとはいっても、重心をずらして側面を掠るように、両手でしっかりと握りこんだ鉈を振るう。


 眼前に迫る猪の背は、女の腰辺りまでの高さだ。そう大きな個体ではない。

 それでも強靭な肉体の、速度を持った体当たりは、当ればただでは済まない。

 真っ直ぐ突っ込んでこようとするのを、木々の狭間で掻い潜るが、相手はさすが獣。

 小刻みな足捌きで、急転回し突撃を繰り返す。

 まるで疲れを知らないかのように、いつまで経っても速度は緩まない。



 今日は現場確認だけで、明日にでも本格的に探してみるかと話していた。

 自然が、そんな計画通りに動くはずもなく。

 うっかり遭遇してしまったのである。

 別に、攻撃せずそっと退却すりゃ良かったんだ。

 この女は、反射的に鉈を振るった。

 そして、その刃が獲物の背を引っかき、戦うに至る。


 俺は今まで、狩猟なんてことには、荷物持ち程度で付き添ったことがあるくらいだった。

 人のない場所を確保するためとはいえ、こんな依頼を受けるくらいだから、この女は慣れてるのだろう。

 そんな風に思ったのは間違いだった。



 低木へ登り一時退避すると、女の動きを眺めていた。

 以前見たときも思ったが、この女、なかなか敏捷な動きをする。体力的なものか常にではないが、瞬発力はかなりのものだ。

 しかしな……。


「あなたね! 真面目に働きなさい、よっ!」


 同時に凪いだ大鉈が、獣の背を掠める。


「いや、考えたら、正面から挑むっておかしくないか。普通は罠とか使うもんだろ」


 盗賊どもの正面へ突撃したのは、まだ分かる。

 両側に避けた相手が、互いの攻撃が当るのではと躊躇させるのが狙いだ。

 相打ち覚悟で戦力を殺ぐには、悪くない。背後には、援護も続いていたわけだし。

 あの時は、考えてやってるもんだと思っていた。


 こいつ、突撃しかしてねえ。

 間合いに入ると見るや一閃。その背を追って一薙ぎ。

 全力で動いているのを見るに、傷が癒えたというのは真実のように見える。


 やたら回避してるから、うっかり見ていたが、ここで大怪我されるとまずい。


 獲物が側面を向けたときを見計らい、木から飛び降りる。

 体勢を低めに構え、方向を変える一瞬、足踏みする脚を狙って切り込んだ。

 転倒した隙に止めをと思ったが、勢いで一回転してまた立ち上がった。

 目と鼻の先で向かい合う形になる。

 途端に突っ込んでくる獲物に、正面から挑んだ。

 女のこと笑えねえ!




 倒れ伏した獲物を前に、大きく息を吐く。

 背や脚の傷で、勢いを失していたのが助かった。

 手の甲で汗を拭う。

 女が猪の側にきて、鉈でつついていた。


「そんな短剣で正面から切り込むなんて馬、勇敢ね」


 なんだろうな、この、なんていうか、嫌味なのか無自覚なのか。

 大きく息を吸う。

 落ち着け、落ち着け……どうにか、依頼は達成できたんだ。

 いや、荷車も借りてない。運べなければ無意味だぞ。

 どっと疲れが出た。




 すぐ近くに僅かな谷間があり、小さな川を見つけた。汚れを軽く洗い落とす。

 獲物も二人で引き摺ってきた。感覚では、俺より少し重いくらいの体重だろう。


「仕方ない、戻るか?」

「うーん。それだと目的が台無しだね」


 お前が藪を突いたからだろうが。


「でも、そんなに大きくないし、ぶった切れば二人で運べるんじゃないかな」


 言われてみれば、と獲物を見る。いや、無理だろ。

 引き摺るくらいはできても、町まで運ぶのは遠すぎる。ずっと引き摺るのもな。

 まともな縄すら用意していない。


「あなたの方が身軽だし、三分の二運んでよ」

「分かった。荷車借りに戻ろうか」


 日の高さを見る。幸か不幸か、まだ昼前だ。

 取りに戻っても、日が沈むまでには町に戻れるだろう。

 食い荒らされるかもしれないが、何も用意していなかったのだからそれはしょうがない。

 見張ってると言い張る女を促して、町へ戻った。

 残しておくと、一人でも突っ込みそうだからな。




 宿に戻ると、何か本を広げて唸っている商人から、荷車を借りる許可を得た。

 上の空だったから、内容を認識していたのか怪しいものだ。急を要するので、何か言われたら、後で弁解しよう。


 大急ぎで移動する。

 さすがに山道を荷車では登れないので、険しくなる辺りの茂みに隠した。


 獲物を置いた川まで来ると周辺を確認するが、他の気配はない。

 縄をかけてさっさと移動する。

 荷車に積み込み、布で覆うと休憩をとることにした。

 水筒から水を飲み、一息つく。

 一体何しに来たんだっけな。



「せっかくだし。谷間があって丁度いいし、川に戻ろう」


 言いながら、女は駆けだしていた。


「おいっ、勝手な行動取るな!」



 しばらく二人して、息を切らし座り込んでいた。

 馬鹿なのはどっちだよ。


「ふう、まあ日が暮れるまでに、町の外壁が見えてれば大丈夫だよ」


 そんなぎりぎりな。

 そういや、こいつらは予定が立てられないんだったな。


「今から、何が出来るわけでもないと思うが」

「でも、符、持ってきてるでしょう。試したら」


 さすがに今日は動きすぎだ。

 集中できるかという問題もある。とはいえ、僅かの時間でも機会は活用すべきだろう。

 しかし、精霊力の流れを確かめたり、制御のコツを掴みたいのが主目的だ。

 符を使いに来たわけではない。

 確かに、この女には符の使い方を学びたいとは言ったが、この報酬が入ったら、質の悪い符でも仕入れようと考えていた。

 今は懐がさびしいのだ。手持ちを減らしたくない。


 まあ、流れを確認するくらいならいいか。

 使わなければ、怪しまれるだろうし。

 また疑念を持たれて詰め寄られるのは、しばらくは御免こうむりたい。


 そうして、頭が働かないながらも符を取り出した。

 適当に手にしたのは、商人作の氷属性の符。

 

「商人の符は、通りがいいよな」



 辺り一面、視界は白に染まった。



「なっ!」


 女の小さな悲鳴。

 呆然と、符を取り落とす。

 辺りに、ふっと色が戻る。


「…………」


 叩き起こされたように、頭がはっきりした。

 洒落にならねえな……精霊力を、通しただけだ。

 僅かに集中できなかっただけで、これだ。

 やっぱ真剣に練習を考えないと。


「言っただろ、制御できないと、まずいって」


 女の表情を確認する気はおきなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ