四十二話 狩場へ
組合へ向かう道中。
「数人用の依頼って、普通四、五人で受けるよね」
隣を歩く女が、また難癖をつけたそうにしている。
「そうだな」
横目で見下ろすと、いつもの仏頂面があった。
「二人だよね」
見りゃ分かるだろう。
まあ、無理があるのは承知で頼んだ。
「そうだな」
仏頂面をさらに顰める。
色々言いたいのを我慢しているのが丸分かりだ。
「どんな仕事があると思ってるの」
それは何も想定してなかったな。
「腰の悪い爺さんが、でかい箪笥を運んで欲しいから二人雇いたい、とかな」
「都合よくそんな依頼があると思うんだ」
「思うわけないだろ」
女は、口を思い切り引き結ぶと、立ち止まった。
お、切れたな。
「あなたね、ずっとなんか企んでるんじゃないかって思ってたけど、ただの馬鹿かなと思い始めてた。でもやっぱ何かあるんでしょう。組合でも変な扱いだし」
随分な評価だ。
自分でも突拍子もないかなと思ってはいたが。
そうか、馬鹿に見えてるのか。
さすがに、組合の件を見られたのはまずかったな。
いい加減、突っ込まれてもおかしくない時期だ。
一つは、真実を告げる頃合か。
女に向かい合う。
出来るだけ、真剣に聞こえるといいが。
「どうやって符を使う練習してきたんだ」
思いっきり、目を眇めて怪訝な表情をされた。
「言っておくが、結果的に助けた形になったのは、気紛れだった。今はただ、符の使い方を学びたいんだよ」
盗賊集団に襲われているのを、一人で助けに入る酔狂な男が言う事など、普通は真に受けないとは思う。
しかし、その後はなるべく穏便に過ごしてきた……いや、言い合いしすぎただろうか。
ともかく危害は加えてない。
「冗談でしょう。符の使い方なんか誰に習ってもいいし、組合に聞けば幾らでも探せるでしょ」
それもそうだ。
「あんたが使った嵐の範囲術。そこまでの使い手は、そうそう見つからない筈だ。しかも人には分からないように、触れなくても使えるんだろ?」
「あなたには、見えてたみたいだけどね」
女は突っ込みを入れつつ、俺の言葉を認識すると、仏頂面を徐々に困惑へと変えた。
「よく考えたら変ね……戦ってるの、どこから見てたの? あなたの気配があった時は、もう使い終わった後の気がするんだけど」
やはり、この女は俺の精霊力に気付いていたのか。
「見てない。あの場に残っていた、符の残照を見た」
困惑は驚きへと変わる。嘘か真か、迷いも見える。
「そんなの、分かるはずない……焼き切れたら、流れは途絶えるのに」
目を伏せ、何か考え込んでいる。
考えても分からないと思うぞ。俺だって、自分の体のことが分からないんだ。
「あんたが言うには、俺は馬鹿みたいな精霊力持ちなんだろ? それで悩んでる。制御出来るようになりたいんだ」
それは本当のことだ。
いきなり爆発でもするように力が流れる今の状態では、うっかり符を使って、どんな結果を引き起こすか分からない。
「それに、あんたが気が散るというから訓練もできない。どの道、町の中だから何もできないけどな」
伏せた目を上げ、俺を見据える目と合う。
疑念が渦巻いてそうだった。
「まだ、あるでしょう」
真実をもう一つ、付け加えることにした。
これは商人に直接言ってみたかったが、仕方がない。
大きく息を吸うと、一息に話した。
「商人が、職人と知ったからな。それも独自の魔術式具まで作れる。実際に作ったのを見たわけじゃないから、半信半疑だったが、免許が取れたところを見ると本当に知識はあるんだろ? そっちにも興味があるんだよ。ああ、分かってる。普通は、工房で職人に師事しないと得られる知識ではないってのはな」
また大きく息を吸うと、慌てた女に遮られた。
「もういいよ! あなたが符に偏執的な趣味があるのは、よおく分かってるから」
そういや、符が趣味だと勘違いされてたっけな。
待てよ。なにかその趣味の意味、違わねえか……?
「全く、変なのに目を付けられちゃったみたいね」
少しは納得できる答えだったのか、女はまた歩き始めた。
その横に並ぶ。
変なのは、人のこと言えないと思うぞ。
「符はね、使うことありきで行動に組み込むの」
俺の質問に対する、講釈が始まっていた。
「符の代金だけで馬鹿にならんだろ、それじゃ」
それが主な理由で、大抵の者は諦める。
「昔は困ったことなかったし」
なるほど。この女の考え方は、そういう下地があればこそだろうな。
「そういや傭兵やってたんだっけ」
「え、やってないよ」
きょとんとした顔が向く。
「旅人は長くないっつってなかったか」
「両親が旅人だったから」
ああ、その線は考えなかった。
経歴が浅い割に、年季が入ってるわけだ。
両親共にか、そりゃ色々と教え込まれてるだろう。
この女が、符に触れずとも流れを制御できるようになったのは、そう習ったのかもしれない。
「精霊力を使うのに、良い方法はないか。あんたも言ってたろ。異常だと自覚しろってさ」
「もし意地になってるなら、やめてよね」
俺が精霊力を使うと、気に障るようだったな。
それでも、理由があれば納得してくれる気がする。理由か。
「精霊溜り、どうやって片付けるか分かってるだろ。簡単に符の耐久を超えたら、困るんだよ」
口を引き結び、ひん曲げているが、その目は真剣味を帯びていた。
しばらく黙り込み、組合の入口を目の前にして、ようやく口を開いた。
「じゃあ、狩りでもしよう」
「は?」
間抜けな声が出て、一瞬足を止める。
何か考えがあるんだろう。
足早に組合へ入っていく女を追った。
「猪でいいよね」
女は特大の獲物の依頼を、躊躇無く選んだ。
本当にいいのか。
「野兎もあるぞ?」
「兎だと人が居そうだし」
俺達は、害獣駆除依頼を受けた。
どちらかというと調達依頼と呼ぶ方が近い気もする。
こんな賑やかな帝都周辺でも、害獣駆除依頼があることに意外な印象を受けた。
半ば食材の調達を兼ねているお陰で、一定間隔で依頼が出されるようだ。
組合を出ると、無言で歩く。
町から街道に出て、ようやく話を再開した。
「周りに人が少ないだろうってのは、想像がつくが、兵の巡回はどうした」
「馬鹿ね。巡回の範囲は、彼らが片付けてるに決まってるでしょう。自分達で食べてるだろうし。だから少し離れた山に行くの。依頼書よく見て」
「まだ地理が頭に入ってない。周辺の詳細な地図もないし、これから歩いて覚える段階だ」
「街道を通した山の内、巡回から外れる山一つ向こうの山」
女は指差した。
向こうの山と言われても、山で遮られているから見えるわけないが、方向を指してるんだろう。
「遠いな……」
「だから人気のない依頼で、人と会うことも少ないんじゃないかなってこと」
旅でちんたら歩いている時とは違い、しっかりと歩みを進めていく。
あれは商人に合わせていたのかと思ったが、単に距離の違いか。
「なんだか馬鹿みたいね。回りくどいことしないで、城にでも行けばいいのに。あなたくらい力あれば、場所貸してくれるんじゃないかな。そのまま出てこれないかもしれないけど」
そう言うと、片手を水平にし自分の首元で、切る真似をした。
普通はさ、喜んで迎え入れられるとかさ、良い方に考えないか。
言い返すのも空しいので、黙って目的の山へと進んだ。
山一つ越え、隠れていた少し低い山へと踏み入る。
まあ山を越えてといっても、街道が通っているので、苦労はしていない。
街道から逸れた道も、ある程度は踏み固められていた。
しばらく、縄の道標を追って進む。
「よく考えたら、狩りに成功しても持ち帰れないな」
前を歩く女の、馬鹿にしたような声。
「練習できるくらい、人気の無いところに行くのが第一の目的でしょ」
確かに、この手の依頼は成功報酬だから、獲れなかったら金が入らないだけだ。
「さすがに、付き合わせて一日を無駄にするのは気が引ける」
「無駄でもない。縄張りとか状況把握したいし。獲物の気配があれば、明日ユリッツさんから荷車借りよう」
この女なら、一人でも仕留めそうだ。
その為の大鉈なんだろうか。
それにしても、かなりしっかりした足取りで山道を進んでいく。
足首まで包む革靴。傷んでいる割に、良く歩く。だがそういったことではない。
どこか、違和感。なんだろうな。
傷んでいる――そうか傷か。
確か、背中の傷も酷かったが、腿にも傷を負っていた。その場では、よろめいてすらいた。
傷を縫って、数日ばかり町で安静にし、とりあえずは塞がったんだろうと思っていた。
その後も、のろのろと進んだとはいえ歩きとおした。
あまつさえ、町の中で走り去っていく姿も見た。
流れた血の割に、傷は浅かったのか?
「もう傷はいいのか」
女の肩がぴくっと反応し、振り返った目は感情を読まれまいというように、翳っていた。
すぐに前を向くと、女は足を速めた。
「おい、まさか無理してるのか」
無視する気なのか、進み続ける女に追いつき問い詰める。
驚いた様子でこっちを見ている。
「へ、なんのこと。ちょっと考え事してた」
今の質問の後で、考えごとか。不自然だなおい。
「なんだっけ、怪我ね。無理なんかしてないよ。もう治ったし」
何事もないように言うが、無理してないとしても、治ってはないだろ。
「ああ面倒だなあもう。良くなってなかったら、走ったときに傷が開いてるんじゃない。顔色悪くなってたり、熱が出たりもしてないでしょ」
確かにそうだ。初めはともかく、今は健康そのものに見える。
「倒れられたら、商人に何言われるか分からん。本当に大丈夫なんだな」
「ユリッツさんは文句言わないよ。倒れたら、私の判断が間違ってたんだから。とにかく、煩いから言うけど……人より少しばかり、治りが早いの」
言われたことは、あまり信用ならない事だった。
そういう奴は、いると聞く。
確認はしてないから程度は判断できないが、しかし、かなりひどい傷だったろう。
そこまでとなると眉唾だ。
人より少しばかり、ねえ。
「なによ、胡散臭い目が、さらに胡散臭くなってるよ。大体、異常さなら、あなただって人のこと言えないでしょう」
女は頬を膨らませながら、森の奥に進んでいった。
そろそろ縄の道標も途切れ途切れになっている。こいつ、周りを確認してるんだろうな。
しかし、それが本当なら。
一つ、この女の尋常でない点が確認できたわけだ。
このまま共に行動していれば、少しずつ謎が解けるのかもしれない。
つきまとう作戦が、このまま上手くいくよう願った。




