四十一話 依頼
今日こそは依頼を受ける。
あの女は、昨日の内に何か引き受けたらしく、さっさと何処かへ行ってしまった。
俺も気を引き締めるか。
朝の、湿り気を帯びた涼しい空気の中、組合へと向かった。
久しぶりだ、まずは試しにと単純な仕事を受けることにする。
結局、例の受付嬢に声をかけた。
つい以前のように、掲示板も見ず直接尋ねてしまったが、よくあることなのか即座に提示してくれた。
午前中で終わる単純な依頼として渡されたのは、代書依頼だ。
意外すぎて目を丸くした。
薪割りや草刈とか、そういったものしか考えたことがなかった。
「書類記入時に、ご自身で書かれていましたので問題ないかと。いかがなさいますか」
「受ける」
こちらの受付も優秀なようだ。
カウンターの端にある、幾つも机が寄せられている一角に案内され、書類と紙をどさりと置かれる。
「こちらの書類の予備を作ります。この通り、見たまま書き写すだけで結構ですよ」
受付嬢は、見本を掲げつつ、その一言だけ説明すると持ち場へ戻った。
筆を取りながら、ちらと周りを見るが、俺のように貧相な身なりの男が、一人せっせと書き写しているだけだ。
単純で必要なことだが、安く人気がない仕事。
あの受付嬢、隙あらば押し付けようとしてるな。
余るほどの書類仕事ね。人の多い帝都ならではだろうな。
頭を切り替えて、没頭した。
目が痛てえ。
午前中だけでこれか。
昼飯前に、受付嬢から終了を告げられた。彼女は終えたものをさっと確認して数えると、終了の判を押した。その達成した依頼書の換金を、早速お願いする。相応の報酬が支払われたのだが、予想通り小銭だった。
まあ最低限の量で我慢すれば、数日分の飯代にはなる。
だが、続けては勘弁だ。
受付嬢は、皆さんそうですよと、曖昧な笑みを浮かべていた。
午後は別の単純な依頼、力仕事を受けられて、ほっとした。
こめかみを揉みほぐしながら、組合から大通りへ向けて、城壁沿いの道を歩いていた。
今は開け放たれている、小さな門の一つに差し掛かると、号令やざわめきが聞こえてくる。
「騒がしいな。何かあるのか」
城内から、兵に引率されるように並んだ旅人の集団が出てきた。
装備からして、遠征だろうか。
「また出るのか」
「でっけえ精霊溜りが湧いたってよ」
「湧くもんじゃないだろ」
周りで足を止められた、手押し車の側で話している、男達の話に耳をそばだてる。
「今度はどこだ。また北の方かね」
「北の方でも、西の砂漠側だってよ」
「砂漠の国に助けを出すのか? どうせなら、都の近くにでも湧いてくれりゃな」
「金も入ってくるってか」
その後は商売の話になっていた。
元からこまめに人員を出してるのかもしれないが、今度は西に寄っているとの話だ。
それが本当なら、予想以上に進行が早いんじゃないか。
回廊の影響が、目に見えて広がっている。
どうにも、やり切れない気持ちが沸いてくる。
不安だが、きっと大丈夫だ。
国も本腰を入れて対処すると言ってるんだ。
正規軍ではないというのが引っ掛かるが、実際、こうして人員を割いている。
痛みがある以上、あの女から離れることはできない。
既に北を周った二人の行き先を変更することも出来ない。
今出来ることはといえば、せいぜい臨時依頼を受けるくらい。
そう思っていたが、符のことを思い出した。
周りに人が多く、訓練のしようがないと諦めていたが、どうにか方法を見つけようと決める。
そうだった、今の精霊力があれば、自力で魔術式を書けるはずなんだ。
この際、符を使うことばかりでなく、魔術式の理を学ぶのも手だ。
しかし、今さら知識を得、理解することなんかできるだろうか。
幼い頃、貴族の嗜みだかなんだかで、一通り学ぶ機会は与えられていた。
だが、魔術式使いの適正があると言われつつも、俺は剣に重点を置いてきた。
精霊力を流すだけでいい符と違い、魔術式の理を習うのは面倒で身を入れなかった。
当然、そうした内容は、うっすらとも残っていない。
「参ったな、今さら魔術式なんぞ……」
気軽に符や書籍を手にできた子供時代。
贅沢な暮らししてたんだな。
午後の力仕事は、建築現場らしい場所の地ならしだった。
土を掘り返して、石ころなどを取り除いている。
力を奮って、汗かいて成果を得られると、働いた実感が湧く。
やっぱり、こっちの方が向いてるな。
こんな当たり前の時間を過ごせるのが、たまらなく嬉しかった。
日は暮れて、月の砂漠亭。
「取れたよ」
二人の部屋を訪ねると、商人から試験の結果を知らされた。
職人の免許が取れ、喜んでいいはずだが、その表情は複雑だ。
「何かまずいのか」
「まずかないが。どうも、職人の人手が足りんらしい」
とりあえず頭数揃えるのに、許可が下りやすくなってるようだな。
昼に見た遠征隊を思い浮かべる。
ああいうのを頻繁に送り出し、北への準備もある。
職人は死ぬほど忙しくなるだろうよ。
「とりあえずだろうが、使える程度には認められたんだ。喜んでおけよ」
「まあ、そうなんだがな」
それなりの実力があると、自負しているだろうが。
すごいと褒められるだけよりも、結果として表れたほうがいいさ。
「他にもまだあるんだろ。申請に時間がかかるだけ、金も減るぞ」
分かってるさと、商人は肩を竦め、静かな食事が始まった。
二人が食事を終え、白湯を飲みだすのを待って話しかける。
「旅人の遠征隊が出るのを見かけた。精霊溜りが出来てるらしい」
反応は薄い。大抵何を言ってもこんな風だから気にしないが。
「ふうん」
興味なさそうに女は相槌を打つ。裏腹に、表情は硬い。
「北では、頻繁に出来ると言ってたな」
商人は俺が話した、北の状況を覚えていたようだ。
「以前から、こんな風に人を送ってるのか?」
「工房の用事でたまに来た程度だが、見たことはないな。軍の巡回なら、その時期になれば見かけるが」
女は知らないと答え、商人からも有力な情報はない。
「早く全ての免許が取れるといいな。需要は幾らでもありそうだぞ」
その言葉に、女の顔は怒気を帯びた。
商人も、平和的利用の方に興味があるらしいのは、妙な魔術式具を見れば分かる。
「必要がある状況が、喜ばしくないのは分かってるさ。だがいざという時にないと、困る物だろ」
商人は、深く頷いた。
話を変える。
微妙な表情の女に話しかけた。
「依頼はどうだった」
「普通」
そうかよ。
「他には何か決めてるのか」
ないと首を振る。
「複数人用の依頼、受けないか」
「なんで」
そんなことをと怪訝な目で睨まれる。
「報酬が良いからに決まってる」
商人もその方がいいと後を押し、女は悔しげに頷いた。
「じゃあ、あればね」
ひとまずだが、明日の予定もどうにか決められたことに安心して、部屋に戻った。




