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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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三十八話 降り注ぐ予兆

 手を目の上に翳し、強い陽射しを遮る。

 やや高台の上、転がる大きな岩の上から、町があるはずの方向を見る。

 その周辺を覆うように、山々が囲んでいく。

 守りやすいような地を選んで拓いたのだろう。

 ここからは、段々と隆起が激しくなっていき見通しは悪い。

 同じ丘陵地でも、枯れたような北の地とは違い木々で鬱蒼としている。


 幸い、この街道は帝都へ続く。

 整備は行き届いており歩き易い。

 それでも、主要の南側の街道と比べると貧相という話だ。

 まあ、行商人でもない俺には、歩き易いかどうかはどうでもいい。

 岩から飛び降りると、街道側に戻った。


「ここから先は、視界が悪い。治安については?」


 護衛任務を果たすべく同様に辺りを見ていた女と、ぼんやり佇んでいる商人。

 俺よりは、最近の帝都の事情を知ってるだろう二人に問いかける。


「人が集まるからね」

「今まで帝都周りで被害にあったことはないが」


 そういった話はある、ということか。


「少し警戒するか」

「ふうん、今から」


 女がじろりと俺を見た。

 ああ悪かったな。ここに来るまでだらけてたよ。


「軍が哨戒にあたってると聞いたが、どこまで回ってるんだろうな」

「もっと町の側だろう。本来は、西側の国境周辺を見張るための任務だ」

「領内方面は、普通の警備兵が回ってると思うよ」


 街道を進みながら話を続けた。

 帝都は今でこそ城があり王も住んでいるが、元々は隣の砂漠地帯の国々との戦いにおいて最前線だった場所だ。

 大異変前まで続いていた小競り合いは、その辺の国とだった。

 何故そんな位置に都を置いたのかは知らないが、傭兵が興した国ならそんなものだろうか。

 もう随分長いこと平和なのは、ありがたいことだ。


 ふと、北で会った、軍の偉い髭面の男を思い出していた。

 俺の知ったことではないが、一応は落ち着いた情勢下とはいえ、連合軍なんてものを呼びかけて大丈夫なのかね。




 順調に、のらりくらりと進み、夜が来て、野営の準備をしている。

 そうだよな、こんな速度で今日中に辿りつくはずはなかった。

 道も真っ直ぐな所は減り、曲がりくねっている。

 さすがに帝都周辺とあって、勝手な近道などは作られていないらしい。

 作っても潰されるだろう。


 二人は、変わらず火を起こしていた。

 街道から逸れ、少し高い岩場の上にいる。

 目に付きやすくなると思うんだが。

 まだ町からは離れているとはいえ、一応注意を促す。

 食事を作り終えると、火を消した。


 火を消すと空の光が強く見える。空の帯を見上げた。

 その帯から、濁流のように降り注ぐ黄金の滝も変わらずだ。

 なるべく考えないようにしていたせいもあるが、随分久しぶりに目にしたように感じる。

 光の洪水に目を眇める。不快な表情が出ていた。


「どうした」


 商人が問う。

 いや、なんでもと口を開こうとして、遮られた。


「あなたも、滝が見えるの」


 女の顔に複雑な心境が表れている。

 国お抱えの軍隊なんかには幾らでもいるだろうが、住んでいたのは辺境の町だ。知り合いみんなにそれとなく聞いて回ったが、そこまで見えている者はいなかった。

 ということは、少なくともこの女は、俺並みの感知能力を持つ程度には、特殊だってこった。

 だからといって、数日かかる距離に精霊力を飛ばすなんて芸当が出来るだろうか。

 あの魔術式符の使い方からしても、そこまでとは思えん。


「俺以外にも見える奴がいたとはな」


 困惑を隠さずそう答えておいた。

 それは正解だった。

 この女は俺の精霊力について、何か思うところがあるらしい。


「その精霊力、異常だって分かってる?」

「言ったろ。人より強いらしいって」


 いつもの憮然とした顔で続ける。


「人より少しばかり、なんてもんじゃないから。私も人より強いと思ってた。そう言われてたし。見て」


 腰の小さな道具袋から、符を一枚取り出した。俺が渡した嵐の符だ。

 数歩歩くと、それを置いて戻ってくる。

 何をするのかと、見守る。


 女は手を翳し、離れた符へと精霊力を流した。

 流れ出た淡く白い光は、霧のように曖昧な形だが、即座に符へと吸い込まれるように進む。

 それは嵐の式を解き、ゆっくりと展開させた。

 そのまま留めると、こちらを見る目と合った。


「私、離れていても発動できるの。だから、そっちの符を使って攻撃もできるんだから」


 なるべく表情を消したつもりだったが、それが余計な詮索を生んだ。


「驚かないんだ。やっぱり」

「軌道が丸見えなのに、どうやって驚くんだ」


 たじろいだのは、女の方だった。

 まずいことを口走ったようだ。


「なに、何を知ってるの? 言いなさい!」


 掴みかからんばかりに詰め寄られる。

 気がついてないのか。


「いつからだ、それができるようになったのは」


 静かに見上げた。


「何時って、それがなんなの。気がついたらよ。覚えてないくらい昔、子供の頃。それでなんなの」


 不安なのか、動転するような事なのか?

 この女の精霊力は、他の者よりは強いが、僅かな差でしかないように見える。

 それなのに、元々これが出来ていた。

 俺は精霊力が強まってからだ。

 なら、空や北の変化と、俺の体の変化とは無関係なのか?

 それとも気付いて練習すれば、誰でも出来るようになるのだろうか。


「手から精霊力の流れが見えてる。それだけだ」


 女は息を呑み、口ごもると後ずさった。


「やっぱ、おかしいよ」


 ぶつぶつ言っている。

 放置して、後ろでやりとりを眺めていた商人に話しかけた。


「あんただって符の職人なら、精霊力の強いやつくらい見てきたろ」

「俺は、精霊力が無いも同然だ。だから分からん」

「は?」


 今度は俺が疑念が湧く番だった。


「魔術式を学ぶために、必要な資質の一つ、だろ? 違ったか」


 商人は頷いた。


「そうだが、俺にはない」


 いやだって、かなりの実力があはずだろ。あれだけの魔術式を構築できるなら。

 眉尻を下げ苦笑している商人を見るに、こっちも訳ありなんだろう。

 それが理由で、工房を出てきたとしてもおかしくない。

 それにしても、気が付かなかった。

 精霊力が強い分には、目に見えて推し量れるというのに、弱いのがわからないとは。

 そういや、町の奴らも大抵十把ひとからげに見えていた。一定水準以下だと、差異が分からないんだろうか。

 女の言うように、異常に高まっているせいで、周りが低く見えているのかもしれない。

 以前は、どうだったろうか……この感覚に慣れちまって、もう思い出せない。




 黙り込んだ場で、また空に視線を戻す。

 改めて見渡すと、北方へ向けて光は強くなっているように見えた。


「北の方が強くないか」


 なんとなく呟いたが、意外な言葉が返る。


「強いんじゃなくて、集まってるのよ」


 当たり前のように言い捨てる、女の言葉に思わず振り向くが、はっとして空へ目を戻す。

 光の流れを意識するように、改めて北を見る。

 勢いよく降り注いでいる光の濁流の周りを、霧のように拡散した粒子が舞う。

 それらは、漂っているのではなかった。

 一見すると動いているとは分からない、ゆらりとした動き。

 全体を把握しつつ追うと、ゆっくりゆっくりと、北の一点へ吸い込まれていた。


 背筋が寒くなる光景だった。


 以前、家程の凝縮された精霊溜まりを見たときのことを思い出す。

 小規模のとはいえ、軍のお抱え魔術式使いの隊と半日かけてようやっと枯らしたのだ。



――どれだけ長い間、ああだった?


 冷たい汗をかいた手を握り締めていた。


「そんなにやばいもんなのか?」


 精霊力が無いという商人には、あれが分からない。

 女は、見えてはいるが、恐怖は感じないのか。

 この女の精霊力は俺ほど強くなくとも、ものの見方は優れているようだ。

 恐らく、普段から符を使っていたからだろう。


 俺は、何故、気が付かなかった?


 北方軍への協力を拒んで出てきたことは、間違いだったのだろうか。

 たかが俺一人に何が出来るといえど、あれを見過ごしていいはずがない。

 上層の方々は、知ってて黙ってたわけだ。


 その晩は、まんじりともせず鬱々とした気持ちでいた。


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