三十六話 歪な道連れ
「出かけられるか」
宿の前で、俺は商人と女に声をかけた。
「準備は出来てる」
「…………」
荷車を引く商人の肯定と、女の仏頂面が返した。
駄目元で、商人に帝都までの旅に加えてくれと頼んだのだが、あっさり了承を得た。
正確に言うと女は渋ったが、最終的には商人の判断のようだった。
それから改めて準備を済ませ、数日後の今朝、連れ立って町を出ることになった。
もう、どうにか取り入れないかと苦心するのは止めようと思った後だったから、特に大きな達成感はない。
もちろん、後をこそこそ追うよりは負担がないので、素直に喜んでおくが。別のことに躍起になって、目的を見失いそうになるから、あまり気負わないように努めようと戒める。
こうして俺達三人は、帝都へ向けて、南の街道へと歩き出した。
町の境界に、警備兵が見えてくる。
「なんだお前ら、連れ立って」
またあいつか。
運悪く、当番は俺に事情聴取した警備兵だった。
やっぱり盗賊捕獲事件に関与してたのか? グルか?
なんて鋭そうな考えからでなく、ただの興味本位で聞いているようだ。
「あんたの忠告に従って、一人で粋がるのは止めにしたんだよ」
面倒で適当に流せたらと、持ち上げた。途端に警備兵は顔を輝かせた。
単純だな。
「分かってくれたか! 若いのに人の話を聞けるとは、お前見込みがあるぞ」
しまった。何か琴線に触れたようだ。
話が長くなりそうなのを遮って、商人ら二人を指差す。
「待たせてるから。出るよ」
ちっと舌打ちと共に引き下がった。
あんた愚痴りたいだけだろ。
「気ぃつけろよー!」
愚痴る暇があるなら取締りをしっかりやれよ。
手を振りながら喧しい声で見送る声を聞きながら、その場を離れた。
町をちらりと振り返る。
この町では、なし崩しで滞在していたし、短期間で済んだのもあり、ここでも結局組合での仕事は受けなかった。
掲示板に目を通したが、前の町と大差ない。
ここでも、北への臨時依頼は大量に目にした。
帝都には、組合本部がある。
そちらもどうなってるか、興味が湧いていた。
そういや、ここで見かけた符も、俺が買って今まで買ったものに似ていた。質が悪い符だった。
ありゃ絶対同じ工房だな。
そのまま無言で歩く。
気候も、北に比べてかなり穏やかになっている気がする。
荷車のがたつく音が、どこか耳に心地よい。
商人が荷車を引いて歩く後ろを、俺と女が横並びで付いていく。
女がしかめっ面で、こちらの様子を窺っているのに気付いた。
愛想のねえ女だ。
それが第一印象だったかな。
なんでお前がいるんだという目を向けられ、そんなことを思い返しながらまじまじと見返す。
不思議なもんだ。
近くに居る限り、意識を向けなければ印の反応はない。
そういえば、しれっと歩いてるが問題ないのか。
「歩くのか」
「骨に傷ないから平気」
憮然としたまま答える。強がりでもなさそうだ。実際足取りはしっかりしている。
雇い主の手前、護衛がその遂行能力を疑われるのは面白くないだろう。
それでも無理が祟って後々面倒をかけるよりは、休めるときは休んだ方がいいだろうと進言のつもりだった。
「無理せず荷車にのせ、」
「鍛えてるから!」
が、俺の提案は慌てて遮られた。
あれ、恥ずかしかったのか。
だがなあ、こいつ肉抉れてなかったか。
瘡蓋、でかそうだよな。
剥いでやろうか。
「余計なこと考えてたら痛い目みるよ」
俺の視線の先に気がついたのか、鉈に手をかけた女に睨まれた。
不審者と同行しながら、雇い主を守るってのは厳しいだろう。
警戒心が戻っちまったな。
「気に入らないなら、寝てる時にでも殺せばいい」
女の横を追い越し歩き始めた。
「ちょっと、そんなこと考えてたの!」
殺気立った声が背を追う。
あー俺もそう出来るとも取れるか。
わざわざ背を見せてやったんだ。
動きを止めたきゃ切れよ。
「危険はお互い様だろ。落ち着けよ」
「落ち着くわけない! それとも、それ、わざとやってるの?」
なんの話だ。
思わず振り向いた。
ぽかんとして見ていたんだろう。
「本気なのか、白を切ってるつもりなのか知らないけど、精霊力、変な流れ出すのやめて。気が散る。それとも脅しのつもり」
女は苛つきながらまくし立てた。
「……ああ、これか」
最近は半ば無意識に、精霊力を体内に巡らせていた。印の発するものを見極めようと思っていたためだが、制御する訓練も兼ねている。
体内の流れくらいなら、問題ないかと思っていたが違うようだ。
今まで、他人が符を使う直前に集中してるところだって、精霊力を感じたことはない。
精霊力を感知できるのは、あくまでも外に現れたときだ。
体の外に、符を通して現れるまで、顕在しないはずだが。
こいつが余程感知能力が優れているのか、俺の体がおかしいからか。
どちらにしろ、人目に触れず制御の訓練をする計画は破棄だ。
そりゃ常に気を張ってたら、苛立ちもするだろう。ここは仕方がない。
流れを止める。
「悪い。制御がうまくない。練習してたんだよ」
女は異常なものを見る目付きをしたが、俺が流れを止めた後は、安心したように息を吐いた。
そうだ、印か。
あれを意識してるわけだから、符に流すのと変わりなく発現していてもおかしくない。
展開させるほどには流してないんだがな。光も走ってないはずだ。
顔料なんかが模様に含まれているわけでもないからおかしなことだが、他に考えられない。
まずった。
今までは運よく、精霊力の強い奴に会わなかっただけなのか?
自分で見えないことを推し量るのは厄介だな。
その後は、誰も口を開かず、静かなもんだった。
昼下がり、ようやく休憩を挟んでいる。
街道の脇に座り込み、各々飯を食っている。
しかし、あまり進んだ気がしない。
大荷物持ちに、負傷者だ。
当たり前なのかもしれないが、あまりに緩やかな進みに思えた。
俺が急ぎすぎていたんだろうな。
「どうしてこんなのと、一緒に行くことに……」
「怪我してるだろう。符も少ない。また盗賊にでも遭うと困る」
二人から少し離れて座り、そんなやり取りを聞きつつ、硬い保存食を噛み砕く。
なるほど、一応そんな理由もあったのかと納得する。
ただのお人好しというわけでもないらしいと、逆に安心した。
商人だから、見知らぬ人間と相対することは、仕方のないことだろうが、これも縁だと簡単に誘いに乗るほど無警戒では、こちらも気が休まらない。
「役に立てなくて、ごめんなさい」
「次は、この男を囮に逃げればいい」
さらっと酷いことを言ってやがる。
「あんたも一人よりはましだろうし、多少の不満は我慢してくれよ」
「ああもちろんだ。俺に文句はない」
二人の話を他所に、俺の目的について考えていた。
まどろっこしいことは止めと言っても、これだけは別だ。
どうなんだろうな。
お前が、印に何か細工してるのか?
そう直接聞いたところで、答えは返ってくるだろうか。
何も知らないように見える。
何も特別な力はなさそうに見える。
同じ印持ちではないだろう。
誰かに頼まれて、というには行動が迂遠過ぎる。
この商人も関係あるかと言われると、それならこんな悪目立ちする男を差し向けるだろうか。
そもそも、印を見せて尋ねる事は、そこまで警戒するようなことなのか。
祖国へ帰ろうとしている人間が、あの女騎士と元老院の魔術式使いの二人だけとは限らない。
トルコロルの生き残りに印持ちと知れたら、利用しようとするだろうな。
この精霊力の強さもある。なおさらだ。
やはり、もう暫くは徐々に探りを入れるしかないのか。
「……聞いてるの」
遠くで荒っぽい口調が聞こえて、意識を戻す。
「俺に話しかけてたのか。なんだ」
ゆっくり食べていた二人も、食事を終えて水を飲んでいた。
「帝都へは、何を?」
商人の質問。
何か適当なことを話した気になっていたが、忘れていたようだ。
「組合本部を見たい。あんたらは」
俺が、符を買いたいと言ったんだった。その説明をしてくれようとしていたのか。
「少し話したが、符を作るための原料の入手だが、その申請だ。工房の申請手続きもある。他にも関連して幾つかあるから時間がかかる」
へえ、そんなに手続きが必要なのか。
さすがに厳重に管理されてるんだな。
「ちょっと待て、工房の申請?」
いや職人上がりとは言っていたが、商人じゃなかったのか。
「工房を出たからな。商人として生活してるが、自分の工房を持つつもりだ」
「それじゃ、あんたの符は工房から預かった物じゃないのか」
「俺が作ったものだ」
商人は不思議そうな顔をしている。
「それじゃ、あの妙な魔術式具も」
「俺が作ったものだが……妙?」
その歳で、工房を出て独り立ち出来るだけの、知識と技術があるということか。
意外すぎる。
「まさか喧嘩別れとか……」
「疑うのも無理はないが、それなら申請など出来るわけないだろう」
用心のため、見せてはくれないだろうが、工房から証明の推薦書を持ってるはずだ。
ただの職人上がりのしょぼい商人、というわけではなくなった。
「そうか、すごいな」
それしか言えなかった。
特に詳しくないが、大したもんだという知識くらいはある。
だとしても、この女と共謀して印に細工を……やっぱ無理があるか。
人は色々だな。
とりあえずは、あまり関連付けて考えすぎないようにした方がいいだろう。
しばらくとはいえ、この旅を楽しめばいい。




