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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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二十七話 錆鉄の味

 落ち着け。

 印の反応を窺う。

 相変わらずの刺すような痛みに怒鳴りつける。

 いい加減、警報をやめろ!

 お前が探しているのは、誰だ。



 茂みに潜み窺っている眼下では、武器を構えた二派が相対している。

 馬車を背に、追い込まれるようとしている商人と護衛の女、男女二人組み。

 対する男六人は、こちらも一人は商人で、後は護衛。

 どちらにも商人がいる。


 こうなったら、感付かれてもしかたない。

 邪魔な警報を遮るように、俺は印への精霊力を最大限高めた。

 途端に、その場全体に漂う精霊力が、形を成し、頭に入ってくる。

 信号の反応と合致し、捉えたのは――あの女。

 追っているのは、商人ではなかったのか。

 それについては後でいい。

 今は、目の前のことだ。


 どう見ても二人組みの分が悪いはずだが、六人組の半数が怪我を負い、倒れて成り行きを見守っている者まである。

 実質動けるのは四人。

 なかなかの腕みたいだが、どんなハッタリで多人数を警戒させてるんだと辺りを見る。

 微かに場に残る、魔術式の残骸をよく確かめる。

 多くが同種の符。嵐属性の符か。

 先刻捉えたものは、あれだ。

 そして、その残骸を残したのも、あの女。


 他の残骸は防御符。これは六人組側。しかし、全て効果は切れている。

 ならば、相手の攻撃符を警戒する必要はないか?

 直接切り込もうとしてるってことは、どちらも残りの手は無いんだろう。

 ここで第三勢力、とまでは言えないが、他者の存在にどう動くか。

 拮抗していたが、二人組みは押されていた。介入するなら今だ。



 飛び出すように斜面を駆け下り、牽制すべく声をかけた。

 下りきると、ゆっくりと近付く。


「おい、何か厄介ごとか?」


 場にそぐわない間の抜けた問いかけに、男達は硬直した。動揺が見て取れる。

 精霊力の流れに気付いた者は、いなかったのか。

 一人だけ、女は表情を変えなかった。

 さすがに護衛達か。剣を構え、二人組みに向かう態勢は変えないまま、警戒する。

 女が構えていたのは、大振りの鉈だった。

 物騒な武器を使う女もいたもんだ。


 近付くと、女の外套には、切れていた箇所が幾つか見える。

 無傷というわけでもないらしい。


「二対六。それで、負傷者一対四人ね。あんたら強いんだな」


 惚けた声で、二人組みへと語りかける。


「原因はなんだ」


 そして、六人組へと声を移す。

 未だ睨みあっている男達の後ろで、切られた腕を止血しながら、様子を見ていた大男が声を上げた。


「見りゃわかるだろ。盗賊に襲われてるんだぞ!」


 あまりの白々しさにだろうか、その言い分に、女はふんと鼻を鳴らす。

 俺は対峙する二組の中ほどで立ち止まった。位置的には三角形を作る。

 頼むから、もうしばらく動かないでくれよ。


「それで、そっちの二人に弁解はあるか」


 少しでも見極めたい。時間を稼げるかと、適当なことを言ってみるが、あまり猶予はないだろう。どうしたもんか。

 懐の符は、いつでも展開できるようにしてあるが、背は強張る。


「勝手に想像しろ」


 女が即座に答えると、横で商人が、やれやれと諦めたように溜息を漏らす。

 男女たった二人の盗賊に襲われたと、六人組が訴える。

 護衛五人を揃えている上に、装備も六人組の方が圧倒的にいい。

 信じる方がどうかしている。


 懸念は、女が範囲魔術式を使ったことくらいか。

 それで不意打ちをかけられた。そう言い張ることもできる。

 実際、そうだったら、どうする。

 助けるような真似はまずい。


 ただ、範囲魔術式は、符の数が増えるほど威力が弱まる。

 辺りには五枚の嵐の符の名残。

 嵐は、痛みを伴う痺れで動きを封じる。

 五枚なら、気を削ぎ足を止めても、せいぜい隙を作れればいい程度。

 逆に多勢に襲われたなら、そうでもして一気に足を止め、その隙に戦力を削ぐだろう。

 どちらにせよ、言い訳は立つか。


 腹を括る。

 護衛達は、大抵は雇われ者のはずだ。

 こういえば乗ってくれるか。


「傭兵だ、雇った方に味方してやる」


 その言葉に女は顔を顰め、鉈を構える腕から力が抜けたように見えた。構えを解きはしないが、戦いを諦めたようにも思える。

 今の言葉の何が気に触って勝ち目なしと踏んだのか。

 対する男達は、安堵、嘲笑、怒りと様々な反応を見せた。


 俺はあてつけるように、嵐の符を展開させた。

 発動寸前で、そのまま待機させる。

 この状況で小さくするよう集中するのは難しく、一回り大きな円が、空中で緩やかに回転する。


「どうする」


 男達はぎょっとして、光に視線が集まった。

 偉そうな大男がまた叫ぶ。


「小銭が欲しいなら、黙ってろ!」

「待った待った! 雇うから加勢しろ!」


 負傷して動けないもう一人が、慌てて大男を遮る。

 商人。雇い主か。

 なんで、これだけ護衛が居て、雇い主が先に怪我してんだ。


 そう思った時、女の懐で光の揺れが生じた。

 反射的に剣の柄に手を伸ばす。

 符は、使い尽くしたのかと思ったが、切り札か。

 光の反応は防御符だ。

 まさか、突撃でもする気じゃないだろうな。

 目を疑ったのは、その符を自身ではなく、隣の男にかけたことだけではない。

 向かいの男達が突然の発動に気を取られると、案の定だが、女は突進した。

 男達は俺のことを頭から追い出し、女へと向き直る。

 防御を掛けられた男も、一歩遅れて走り出す。


 符も無しに、無茶な!

 印が反応する。

 あれを助けろってか。

 俺も、考えるより先に走っていた。

 符は解除だ。嵐属性は、広範囲に衝撃を与える攻撃。近距離で戦われては使えない。

 迂闊に近付けば、自分も被害を受ける符だった。

 くそっ失敗だ。ここは引くだろうと考えた、己の甘さに歯噛みする。


 女が飛び出すと、重めの刀身に引き摺られるように腕は後ろへ流れる。


「ぅらあああああぁぁあああぁぁあああっ!」


 女はぶつかる寸前に力強く踏み込む。

 叫びと勢いに乗せた全身の力で、鉈を振りぬいた。

 反射的に動く男達。飛び退る者、女の鉈を受けにかかる者。

 そして、踏み込んだために、がら空きになった背へと切りつける者。


 眼前に飛び散る、剣、おかしな方向に曲がる男の腕から削り取られた血肉。

 布ごと裂けた、女の背からも飛ぶ肉片。

 地から立ち昇る土煙へと落ちていく、赤い飛沫。


 視界がやけに鮮やかだ。

 血煙を遮り、女の背へと剣を振り下ろした男の、その腕へと合わせ、下から切り上げる。

 砕ける手応え。

 驚愕に塗り替えられた男の面を確認し、足を掛け背から地面へと叩きつける。喉から空気を呑む音が聞こえ、白目を剥いた。

 次へと目を向ける。

 勢い込んで倒れ、転がる女。

 女を庇うように追ってきた男は、一人の護衛と鍔を合わせ押し留めている。

 もう一人。

 不意に足元に倒れた女に、剣を突き下ろそうとする男。

 そこに体当たりし、男共々倒れこんだ。


 即座に転がり勢いをつけて立ち上がる。

 腹に当てたのか、這いずる男は呻きながら吐いている。

 鍔迫り合いの男達は、女側の商人が押し勝ったようだ。


 態勢を立て直しかけた時、背後に気配が迫った。


「ごふ……き、さま……ぐぼっ………」


 咄嗟に腕が動いていた。

 それは怪我をして、さっきまで後ろで怒鳴り散らしていた大男だった。

 すぐに男の腹を貫いた剣から手を離す。

 武器を持つ男の手ごと引き倒すと、その腕に体重を乗せる。

 手から剣が離れると、すかさず奪い、周囲を確認する。


「……な、おい、お、俺は、雇うと言ったんだぞっ!」


 同じく怪我をして様子見していた商人が、喚きながら逃げようとする。

 それを追うと殴りつけた。

 振り返ると、女側の商人が、女の傷を確かめている。

 返事をしているし、無事なようだ。


 俺は呻いている商人を、馬車の側へと引き摺った。

 他にも呻き声が聞こえるが、もう動けそうな者はいない。

 馬車を覗く。

 積荷のすぐ側に、丸めてある縄を取り出した。



 視線を感じてふと見ると、女の側に立つ商人が、俺を警戒して武器を構えている。

 それを無視して、足元で呻く商人の手足を縛っていく。


「手当してやれ」


 それだけ言うと、黙って他の男達も縛っていった。


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