二十六話 追跡
力の流れを追い、歩き続けた。
夜も歩きたいほどに気は逸るが、無駄に疲労しても良いことはない。
野宿し、また夜明け前から歩き続け、昼を過ぎた。
歩くほどに、感知する力が確かなものに変わっていく。
着実に距離を縮めている。
近付いていると確信する。現実的な人間のつもりだ。目的が明確ならば、気が滅入ることもない。
配分を考えながらも、道を急ぐ。
意外なことだった。
精霊力を流してもいないのに、日が落ちた後と同様に印が反応する。
自ら探査せずとも、その気配を感知している。
まるで、誰かが側で符を使っているようだった。
そんな気配。
確かめずとも、印の模様に精霊力が流れ込み、光らせているだろう。反応が迸る。目的地だ。心臓が跳ねる。
精霊力は印を通し、ある形に意図を持って変換され、信号を発している。
恐らく、眼前の丘を超えた向こう側。
「だが、どうする」
高まる鼓動とは裏腹に、歩む速度を落とした。一定の距離を保つために。
ここまできて、迂闊に接触していいものかと、考えあぐねている。
追う事ばかりに気を取られていたが、見つけた後のことなど考えていない。
そればかりは、推測のしようもないと思っていた。
現在対象との距離は、丘全体よりは、この隆起した一山を隔てた程度だろうか。
平原ならば、互いに見えている距離なのは確かだ。
起伏の激しい場所に差し掛かったのは、幸か不幸か。
昼間だというのに、印が痛みを訴えだした昨日から、精霊力の流れ方が変わった。
さらに近付き、信号が強まるほどに、脈動が痛みを増幅させていた。
走って丘を登れば、相手を見つけることはできるだろう。
だが咄嗟に道を外れ、隠れるように木々に遮られた場所へ入った。
そうして、昼からずっと追跡しているわけだが、さすがに道を追うより時間を取られる。
時折急ぎつつ、距離を調整する。
俺は馬鹿か。
なんのために、町を出てきたんだ。
しかし、全く接点がないのに、突然見知らぬ男が寄って行けば、警戒されるに決まっている。
それもこんな道中でだ。
相手が真っ当だという保証もない。
それに印と精霊力。これがどう反応するのか。
最も怖れているところでもあった。
近付くほどに、今もなお、増して行く痛み。
話せるほど近付いたとして、俺は平気でいられるのか。
動けなくなるほどになるのも困るが。
「まさか、死にはしない……よな?」
もう少し、調べればいい。
幸い、入り組んだ地形だ。
どうにか姿を隠せる範囲で、距離を詰めよう。
痛みに気を失うなんて無様なことになっても、見つからないようにと、慎重に木々の合間を縫って足を速めた。
姿は見えない位置だが、最大限近付いた。
相手は、丘と丘の合間をうねるような街道を進んでいる。
見つからないようにと、道とは逆に丘をやや下り、併走している状態だった。
痛み具合に、これ以上の変化はないようだった。
これが最大反応の状態なのか?
これを信じるならば、話せるくらい近付いたって問題ないように思える。
一か八かだ。
そう思うも、また躊躇する。
「待つべきだ」
町で話した方が、自然だ。
幾らなんでも、街道上で忽然と姿を現すのは、怪し過ぎないか。
俺なら剣を取るぞ。
慎重に行動するに越したことはないと、言い訳する。
同じ考えを繰り返している。
そんな自分に苛立つ。
その逡巡は、別の要因によって遮られた。
印への衝撃。
息が止まり、膝が崩れる。
長い針が、印を突き刺したような、鋭い痛み。
「ぐっ……今度は、なんだ」
距離は保っている。近付きすぎたわけではない。
別の、信号だ。警報といっていい。
印が急き立てる。
息を整える間も惜しく、対象目指して走り出していた。
丘を越えて、街道へと滑り降りるが、姿はない。
さらに細かい起伏が、波打つように続いていた。
「くそっ」
畝のような、山なりの地形に遮られた向こう側。
増えていく茂みに、足をとられながら、走る。
その時、飛び込んできた精霊力。
「!」
淡く白い光の糸が、魔術式を解き、編み上げていく。
次々と浮かび上がり、展開されていく光りの筋が……複数。
「範囲魔術式か!」
こんな荒地のど真ん中で、そんなものを持ち出す理由と言えば一つしかない。
この畝の向こう。
誰かが、魔術式を使っている。相手が人か獣か分からない。
いや、この辺に、群れをなす獣がいるのか。
わざわざ、符を何枚も使って?
人間の可能性の方が高い。
目標が見つかったと思えば、戦闘か。
気を引き締めて走る。
痛いほどの、目標物への警報で目が霞む。
全ての魔術式を見落とさないよう、感知を高めるべく、印へと精霊力を流す。
途端に、入り込んでくる魔術式。それも、使用後の名残まで。
こんなことは初めてだが、今は動揺もしてられない。
符の残照には、防御系が複数ある。
どう考えても、人間同士の戦闘だ。
身をかがめ小高い畝を駆け上り、枯れかけたような見た目の草を掻き分けた。
畝の合間、溝のような窪地で相対する二派が目に入る。
その場に伏せた。
人数が多すぎる。
馬車に馬も数頭と……荷車。こんな場所で?
茂みの間に、腹ばいになり様子を窺う。
急いで荷を下ろし、懐の符を確かめる。
剣は、いつでも抜ける。
状況の隅から隅までを、寸分漏らさぬよう、目を凝らして追った。
どうしたらいい。
そもそも、俺の対象はどいつなんだよ。




