二十四話 心の洗濯
時折地図に目を落としつつ、歩きながら旅程に多少の変更をいれる。
対象の位置が、想定から外れていたためだ。
地図の古さも問題はあるかもしれないが、やっぱ適当な目算じゃ、こんなもんだな。
急いでるわけでなし、地道に追えばいいか。
次の町まで進むことに変更はない。
初めの町では、予測も当たっていたんだ。
補給はしたいし、また何か情報が得られる可能性もある。
変更はその先だ。
帝都でないなら何があるのか。
古地図上では、山の図もちらほらあるが結構な空白地帯だ。
まさか、新しい町。
出来ていてもおかしくはない。
初めの小さな町が、経由地として結構良い位置の割に寂れているのも、その手前に興味が移ったためだろうか。
いやそれはないな。全く商売っ気のない人々の顔を思い返すと、あれが素だろう。
小高い丘を登ると、道を下ったすぐ側に町が見えた。
見下ろすほどの高さはないので、全体は分からないが、そこそこの規模があるように見える。
コルディリーよりは小規模なようだ。だが、あっちは難民のため、町の周りに村を幾つか作ったから、元は同じようなもんだろうな。
日暮れまでは、まだ時間もある。
俺は町から見えない位置まで戻ると、対象を探っておくことにした。
茂みの陰で、印を発動させる。
昨日と方向こそ変わっていなかったが、町からは逸れている。やはりすでに移動中なのか。
それにしても、この町には、長居していたように思える。
お陰で、今晩は俺も滞在するが、明日は同じ街道に乗れるんじゃないか。
意外だ。
まだ追い始めてから、そんなに日は経ってない。
予測がそれなりに正しかったことはあるにしろ、こんなに早く追いつけるとは思ってもみなかった。
まだ完全に追いついてないから、喜ぶには早いとはいえ、気持ちは明るくなる。
どうやら前提に思い違いがありそうだ。
行商人ならば、当然馬車移動だと考えていたが、それにしては遅すぎる。
むしろ徒歩の速度に近い。
まあそれならそれで、追う側にとっては楽でいいのだが。
今はこれ以上急ぐ必要もない。
発動させていた印に、そのまま集中した。
多少コツを掴み始めていた、制御の訓練を続ける。
精霊力を、糸のように伸ばしていたのをやめていた。
代わりに、箱に閉じ込めた霧のつもりで、体の回りを漂わせている。
信号の振動に合わせ、そこに穴を開ける要領で集中する。
霧は、すうっとその穴から吸い出されるように、一点に流れ出すと消える。
その結果から出された方向は、今までのやり方の答えと同じだった。
ひとまずは、成功したといえるだろう。
「はあ、ようやくか」
飛距離を縮めることはうまくいかなかったから、考え方を変えてみたのが功を奏した。
これでどうにか、室内で使える範囲に収まる。
相手に届く頃になって今さらというのが悲しいが、無駄にはなるまい。
改めて丘を越えた。
町の境界に、堅苦しくはないが、警備兵らしき者達が立っていた。自警団と言った方がしっくりくる。
この規模の町なら、一通りの設備は揃ってそうだ。
兵に尋ねることにした。
「旅人だ。組合はあるか」
時間を取られては困るので、仕事を受けるつもりはまだない。
どんな場所か、違いはあるのか、やはり興味はある。確認してみたかった。
「道なりに進んで、十字路を東に進め」
兵は丁寧だが、早く行ってくれとの感情も露に答えてくれた。
「どうも」
顔をしかめて引く兵の横を通り過ぎる。
川があれば水浴くらいはしたが、衣類はそう洗うわけにもいかない。汚れも目立ってきているのは自覚している。
宿を取るか。
町の外で野宿しようかと考えていたが、この先もしばらくは歩き続ける予定だ。
一度、人間らしい生活を思い出した方が良さそうだ。
組合で宿を聞こう。
木の柱に土壁が目に付く組合の建物は、通りで見かけた他の店と同じような作りだ。
内部は、まるで酒場のようだった。
少ないが、壁際に机や椅子も置かれており、元々の店を流用したことが窺える。
壁に掲げられた掲示板が、品書きのように見えた。
真っ直ぐにそこを目指す。
「見ねえ顔だな」
壁際で適当に駄弁っているやつらが、俺に向けて『挨拶』を投げかける。
「着いたばかりだ」
視界には入れるが、そちらを向きはせず掲示内容に目を通す。
呆れたような声や面白がっている声が、俺を評しているようだが無視する。
目の前のものが気になっていた。
これが平均なのかの判断はつかないが、通常の依頼はあまり多くない。
隣のもう一つの掲示板へと、一歩移動する。
そこに貼り出された、臨時依頼の多さと内容に目を瞠る。
主に、コルディリーからのものだった。
北部方面軍を置くためや、その他諸々の準備は、着々と進んでいるようだ。
臨時依頼には、それに関連したものが並んでいた。
大量に必要なのは物資関係だが、現地で調達するにも限度があるんだろう。
木材や布革等の資材から、薬や食品、職人などの人手まで多岐に渡っていた。
組合直々の依頼で割りもいい。背後の帝国が出してるだろうから当然だな。
この内容では、この町だけに依頼されたものではなさそうだ。
今後、旅人や軍関係者の流入に目を付けた商人が現れ、商売にも波及するだろう。
状況はそれどころではないかもしれないが、国が制限しない限り、人の流れを止めるのは無理だ。
おっさん、頑張れよ。
心の中で声援を送っておく。
収穫はあった。
どう見ても、厨房に続くカウンターといった受付へ向かい、宿や雑貨屋などの場所を尋ねた。
出るときにも、暇人達の話題になっているようだった。
話しかけられないなら、答える義理はない。
その雑音を後にし組合を出た。
宿の洗い場を借りた。井戸が側にあり、楽に洗濯できる。
手持ちの石鹸も残り少ない。後で買い足そう。
木桶の中に、染み出す汚れを見ながら、考え事に没頭する。
コルディリーの組合の動向も、少し気になっていた。
用があるなら、おっさんに聞いて、俺が町を出たことを知っただろう。
逃げたと思われているかもな。
それでも構わないか。半ば事実のような気もする。
そういえば、対象の予想外の移動先。
意外にも早く追いつきそうなこと。
それらにも疑問は湧いてくる。
そもそも、相手はどこから来たのか。
俺が追い始めるまでは、どこに居たのか。
俺が出た頃、コルディリーに行商人が来ていたなんて話は聞いてない。
知らなかっただけかもしれないが、一応商店街近くに住んでいたし、おっさんも商売人だ。小耳に挟んでもよさそうなもんだ。
それなのに行商人が、北から南下していた。
ああそうだ。地図。
新しい地図があるか、組合に確認させてもらおう。
上着から靴まで全て洗い切ると、満足した。




