二十二話 要制御
いつもなら、夜明け前には出かける準備をしているが、町の人々が起き出す気配を待ってから起き上がった。
納屋を出ると、井戸から水を汲んできたらしい、家主の男と鉢合わせた。
「酷い寝心地だったろう」
男は笑いながらそう言うが、素直に助かったことを伝えた。
「屋根があるのは久しぶりだ。世話になった」
俺も水を分けてもらい、すぐに発つことを告げる。
宿代のかわりにと、日持ちするという木の実を一山買った。僅かばかりの感謝の気持ちだ。
礼を言うと、その場を後にする。
街道には、各々の持ち場へ移動する人々の背が、ちらほらと見える。
牧草地に向かうのか、昨晩、干し肉を譲ってくれた者達とすれ違い様に挨拶を交わした。
後で話を聞かせてもらうからなと、家主と話していたっけ。
客が来た時の、対応の順番とか決めてるのかもな。
この市街地側から外へは、すぐそこだ。
「邪魔したな」
誰にともなく呟き、町を出た。
街道を進むと、空が一段と明るくなり、一日の到来を告げる。
心なしか身体が軽い。
歩きながら、木の実を取り出した。
硬く重みがある、手の中に収まるいびつな実。その濃い紫色の外皮に爪で十字を刻み、そこから剥ぐ。
かぶり付くと、ガリゴリと歯ごたえのある果実を口の中で転がす。
硬い果肉からは意外にも、噛み砕くと果汁が染み出す。渋みの強い酸味の後に、甘みが残る。
目を覚ますには、丁度良い。
この渋みが、日持ちする成分だと言っていた。
あまり一度に食うと、腹下しそうだな。聞いておけばよかった。
しばらく歩き、町もすっかり見えなくなったのを確認する。
昨晩は対象の行方を確かめられなかった。
隙間だらけの納屋から、光が漏れると面倒だった。というよりも、広さが足りず無理だった。
さっさと確かめる。
漠然とした方向だが、特に変化はない。
次の町に、しばらく留まる予定なのかもしれない。
行商人なら、馬車を使っているだろうが、大抵の町では滞在するはずだ。
今日出た町からは、すぐに発ったようだが、あれでは仕方がないな。
ともかく、徒歩の俺でも追いつくことは出来そうだ。
方向に変更はなかったので、予定通りこのまま進むことにする。
ただ、追いついたとしてもな。
新たな、というほどでもないし、分かっていたことでもある、問題点について考える。
町がでかくなるほど、人目を避けて精霊力を使うことは難しい。
宿を借りて、現実的なものとなった。
帝都近辺なら特に、街道にも人通りは多いだろう。
哨戒の兵もうろついてるだろうし、確実に怪しまれる。
しかしだ、小さな町の中でならともかく、帝都は広い。
対象を探すには、街の中で信号を確かめないと、見つけるのは困難だろう。
出てくるのを待つという手もあるが、幾つも出口があり、それぞれの距離も遠い。
さらに、精霊力を使うなら、兵に見つからないよう少し離れるしかない。
馬でもないと、追いつくことは無理だ。
これは何も、帝都だけではない。
コルディリー程度の規模ですら、見つけるのは難しいだろうと思う。
知らない町ばかりなのだから。
南下するにつれて、大きな町は増える。
今のところ、対象がどこへ向かうかは分からないが、視野に入れておくべきだ。
考える方向を変える。
今までの、対象の探し方。
印の発する信号、というか振動というか、それに精霊力を乗せていた。
そうやって遠くまで伸ばすから、広い場所が必要だった。
しかし、必ずそうしなければならないのだろうか。
探れるのは方向だけだ。
だったら、どうにか短距離で測れないものか。
できれば、宿の室内で収まる程度がいい。
今も我流なんだ。
試してみるか。
昼時までは歩き、今朝の思い付きを試していた。
街道をやや逸れてから、足を止めると、集中する。
符を普通に使うくらいなら、動きながらでも問題ないが、制御が絡むと途端に難易度が上がる。
「きついな」
やはり、想像以上に厳しい。
初めて出力を極力絞って、符を発動させた時と似ている。
精霊力を抑える必要はないのが、せめてもの救いだ。
流れの制御は、手で水をすくうようなものだろうか。
どうしてもこぼれてしまう。
何度かやっていると、本当に微かだが、距離は縮められた気がする。
それで精度がどうなるかは、確かめようもないが、室内でも使用できるならば安心感が違うだろう。
やはり、俺は細かい制御が苦手みたいだ。
一旦、そこで止めて、地道な方法へ戻ることにした。
地面に座り込み、シャツをまくると、首を回して腰の印を見下ろした。
精霊力の通りを確かめながら、身体の一部だけに流しつつ印を展開させる。
それを色んな方向から試しつつ、何度も点けたり消したりしていると、魔術式灯にでもなった気分だ。
符を最小限の力で使用する際の感覚を思い出しながら、こっちに流してみたらどうかあっちではどうかと、一通り試す。
とにかく何でもいいから、思い付く限りのことをやって、取っ掛かりでも拾えれば儲けものだ。
日課に、飛距離を縮める練習も加えるか。
まずはある程度、自分の身体の範囲内でくらいは、自在に使えるようにしておきたい。
流れや、光り方の変化具合などに注視する。
「……いっ!」
しばらく見ながら検証することに没頭し、首をつった。




