二十話 自然の恵み
やや見下ろす高さの、緑の塊。目の前に生えている、巨大な丸っこい球が積み上げられたような植物の前に、心躍らせながら立っていた。
正直、街道から目の届く範囲では見つからないかと思っていたが、運がいい。
「うまい」
もう一切れ食おうと、取り出した小刀を、果実のように膨らんだ葉の根元へとあてる。拳大の塊を、慎重に切り取った。
断面から、半透明で柔らかく、水っぽい繊維が詰まっていることを確認する。
その葉を縦に裂くと、捲るようにして中身を齧った。
多少弾力はあるが、数度噛むと溶ける様で、簡単に飲み込むことが出来る。
味気ないが、僅かばかり、甘みのない柑橘類のような爽やかさがあり、草独特の臭みはない。
そう、味気はないものなのだが、数日ぶりに水気のある飯にありつけた喜びは大きかった。
こういった植物を見つければ、なるべくこれで済ます。手持ちの食料を温存するためだ。
あまり切り取っても枯れてしまうので、これで終わりにする。それでも十分な量はある。
その丸い塊に背を預けて胡坐をかく。
片手で葉肉を齧りながら、一息ついた。
遠目にうっすらとした街道を見る。
この植物を見つけて、道を逸れて来ていた。
反対側も見渡したのだが、他にこの塊は見当たらない。
この辺から気候が変わるのだろうか。単に土地によるのか。
植生にも変化があった。
コルディリー近辺のものと、混在が見られる。
ふと北端の回廊付近を思い出す。
元々気温が低めの地域だから思い至らなかったが、精霊力が高まると冷気を伴う。精霊溜りが頻発するほどなのだから、より気温は下がっているのかもしれない。
この木だか、でかい草だか分からん植物を目にしないのも、気温の変化だろうか。
単にこの辺には少ないだけかもしれない。もしくは俺の目の届く範囲にないだけと、普通なら思う。
考えすぎだろうか。
澄み渡る青空と、逸らしようもない空の帯を見上げる。
あの異変の夜から取りつかれているようだと、思わないでもない。
例えば、無理を押して、この旅に出たのも。
手元の草、最後の欠片を飲み込み、食事を終えた。
食べ終わった葉の一部に穴を開ける。端切れを裂いて紐状にすると、葉の穴へ通し、鞄から吊るした。
この葉の持つ爽やかな風味は、虫から身を守る成分とのことだ。腐らないように風通しの良い場所で乾燥させれば、しばらく効果は持つらしい。
これでうまくいくといいが。まあ失敗したら捨てればいいか。
立ち上がると、飯時に課している目標現在地の確認を行う。
確認は、昼と夜の二度と決めていた。
それ以上確認しても大差ない上に、痛みで歩く気も削がれる。
昼間は、移動中であればその方角、夜ならば宿泊位置の方角が分かる。
その差と経過時間を勘案し、地図と睨み合う。
俺に出来ることなんてそんなもんだった。
確認を終えると、街道へと戻る。
植物を見つけたため、いつもより早めの昼飯だった。
その分、午後は長くなるが、気力は戻っていた。
眼前には、果てがないような大地と、足元から伸びている道。
石の欠片を繋ぎ合わせて平らにした街道は、至るところがひび割れ、草木に食い破られている。
よく見渡してみれば、地面は波打つような起伏が連綿と続いているが、人の身からすればその間隔は広すぎる。
冷ややかな風が、首筋を撫で、通り過ぎていく。
幾ら振り回されまいと、異変の事を頭から追い払ったところで、至る所にその影を落としていた。
あの異変以降、人手が回らないのか、街道は十年の月日の間に傷み続けている。
利用者が減っていることもあるのだろう。他にも道はあるが、現に今の所、この途上では誰ともすれ違っていない。
それまでの維持活動のお陰で、大型で危険な野生動物と遭遇の心配はない。だからといって、決して一人旅は安心できるものでもない。もっと南下すれば、中型以下の夜行性の獣は、僅かながらも存在するという話だ。
そして、最も危険なのは人間だろうな。
盗賊の類は、いつの時代、どんな時や場所でも存在する。
町を出る際に、短期間でもいいから護衛の仕事でも受けて出るべきか迷った。が、これが何を示し、どこへ行くことになるかも分からない。
目的があやふやな以上、組合仲間を連れ立っていくこともできなかった。
諦めて、ほとんど着の身着のままで旅立った。
経験上、精霊力は、魔術式を介さなければそう離れて影響しないはずで、ならばまさか大陸中を彷徨うなんてことはないはずだと思っていた。
急激に精霊力を強く感じるようになったのは、空と回廊の影響が増したからもあるだろうが、対象が近付いたからではないか。
だから、そう遠くない内に目的を果たして戻ってこれる。
半ば、願うようにそう結論を下した。
目的も分からないまま、大陸をさすらうなど、絶望するしかないからだ。
どうにも俺は、捨て鉢になるところがある。
それなりに鍛えてきたつもりだし、経験も積んできた。精霊力も恵まれているようだ。
とはいっても、過信してはいない。
駄目なら駄目だろう。
そんな割り切りを、俺自身は「現実的なんだ」と嘯いていた。その実は、どこか冷めてしまっていたんだと思う。
俺は、そこから抜け出したかったのだろうか。
今まで保留にしてきた心を煩わせることも、この道中で片付けてしまおう。
そうすれば、コルディリーに心置きなく戻れるというもんだ。
顔を上げ、気合を入れなおす。速度を守りつつ、しっかりと歩みを進めた。
明日には、目的の街へ確実に到着するために。




