十九話 一人旅
長年住み慣れた、コルディリーの町を出てから、荒れた街道を南へと歩き続けている。
三日が経ち、先週引き返した辺りに差し掛かっていた。
休憩がてら足を止め、追尾対象の位置を探査する。
俺は、背中側、腰に刻印された魔術式へと意識を向けた。
すっと精霊力が流れ込んでいく。
振り向いて確認せずとも、光が模様をなぞるのを感覚で捉えていた。
式を解き完成する一瞬、冷たい風が吹き抜けるような感覚が走る。
発動の成功だ。
印の発する信号が強まる。
さらに力を集めると、印は痛むほどに脈動し、示す先を訴える。
痛みに怯まず、その告げる先、情報を得ることに集中する。
発動した印を通した精霊力を、信号へ絡ませ、辿らせる。
光の糸は、どこかを探るように伸びていき、しばらく進むと四散した。
その方向に目を据える。
前回確認してから、大きな進路変更はないようだ。ひとまず安心する。
「やや南西にずれたな。帝都に向かっているのか」
思い当たることを、呟いていた。
精霊力の流れを止め、発動を解除する。
道の端に腰を下ろすと、古い地図と、保存食を取り出した。
実のところ、距離がどれだけ離れているのか、印の発する信号からは分からない。
大体の方角が分かるだけだ。
ただ、これまでに調べた方角の推移と、街道の道筋が一致しているように思えた。
先週確認した方角との差異も加味した判断だ。
あの時に、手前の町を訪れ、滞在しているとすると計算が合う。
確実ではないが、ある程度仮説を立て、旅程を変更する。
硬い保存食を齧りつつ、地図に視線を落とす。現在地から帝都までの道のりを目で辿った。
先週、対象が寄った小さな町。
俺は、とりあえずそこを目指すつもりだ。
そこから帝都の方角を辿ると、間にもう一つ町がある。
途中、巨大な岩棚が遮っている為、街道は大きく迂回して、その街へと続く。
岩棚の手前では、別の道へと枝分かれしているが、経過日数を考えれば、そこはもう通り過ぎているはずだ。
先程の確認では、この町を示しているように思えた。
この分だと恐らく、対象は明日にでも町へ入るだろう。
なら俺は、その町に寄らず、帝都を目指すか。
対象が、引き返すなり進路変更するかもしないと考えると、無駄になるだろうか。
今から追ったところで、追いつく頃にはまた別の場所へ移動しているのだろう。
移動の跡を追うことも、何かの手掛かりにはなると思いたい。
まずは、最初の小さな町へ向かう。どの道、補給した方がいい。
自分が何を追っているのか分からない。
出来れば、場所であって欲しかった。
残念なことに対象は移動している。
ということは、誰かの持ち物か、『誰か』がそれである。
どちらにせよ、面倒なことだ。
町を経由しながら街道を進んでいるなら、ほぼ商人で間違いないだろう。
対象が『物』ならば、売り物の可能性が高い。調べるから貸してくれといって、通じないだろうし、買える値段とも思えない。
しかしこの道中でも、結構な時間が経っているのを考えれば、商人自身の持ち物という方がしっくりくる。ますます見知らぬ人間に貸してくれるはずもない。
やはり、対象は人間と考えるのが自然だろうか。
一番面倒だ。
人間だったら。
何か俺に関係する、原因なりがあるはずだ。
それは、どう考えても体の印しかない。
そして印といえば、トルコロル共王国に関係する。
滅びた祖国の関係者か。
これまでに知った俺以外の生き残りは二人。どちらも、王の印を持つ者だった。
現在追っている誰かも、印持ちなのか。
いや、それなら印を持つ女騎士と会った時に、何か反応があったはずだ。あの時既に、精霊力に変化はあったのだから。
祖国と関係ないなら、全く見当が付かない。
大体、俺だけが対象を感知しているのか?
相手が俺から逃げているという可能性は、今までの動きから考え辛いか。
誘い込んでいるという線、もないな。悠長すぎる。
そもそも、俺が感知出来るようになったのも先週だ。
知りえた幾つもの情報や、条件を当てはめてみる。
まあ、特に答えは出ない。
ひとしきり考えると、頭はすっきりした。
気分は晴れないが、それは仕方がない。
飯を食い終わり、ぼんやり眺めていた、今のところは役に立っている地図を鞄に戻す。
随分昔に買った古い地図で、地形や、町等の大まかな拠点はともかく、細部は変わっていてもおかしくない。
それにアィビッド周辺の大雑把なものだ。
追跡対象が商人と仮定して、どういった類の商人かもわからない。
ある地点からある地点まで、仕入れをするだけの店持ちの商人でないのは確実だ。
行商して廻る商人とする。だがそれは国内だけなのか、国外も含むのか。
地図の問題はその点だった。
国外を出るようなら、その地図を入手しなければならない。
帝都へ行くなら、確実に向かってくれた方が都合がよい。
なんでも手に入ると評判だ。外からの行商人も多い。国外の地図も手に入るだろう。
うっすらと都の記憶をなぞる。
ぼんやりとした光景の中には、一面赤煉瓦の壁が広がっている。
馬車がすれ違えるほど幅のある本通り。そこに建ち並ぶ、三階以上ある家々。突き当たりに、立ち塞がる城塞。その広大さに驚いていたような気がする。
全ては、子供の頃のことだ。
帝都へ向かうとしても、もっと先の話だ。
まずは、小さな町へ向かう。手掛かりの第一歩だ。
立ち上がると、再び街道を進んだ。
ここから先は、未知の領域と感じる。
護衛依頼でもなんでもなく、一人で歩く、旅の始まりだった。




