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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
一章 旅立ち

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十七話 餞別

 目を覚ますと、見慣れた屋根裏の光景が目に飛び込んだ。

 久しぶりによく休めた気がするのは、旅から戻ったためだけではない。不調に関する手がかりが得られたことで、精神的な負担が減ったためだろう。まだ日は昇る前だったが、体のだるさもない。

 着替えながら、本日の予定に思考を傾ける。少しずつ謎の目標物を追う計画は破棄し、長旅の覚悟をした。今日は、その準備に充てるのだ。


 まずは部屋を片付けることから始めた。寝台から上掛けなどを剥がし、水瓶と共に水場へ運ぶ。それらを洗って干している間に部屋を掃除した。

 掃除を終えると、荷物の整理をするが、大して物はない。部屋で使うものは、そのままにしておく。着替えと修繕道具など、旅に必要な物だけ幾ばくか取りまとめ、寝台の上に集めておいた。


 それから、もう午前も半ばだったが、組合へ出かけるため店を出る。最後の小銭稼ぎでも出来ればと考えていた。


 ふと足を止め、振り返った。

『ユテンシル道具店』

 そう書かれた小汚い看板を目に留めると、背を向け道を急いだ。



 組合の扉が開け放たれた入り口を通る。

 入るなりカウンターに目を向けると、いつもの受付が俺を横目にし、書類を選別しだした。

 なるほど、俺が入る時には既に確認していたのか。

 そういえば、入るなり目を向けたことはなかったような気がする。

 朝は大抵、頭が重かったとはいえ、周囲に散漫なのはまずいだろう。街の外ならばなおさら。頭に注意事項を書き留めながら近付き、足を止めると同時に声がかけられた。


「ここのところ遅出ね。短期依頼は、明日からならあるわ。臨時依頼でよければ、午後中の配達仕事があるわよ」


 掲示板があるというのに、俺は聞く方が早いからと直接に話を聞き、請け負っていた。その代わり内容に文句をつけたことはなかったが、彼女が把握してくれるに任せて甘えていたことには違いない。

 別に俺だけではなく、長年通っている者へはそうだから、これまでは気にも留めていなかったんだ。

 優秀な受付係だと改めて思う。


「選択を間違ったかしら」


 いつもなら、すぐに返答する俺が考え込んでいるのを見て、彼女は後がつかえてるのよと言わんばかりに促してきた。朝も遅いから、他に待っている者はいない。

 事務的な受け答えに徹する主義らしいが、これが彼女なりの、常連と交わすささやかな軽口だった。


「あんた、何て言ったっけ」


 受付嬢は、わざとらしく眉だけ上げると、自己紹介をしてくれた。


「あら、覚えてくれる気なんかないと思っていたけど。はじめまして、ニストよ」


 はじめましての皮肉に苦笑する。


「悪かったな。ニストさんか。臨時依頼を受けるよ」


 彼女はにこりと笑顔を作り、依頼書と控えの二箇所に決定の判を押す。

 その依頼書を受け取ると、外へ出た。



 臨時依頼があって助かった。革製の鞄を買うつもりになっていたんだ。

 長旅に出るなら、あれがあった方がいい。体への負担も減るだろう。


 衣料品店に来ると、鞄の並んでいる一角へ直行する。

 良さそうだと思っていた数種類の中から、背中に収まる大きさのものを選んだ。底板などが入っておらず、平たく出来るのがいい。

 さらに 食料品店で保存食などを買い足すなど必要な物を手に入れると、一度、荷物を置きに部屋へ戻ろうと通りへ出る。その足は、ゆっくりと進む。


 しばらく見納めだ。町並みを、よく覚えておきたかった。

 感傷に浸っているが、あっさり探し物が見つかったら笑い話だな。

 そう思いながらも、脳裏に刻むように見渡す。平和で、穏やかな気持ちをもたらしてくれる景色だ。いつでも帰って来れるのだからと、気楽に捉えることはできなかった。

 笑い話になってくれるなら、それでもいいだろう。

 何事もなく終われば、それでいい。




 午後の依頼前に食事に向かう。


「また来てね!」


 食堂への小路へ入ると、よく通るディナの声が聞こえてきた。既に店内は満席で、道端に並んだ席へ座る。


「護衛依頼? 最近外の仕事増えたね。借金でもできたとか?」


 街の外に出ていたのを聞きつけたのか、ディナは茶化してきた。しかし代金と注文を受け取ると、俺の答えを待つでなく他の客へと食事を運びに戻る。いつものように慌ただしい。

 この喧騒が懐かしくなるだろうな。


「南瓜おまけしとくね」


 料理を運んできたディナの言葉に、参ったなと思う。今日の体調は幾分ましだと思っていたが、まだ疲れて見えたのか。去ろうとするディナに急いで声をかけた。


「野菜、ありがとう」


 仰天したように、彼女はその場でくるりと振り返った。


「イフレニィが、喋った!」


 両手で頬を包むようにしながら、大げさに驚いている。


「なんだそれ。いつも喋ってるだろ」

「あはは、からかってごめんね。……どういたしまして!」


 ディナは、俺の感謝に答えると、軽やかな足取りで仕事に戻っていった。

 少しばかり気恥ずかしく思いつつ、その姿を収めると、目の前に置かれた料理へと視線を落とす。

 いつも、かきこむように食っていた料理だ。よく味わうと、単純な味が、やけに美味く思えた。

 元気な笑顔の看板娘をもう一度目にすると、店を後にした。



 配達の依頼は、重いが量はなく、日が傾く前には終えていた。

 その代金を手にし、部屋に置いてある蓄えから、少し足して分けておく。

 それから、ベッドにまとめておいた荷を詰めに取り掛かった。


 買いたての鞄は、まだ硬さがあるが、さすがに高いだけあって作りがいい。

 旅仕様なこともあり、身に付けるための帯革も、複数の形状で使用できるよう、取り外せるようになっている。あちこちに帯通しが取り付けてあった。

 すぐに形状を変えられるものではないが、腰に巻いて下げる用にも、肩から斜め掛けにもできる。とはいえ、食料や水が嵩張って重いため、無難に背負えるようにして使うことにした。


 体の半分ほどを覆える厚手の布を、鞄の幅に合わせて折りたたみ丸める。それを鞄の外、かぶせ蓋の上から紐を通し、縛って固定する。背負っても揺れが少ないように、なるべく平たく均一に物を詰めていく。

 底には重い保存食から。着替え。各種道具類。予備の小刀。適当な端切れ。

 符のように、すぐに取り出す必要がありそうなものは、数枚を懐にしまい残りを腰の帯に取り付けた小さな皮袋に詰めてある。


 他に必要なものは無いか部屋を見回した。

 窓際に置いてある曇った鏡を手に取り、おっさんから買った布の小袋に入れて鞄の背側へ詰める。これで最後だ。


 失くすときは失くすもんだし、荷物は少ないほうがいい。

 鞄は符の次に高価な買い物だったが、どのみち今後しばらくは食堂で毎日食事をとる必要はない。酒場に行く機会もない。酒自体も、少しでも荷を軽くするため持っては行かない。金を使う機会は減る。

 それは、家賃もだ。


 旅立つ準備は整った。

 後は、おっさんに話すだけだ。


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