表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
終章 終焉と新たな未来

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

136/137

鏡の中の顔

 俺は憂さを晴らすように、再興に向けて取り組んでいた。

 やることも、やれることも幾らでもある。

 それが今はありがたかった。


 伝達の手間を省くために、会議場の広間で、書類関係の仕事を片付けていた。

 図面など大判のものを一々確認に来たり、人に尋ねるのに行き来したりが面倒だというのもあった。


 休む間も惜しんで没頭する。

 書類仕事をしていると、オグゼルのぼやきを思い出した。

 今では、よくよく気持ちが分かる。

 俺も体を動かしている方が好きだから、同じ忙しさでもじっとしてるのは苦手だ。



 女騎士が飲み物を運んできたのを見て、手を休める。

 俺が茶を啜ると、女騎士は言いにくそうに切り出した。


「こう言っては、気分を害されるでしょうが……貴方は時々、とても冷たい目をされるようになりました。あまりに働きすぎではないかと、心配しております。もちろん、それで私達の忠誠が変わることはありませんけれど」


 何を言い出すのかと思えば、お小言か。


「心配なら、国の先行きにでも向けてくれ。俺達は、印持ちを含め、政治の素人もいいところなんだ。いつまでも、他国に援助を求めるわけにもいかない。このままでは、ただの傀儡になる」


 特に帝国なんぞは、あからさまに恩を売ってきている。

 今のところは間接的な利用をされている程度だが、それ以上踏み込む様子を見せる前に牽制の必要があった。


 間接的な利用とは、帝国がトルコロル再興のため、いかに寄与したかといった類の宣伝だ。

 三王の内、二人を守り育てたと、殊更に吹聴してまわっていた。


 完全な嘘ではないが、それだけで他の国々にどう思われるか想像がつく。



 再興に、とんでもなく手を借りたのは事実だ。

 国内で不満が起きてもおかしくないだろうほどの、支援を得ている。

 だが俺達が止めていなければ、いずれは全てを呑み込まれたかもしれないと、少なくともお偉方連中は知っている。

 失っただろうものと引き換えるならば、安いもんだろう。

 命があるだけましともいえる。


 今はまだいい。

 作戦に参加した者達にしか、あの精霊溜りの規模と恐怖は理解できまい。

 その彼らが、あれを止めたのが俺達だと、少しでも感謝してくれている間は急な変化はないはずだ。


 俺も、危機を退けた中心は、間違いなくトルコロルであると強調している。

 人々の中に、あの記憶が残っている間は、せいぜい対抗させてもらうさ。



 正直なところ、回廊さえ止められたならば、この地を奪うことなど容易く思えた。

 貸しを作りまくり、他の小国が靡いている今の帝国ならば、そんなことなどお構いなしに踏み込んでくるのではないか。

 そう考えもしたが、さすがに、時期がまずいと踏んだのだろうか。


 もちろん、あちらの内情のことだ。

 かなり疲弊している筈だからな。

 流通の制限やら、無理を押してきたのを旅の間にも見てきた。




 そんなことを考えながら、現状は都市機能の回復に全力を傾けていた。

 しかし、そろそろ中のことは人に任せて、俺は外への対処に回りたかった。

 だから女騎士と小僧を呼んで、指示したのだが。


「内政のことはお前らに任せる。そっちは学んできただろうからな」


 俺はしばらく、外の国の動向へと注視したいと説明した。


「な、なぜ、そのように思われるのでしょう?」

「大任にお応えすべく、これから研鑽して参ります」


 これからって、なんだよ。


「まさか、学んで、ない」


 二人は面目無さそうに首を竦めた。


「戦い方しか、学んでこなかったというのか。俺なんかと違って、腐るほど時間も金も環境にも恵まれていた、お前らが」


 女騎士の方は、他国の軍隊で育った。

 帝国も貸しは作りたいが、あまりに有用なことを学ばせるとは思えないからまだしも。


「小僧……お前、爺からも他の誰からも、何も言われなかったのか。それとも言わなかったのか」

「もっ申し訳ありませんッ!」

「お前らは国を治めたいのか、それとも戦争でもする気だったのか!」


 あんの、くそ爺。

 適当すぎるだろ!


「次に会ったら、口髭がなくなるほど引っこ抜いてやる……」


 さらに萎縮する二人を素通りして、爺へ怒りを燃やした。



 腹を立てても、この窮地はどうにもならないのは分かっている。


「印持ち召集だ。会長に金勘定大臣にでもなってもらう。旅人組合から引っ張ってきたやつもいたな。使えそうな人材を片っ端から拾い上げるぞ」

「はいッ!」

「ただちに」


 なんで俺がこんな苦労までしなきゃならないんだよ!




 頭使うことなんか任せて、力仕事にでも没頭できるかと思っていたらとんでもない状況だった。

 いつになったら広間での会議から解放されるんだろうな。

 初めが大変なのは仕方のないこととはいえ、うんざりする。


 適当な役職を任命した印持ち達が、喧々諤々と意見を戦わせる。

 印持ちのほとんどが俺より年上だし、人をまとめる立場ですごしてきた者ばかりだ。

 決め事に慣れているのは目に見えて分かる。

 意見を戦わせつつも、採択や決定も素早い。

 擦り合わせに時間を取られるのは、実際どう実行していくかの段階だからな。

 ただ、規模がでかすぎた。


 文書はあっという間に山となり、決め事は果てがないように思われる。

 捌く人の手が足りな過ぎる。

 溜息をついて手を掲げると、その場は次第に静かになった。


「午後まで休憩する。きちんと頭を休めろよ」



 そう言って、俺は広間を出た。

 城へ戻ろうとする後を、女騎士と小僧の二人がついてくる。


「国境警備体制についても大体まとまりましたね。私も指導のためにしばらく空けます」

「その間に必要あれば、私にご指示ください!」


 政の方はともかくとして、軍方面は女騎士へ任せることにした。

 印持ちの元警備兵も供にさせる。

 足りない経験は補ってくれるだろう。


 国境の警備か。

 多くの国が目的を一にして戦ったというのに、それがなくなった途端に隣近所からの襲撃に備えなければならないなんてな。

 それが国を保つってことなんだろうが。

 まだそこまで割り切れない。


 国同士といえば、気懸かりがあった。




 謁見の間の前には、町を見渡せる張り出し部分がある。

 そこで足を止めると、女騎士を見据えた。


「アィビッドに恩があると言ったな。髭面とは師弟関係。それで、敵対できるのか」


 情で口出しをするようならば、許しはしない。

 今の信用度合いですら、なくすと思え。


「……港で師匠とお別れした際に、不覚にも涙を見せてしまいました。それは、敵対の道もある別れだったからです。それでご判断ください。そして今後の行動によっても。言葉にすれば言い訳めいてしまいそうですから」


 俺に付きまとい始めてから、変わらない態度がそこにはある。

 それが、俺がどうのではなく、自身の信念から来ているのだと告げていた。


 現実に相対した時、どうなるかは分からない。

 しかし今はそれでいい。


「もちろん、そうならないように動くつもりだ」


 そこで、二人と別れると謁見の間へと引っ込んだ。





 謁見の間とは名ばかりの、俺の部屋となりつつある。

 玉座の操作盤から、国境付近の防御式を確認にしてまわる。

 そうしながらも、先ほどのやりとりからの憂鬱な気分を払えないでいた。


 女騎士へ言った言葉は、俺自身にも当てはまる。

 コルディリーの皆を、敵として目の前に立たされたら。


「今の俺は、戦うんだろうな……」


 最悪の事は想定しておいたほうがいいとはいえ、囚われすぎてもだめだ。

 考えを変えなければ。

 せめて少しは明るい未来のために。





 ある程度、町を整えると、再興記念式典を行うことにした。

 さっさと世界に向けて、独立した国だと報せておくのが目的だ。


 周りから、父が着ていたような白い外套を着るように勧められた。

 それに大きな鏡も用意すると言われた。

 身だしなみに気をつけろということなんだろう。


 それでも俺は相変わらず、旅人の外套を羽織ったままだ。


 未だに俺の荷物といったら、旅立つ際に買った革製の鞄に納まる。

 丸めて底に突っ込んであった、ぼろぼろのシャツを取り出した。

 セラが繕ってくれたシャツだ。

 いだ場所から生地が引っ張られて穴が広がり、糸は飛び出しほつれている。

 もう着れるような段階ではないので、今着ているシャツは、この町で新たに新調した。


 布を広げると、手の平に納まる大きさの、丸っこい曇った鏡が姿を現した。

 まともに稼げるようになって、自分が使う物は自分で買おうと、少しずつ揃えていった中の一つだ。

 雑貨屋で買ったんだったか。

 それから、ずっと、冴えない俺の顔色を映し続けてきた。


 一日の予定を考えるでなく考えつつ、顔を拭っていると、ぼんやりする頭がはっきりしてくる。


「俺には、これで十分だ」




 今日は日差しが強い。

 曇った鏡でさえ、自身の顔がはっきりと映った。


 そこには、いつか見た色がある。


 胸を痛めて見上げた、母と父の目。

 鏡の中には、記憶の中の二人と同じ表情が、映っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ