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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
三章 荒城の海

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百二十七話 塔の記憶

 意識が遠のいたのかと思ったが、すぐに目蓋を開く。

 目に映ったのは、玉座と床の魔術式だけだった。


 俺以外に人はいない。

 他の奴らが消えたのか、俺だけがどこかへ来た。


 玉座周りしか見えないため、暗いのかと思ったがどうも違う。

 天井を見上げると、何かが動作を始めていた。

 それに呼応するように、床の魔術式が展開を示して浮かび上がる。


 すると、白く淡い光の空間へと変わった。

 化け物の前で、女騎士と小僧から力を奪い取ろうとした時に見たものと、同じ空間だ。




 塔がゆっくりと、回転するような感覚。

 なんらかの情報を呼び出して、運んでいるようだ。

 螺旋を描きながら、下りてくるのを感じていた。


 その情報は、精霊力として床の式へと流れ込み、なぞっていく。




 発動の光と共に、流れてきたのは、あの異変で起こった記憶。

 いや、記憶のように頭に浮かぶのではなく、その場に再現されていた。


 城の人間達が生きていた時代が、目の前にある。

 本物がそこにいるようだが、手を伸ばすとそれらは透けていた。


 精霊力の光を制御し、陰影によって再現しているんだろうか。

 仕組みについてそんなことを考えるのは、セラに毒されたからだろうな。


 冗談で誤魔化したかった。

 目の前の光景は、とても、まともには見ていられそうになかった。




 塔をじっと見ると、様々な術への対抗式が蓄積されているんだと分かった。

 この地を定めたときから、受け継ぎ、継ぎ足してきた情報の渦。


 能力を分散して、危機を回避する?

 違う。

 これの、本来の機能は――。


 記録の波が押し寄せ、呑まれていく。

 溺れるような恐怖に逃げだそうとしたが、まるで体が存在しないかのように、動かせなくなった。

 否応無しに、蓄えられた情報が押し付けられる。


 心から知りたくなかったことの全てが、ここにあった。




 異変で、この国に何が起きたのか。


 おかしいことばかりだと思っていた。

 バルジーは、砂のように町が崩れたと言った。

 トルコロルから生き延びた民は、光の矢が降ったと言った。


 町の者たちの死は、無残に切り裂かれたため。

 なら、この守られた城内で何故、人が死んだ?

 なぜ守られる筈の、印持ち達が死んだんだ。


 それらの答えが、目の前に再現されていた。





「災禍がもたらされる」


 主王がそう合図をし、三王は、それぞれの城に持つ式を展開した。

 それから各家に連なる継承者達からの、補強の式が重ねられる。

 最後に、それらを融合させたものを、主王は王城全体へと発動した。


 丘全体を囲むような城壁が、白く輝く。


 続いて町の中からも、それを補強する式が、次々と発動していく。

 発動の光は、導火線から散る火花のように連なり、重なり合って光度を増していく。

 集まった力は、城のある一点に到達し、集約された。


 全ての軸となる、主王の玉座へと。



 町全体で構築された、破るなど不可能に見える、鉄壁の防御式。



「今の内に、民への避難誘導を!」


 城内の誰かが叫んだと同時に、爆音が届いた。

 港側が吹き飛ぶ。


 あまりに異変の衝撃は強く、到達は速かった。



「全ての印を開放する」


 通常であれば、余力を残さねばならないところを、主王は躊躇無く規模を見定めた。

 生半可では退けられないという、気迫が伝わってくる。


 守りをより強固なものへと高めるために、国内に存在する継承者全ての印を繋いだ。


 このせいだった。

 守られた城内であろうと、誰もが命を落としたのは。

 特に継承権上位の城住まいだからこそ、その身に持つ印は、国を守るために容赦なく発動された。

 それでも受け止めきれずに印は破壊され、血を流し、悉く亡くなっていった。




 防御陣円の外側から、甲高い音が王城へ迫る。

 破壊音だ。

 展開し発動されるそばから、粉々に砕け散っていく。

 町は、人々は――防御が破られ、砕けた端から、光の粒子となって消えていく。


 圧倒的な衝撃波と、それを打ち消す魔術方陣。

 拮抗する力で、空間全体が、震えていた。


 軋むような音を立て、弱い場所から防御は弾けていく。

 それが、別の悲劇を見せた。


 防御の破れた隙間から、破片のような光のつぶてが、矢のように降り注ぐ。

 礫は人々の体を切り裂き、穿ち、飛び散る。

 悲鳴。

 苦しみ、のた打ち回る、血にまみれた穴だらけの肉体。

 嗚咽。


 亀裂から、異変の衝撃は生きているかの如く、身をうねらせて入り込み、町を蹂躙していった。




 悲鳴を聞きながらも、防御構築に全霊を傾け続ける王の頭上に、とうとう衝撃が届いた。


 玉座の真上。

 天井画を食い破り、砕けた石の破片が散る。

 走った亀裂を、主王は見上げる。


 玉座へ向かって、黄金の光の筋が差し込み、さながら荘厳な宗教画のようにも思えた。



 そんな光景から、またたきの後に飛びこんできたのは――手、足、胴と鮮血に彩られていく王の体。

 長槍のような幾筋かの光が、主王を貫いていた。


 白い髪も、赤く染まっていく。


 そこで光は、動きを止めた。

 王が震える手を翳し、防御方陣を、完成させていた。

 その後、十年に渡り、城を守り続けた防御だ。


 荒い息遣いの中、絞り出される声。


「元老、は」


 倒れていた側近は、王同様に血にまみれた震える手を、玉座そばの転話具に伸ばす。

 這いより、どうにか接続すると、事切れた。


『無事か……ノンビエゼ王よ!』


 聞き覚えのある声だ。


「この国、この血に連なる者の後を、頼む」


 主王ノンビエゼ王は、未だ立っていた。

 全ての衝撃を引き受けて、なお。


「この記録を生き残った者へ届――」


 さらに体の傷が広がる前に、王を支えていた精霊力は、雪崩の如く崩壊した。


 王は全ての力を、世界へ向けて放っていた。

 同時に体も掻き消えていく。

 砂が、風に流れていくように。


 そして再現されていた記録も、雪のような光の粒となり、解けて消えた。




 最後に王の放った力、その衝撃は身に覚えがある。


 そうか、あれが……あの時に受けたものだったのか。

 父が血を流し、俺にも届いた痛み。


 今なら、伝えられたものの正体が分かる。

 それは王が託したものだ。




 後には、浮かび上がる魔術式と、俺だけがある。


 床を見つめる。

 この魔術式は、ただの防御ではない。

 異変の質を、書き換えようとしていた。


 光の符を使って精霊溜りを吸い出し、変換していく事の、一歩先。

 直接働きかけ、解体していくんだ。


 空の帯から降る精霊力とは、違う質を持った回廊。

 その情報を収集、分析、解析、ふるい、再構築する――それらの情報を、俺達は受け取った。



 回廊のあれに対してだけは、それまでの魔術式では対抗し切れなかった。

 主王の印を持つ者達が死に絶え、俺でなければならなかった理由は……。


「なんでだよ……なぜここまで、しなきゃならない!」


 主王の印持ち達へと、継承順に情報が送られ、徐々に最適化されていった。


 恐らくこの世に存在する、どの要素とも異質で。

 最後の俺で、ようやく、完了したんだ。



 あれの解法を知っているのは――俺だけ、この体だけだ。





 ど……か……!

 めを……おうよ……!

 

「主王よ、どうか、目を覚ましてくださいッ!」


 見覚えのある顔が、目の前にある。


「ああ、大丈夫ですか! 良かった……どこか痛みますか?」


 どの顔も、青褪めて見おろしている。


「急に起き上がっては、体に障ります」


 誰かが触れた手を払い、上体を起こす。


「あれを、見たか」


 言いながら、体を支えるために床についた手の平へと、精霊力が伝わる。

 床の魔術式。


「こんな、もののために……」


 皆は――父さんは、死んだのか。



「意識をなくしても、私達は無事だと分かりました! だから、どうか休んでください」


 小僧の言葉に、疑問が湧く。


 俺は、本当に意識を失っていたか?

 夢のようだったが、過去の記録を、確かに見せられた。

 主王の力を継ぐ者が訪れた時に見せるよう、用意されていた魔術式だ。


「何を、見たのです」


 無駄に察しがいい女騎士の問いは、先ほど質問したことの答えになる。

 確かにここで再現されたものが、こいつらには見えなかった。




 化け物たちが、主王だけが受け継ぐ類のものがあるはずと言っていた。

 これが、そうなんだろうか。


 まだ過去の異変を見せられただけだが、きっと国の歴史の分だけ、記録が溜め込んであるに違いない。


 そうだ、化け物は古い記憶がどうのとも言っていたな。

 何百年も生きてるのかよと、冗談で思っていたが、こういうもんのことだったんだ。




 ゆっくりと立ち上がり、床を見つめる。


「あの、本当に大丈夫ですか?」


 心配しなくとも、お前達の望む『主王』は、無事だ。


「睡眠は大事だよな。寝てくる。お前らも休め」


 不思議そうな顔をして、どうしたものかと俺を見ている。


「寝ても問題ないと、こいつが教えてくれただけだ」


 詰め寄られるのも面倒だ。

 俺は玉座を指し示した。


「もしかして、それは」

「主王と認められたということですかッ!」


 嬉しそうな二人の声に、不愉快な顔を見せたくなくて背を向ける。

 印持ち達が待っているだろう、階下の広間へと急いだ。




 回廊へ対抗できると分かったんだ。

 それくらいは、喜ぶべきだろうな。


 あとは、回廊を片付ける方法。

 記録の通りなら、連れてきた印持ち全員で、式を構築することになるだろう。

 それでも、駄目だったら……。


 この場所へ連れてきたことで悩んでいたのが、馬鹿みたいに思える。

 次は本当に、俺自身の意思で、手をかけることになるかもしれない。





 広間の入口で、足を止めた。

 皆が疲れた顔だが、懐かしさや、戻ってこれた喜びのせいか、緊張が解けているようだった。

 いつもなら、気軽に触れない、昔話を交換している。



 違う……駄目だ。

 あの記録は、前回の失敗なんだ。

 同じ事を繰り返していいはずがない!


 あれは、前主王の選択だった。


 俺は、俺のやり方を選ぶ。


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