百二十六話 玉座
ようやくの思いで、丘を登りきる。
だが息をつく暇も無く進む。
少しでも早く、城を見たかった。
「城門の一つが開いているはずです」
城の警護に当たっていたという男の案内で、その門へと向かう。
分かり辛い場所に、腰をかがめなければ通れない片側扉があった。
城門を抜けると、土の広場が目に入る。兵の修練所だったのだろうか。
苔むしたような草が生え、それすらも疎らに枯れ、茶色くこびりついている。
「まずは、休める場所を探したい。そうだな、主王城に向かおうか」
外からは、輪のような城壁の中に、三角を描くように城砦があるように見えたが、実際には主王城がやや中心に寄っていた。
本格的な捜索の前に、全員荷を置いて休める場所を探したほうがいいだろう。
何しろ、多めに持った水が重い。
井戸も川も、問題ないとは言えないからな。
「爺聞こえるか。着いたぞ」
『ぬがっ……何か失礼な単語が聞こえたような』
「寝てたのか。夢だろ。それより城に着いたぞ」
『おお、おお、よくぞご無事で』
「無事に済むかどうかは、この後次第だ。また連絡するから寝てくれ」
城内は思ったよりといっていいのか、綺麗だった。
精霊溜りのせいで、虫のようなものすら生息は難しい。
そのためか、埃も少ない。
「懐かしい」
そう口々にしている者が多かった。
感極まり、咽び泣く声も聞こえる。
印持ちばかりなのだから、城へ呼ばれたことがあったり、働いていた者が多いのは当然か。
会長のように、印持ちでありながら、一般市民として暮らしていた者の方が珍しい。
俺は、あのまま育っていたら、どうしていただろうか。
継承順位の低さから、父の後を継ぐことは出来なかったはずだ。
経験を買われて、外交官を継いだ他の奴の補佐にでも、されていたかもな。
子供の頃を思い出すと、国に対しては不愉快な気持ちばかりが浮かんでくる。
案内役の後について通路を進みながら、城の端々に注意を向けた。
「意外と綺麗だな」
幾人かが、しみじみと当時の事を話し出した。
「異変後に戻って、片付けたのですよ」
「町のあちこちには、判別の難しい御遺体も多かった……泣く泣く火にくべ、まとめて埋葬しました」
そんな事は初耳だった。
「異変の衝撃で消滅したとかじゃなかったのか」
首を振って否定する。
「生き延びた者達の話によると、異変の直前に、城より避難勧告が出されたそうです」
だから、あれだけの国民が生き残っていたのか。
「逃げながらも町を振り返ると、光の矢が降り注いでいたとか。恐らくそれが、人々の命を奪ったのでしょう」
「……知らなかったよ」
「彼らも多くは語りませんからな」
最も年嵩の男が話を続ける。
「城内も、高貴な方々が無残に倒れ伏しておりました。あまりに多く、十分な弔いもできんかったのが、心残りです……」
会長は男を慰めるように言った。
「すぐに精霊溜りが町を覆いましたから、埋葬が間に合っただけでも良かった」
俺が忌み嫌っていようと、ここが生活の場だった者達がいた。
せめて、彼らの前では尊重しよう。
会食用に使われたという大広間に案内された。
これなら全員が雨風をしのげて休める……雨が降るのかは分からないが。
ようやく荷物を降ろし、肩を解した。
「少し、お休みになられてはいかがですか」
「目が真っ赤ですよ」
女騎士と小僧も気が緩んだのか、荷を下ろすと安堵の色を見せた。
「お互い様だ。お前達は休んでいろ」
会長と城内を知る案内役を呼んだ。
「外の様子を見たい。疲れているところ悪いが、見渡せる場所への案内を頼む」
「それなら私も行きますッ!」
小僧と女騎士もついてきた。
憧れの場所だったようだし、期待に輝いている。
陰鬱な気持ちの俺とは違って。
「なぜ溜息をつくんです! そんなに邪魔にしないでください」
「ただの疲労だ。置いていくぞ」
目の下に隈を作っている割には、元気そうだ。
空元気かもな。
冷たい石の階段を登り、一階の天井部分となる場所に、手すりのついた開口部があった。
城下町を見渡せたという、張り出し窓。
その手すりまで近寄り、町を見た。
王都か。行き場の無い、かなりの精霊力が漂っている。
霞の中に、町の輪郭が浮かんで見えた。
雲の中に町があるなら、こんな感じだろうか。
回廊側の空を見ると、霞みがかった、金色の光が満ちている。
それは、すぐ側にあるかのように。
魔術式の発動と、同じ色だ。
ならばあれが、精霊溜りの中心なのか。
廃墟となった王都を見下ろすと、誰も言葉を継げなかった。
自然と黙祷を捧げていた。
全てのことが頭を駆け巡っていった。
今までの身の回りで、当たり前で些細なことから、体を含めて大きく変わったことまで。
それらは爆発的に、一点の関わりへと収束していく。
確かなことは、この城。
この魔術式に繋がっている――。
「不思議なものですね。あんな荒地の中を、ここまで形を保っているなんて」
感慨深げな女騎士の呟きに、目を開いた。
どこまでも楽観的なようだ。
全てが消滅してしまうよりは、まだ残っているだけましか。
本当に、そうなのだろうか。
次に、どうするべきか。
ここまでは、どうにか辿り付けた。
最も重要な手掛かりは、主王城にあるとは思うが、三箇所を手分けして探索した方がいいだろう。
「俺は主王城をこのまま探る。手分けしてもらいたいが、」
「無論。お付き合いします」
「護衛として離れるわけにいきません!」
面倒な。
「まずは、仮眠を取ってください。疲れていては、大切な事を見落とします」
会長の忠言。
「しかし、」
「この城が、答えではありませんか?」
例え人の意思が介在せずとも、発動し続けている。
そう言いたいのだろう。
「歴代の王が、そのような単純な事柄に思い至らないはずはありません。きっとお休みになられても、大丈夫ですよ」
それは、全くその通りだとは思う。
まずは、守りを固めなければならない。拠点が必要だ。
古都の王の古い記憶にあったという、古の守り。
「玉座へ挨拶にでも行くか。それから寝るよ」
小僧はあからさまに、ほっと息をついた。
もう、どのみち限界のようだな。
尖塔内に、謁見の間はあった。
四方に窓が設けられ、城下町方面へ向けて、最も大きな扉がある。
全てを開けば、中庭のように明るい部屋となるだろう。
一つだけ異様なもの。
「これは……いや、これだ……!」
叫ばずにはいられなかった。
玉座を中心に、床全体に広がる、巨大な魔術式。
それが、光を放っている!
「なんと、これが真の、王の力か……」
「ここまでのものは、見たことがないッ!」
「力強い、精霊力の流れですね」
女騎士の言うとおり、ここまで力強いのに、外からは感じられない。
この塔そのものも、仕組みの一部だろう。
中心の玉座に、仕組みに関する手掛かりがあるのだろうか。
触れようとして、不安が過ぎる。
これが緊急用の自動防衛機構で、迂闊に触って、王が戻ったと認識してしまったら。
止めてしまうだろうか。
だが、何かに吸い寄せられるように、手を触れていた。
抗うこともできず……先に寝ておくべきだったか。
光に呑まれる。
体がなのか、精神だけか。
全てが曖昧な空間に投げ出されるのを感じた。
これは、印の魔術式を繋ぐときに感じた、空間だ。
それだけが頭を過ぎると、意識は霧散した。




