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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
三章 荒城の海

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百二十六話 玉座

 ようやくの思いで、丘を登りきる。

 だが息をつく暇も無く進む。

 少しでも早く、城を見たかった。


「城門の一つが開いているはずです」


 城の警護に当たっていたという男の案内で、その門へと向かう。

 分かり辛い場所に、腰をかがめなければ通れない片側扉があった。


 城門を抜けると、土の広場が目に入る。兵の修練所だったのだろうか。

 苔むしたような草が生え、それすらも疎らに枯れ、茶色くこびりついている。


「まずは、休める場所を探したい。そうだな、主王城に向かおうか」


 外からは、輪のような城壁の中に、三角を描くように城砦があるように見えたが、実際には主王城がやや中心に寄っていた。


 本格的な捜索の前に、全員荷を置いて休める場所を探したほうがいいだろう。

 何しろ、多めに持った水が重い。

 井戸も川も、問題ないとは言えないからな。


「爺聞こえるか。着いたぞ」

『ぬがっ……何か失礼な単語が聞こえたような』

「寝てたのか。夢だろ。それより城に着いたぞ」

『おお、おお、よくぞご無事で』

「無事に済むかどうかは、この後次第だ。また連絡するから寝てくれ」




 城内は思ったよりといっていいのか、綺麗だった。

 精霊溜りのせいで、虫のようなものすら生息は難しい。

 そのためか、埃も少ない。


「懐かしい」


 そう口々にしている者が多かった。

 感極まり、咽び泣く声も聞こえる。


 印持ちばかりなのだから、城へ呼ばれたことがあったり、働いていた者が多いのは当然か。

 会長のように、印持ちでありながら、一般市民として暮らしていた者の方が珍しい。


 俺は、あのまま育っていたら、どうしていただろうか。

 継承順位の低さから、父の後を継ぐことは出来なかったはずだ。

 経験を買われて、外交官を継いだ他の奴の補佐にでも、されていたかもな。


 子供の頃を思い出すと、国に対しては不愉快な気持ちばかりが浮かんでくる。

 案内役の後について通路を進みながら、城の端々に注意を向けた。


「意外と綺麗だな」


 幾人かが、しみじみと当時の事を話し出した。


「異変後に戻って、片付けたのですよ」

「町のあちこちには、判別の難しい御遺体も多かった……泣く泣く火にくべ、まとめて埋葬しました」


 そんな事は初耳だった。


「異変の衝撃で消滅したとかじゃなかったのか」


 首を振って否定する。


「生き延びた者達の話によると、異変の直前に、城より避難勧告が出されたそうです」


 だから、あれだけの国民が生き残っていたのか。


「逃げながらも町を振り返ると、光の矢が降り注いでいたとか。恐らくそれが、人々の命を奪ったのでしょう」

「……知らなかったよ」

「彼らも多くは語りませんからな」


 最も年嵩の男が話を続ける。


「城内も、高貴な方々が無残に倒れ伏しておりました。あまりに多く、十分な弔いもできんかったのが、心残りです……」


 会長は男を慰めるように言った。


「すぐに精霊溜りが町を覆いましたから、埋葬が間に合っただけでも良かった」


 俺が忌み嫌っていようと、ここが生活の場だった者達がいた。

 せめて、彼らの前では尊重しよう。




 会食用に使われたという大広間に案内された。

 これなら全員が雨風をしのげて休める……雨が降るのかは分からないが。

 ようやく荷物を降ろし、肩を解した。


「少し、お休みになられてはいかがですか」

「目が真っ赤ですよ」


 女騎士と小僧も気が緩んだのか、荷を下ろすと安堵の色を見せた。


「お互い様だ。お前達は休んでいろ」


 会長と城内を知る案内役を呼んだ。


「外の様子を見たい。疲れているところ悪いが、見渡せる場所への案内を頼む」

「それなら私も行きますッ!」


 小僧と女騎士もついてきた。

 憧れの場所だったようだし、期待に輝いている。

 陰鬱な気持ちの俺とは違って。 


「なぜ溜息をつくんです! そんなに邪魔にしないでください」

「ただの疲労だ。置いていくぞ」


 目の下に隈を作っている割には、元気そうだ。

 空元気かもな。




 冷たい石の階段を登り、一階の天井部分となる場所に、手すりのついた開口部があった。

 城下町を見渡せたという、張り出し窓。

 その手すりまで近寄り、町を見た。


 王都か。行き場の無い、かなりの精霊力が漂っている。

 かすみの中に、町の輪郭が浮かんで見えた。

 雲の中に町があるなら、こんな感じだろうか。


 回廊側の空を見ると、霞みがかった、金色の光が満ちている。

 それは、すぐ側にあるかのように。


 魔術式の発動と、同じ色だ。

 ならばあれが、精霊溜りの中心なのか。



 廃墟となった王都を見下ろすと、誰も言葉を継げなかった。

 自然と黙祷を捧げていた。



 全てのことが頭を駆け巡っていった。

 今までの身の回りで、当たり前で些細なことから、体を含めて大きく変わったことまで。

 それらは爆発的に、一点の関わりへと収束していく。


 確かなことは、この城。

 この魔術式に繋がっている――。




「不思議なものですね。あんな荒地の中を、ここまで形を保っているなんて」


 感慨深げな女騎士の呟きに、目を開いた。


 どこまでも楽観的なようだ。

 全てが消滅してしまうよりは、まだ残っているだけましか。

 本当に、そうなのだろうか。



 次に、どうするべきか。

 ここまでは、どうにか辿り付けた。


 最も重要な手掛かりは、主王城にあるとは思うが、三箇所を手分けして探索した方がいいだろう。


「俺は主王城をこのまま探る。手分けしてもらいたいが、」

「無論。お付き合いします」

「護衛として離れるわけにいきません!」


 面倒な。


「まずは、仮眠を取ってください。疲れていては、大切な事を見落とします」


 会長の忠言。


「しかし、」

「この城が、答えではありませんか?」


 例え人の意思が介在せずとも、発動し続けている。

 そう言いたいのだろう。


「歴代の王が、そのような単純な事柄に思い至らないはずはありません。きっとお休みになられても、大丈夫ですよ」


 それは、全くその通りだとは思う。


 まずは、守りを固めなければならない。拠点が必要だ。

 古都の王の古い記憶にあったという、古の守り。



「玉座へ挨拶にでも行くか。それから寝るよ」


 小僧はあからさまに、ほっと息をついた。

 もう、どのみち限界のようだな。




 尖塔内に、謁見の間はあった。

 四方に窓が設けられ、城下町方面へ向けて、最も大きな扉がある。

 全てを開けば、中庭のように明るい部屋となるだろう。


 一つだけ異様なもの。



「これは……いや、これだ……!」



 叫ばずにはいられなかった。

 玉座を中心に、床全体に広がる、巨大な魔術式。

 それが、光を放っている!


「なんと、これが真の、王の力か……」

「ここまでのものは、見たことがないッ!」

「力強い、精霊力の流れですね」


 女騎士の言うとおり、ここまで力強いのに、外からは感じられない。

 この塔そのものも、仕組みの一部だろう。




 中心の玉座に、仕組みに関する手掛かりがあるのだろうか。


 触れようとして、不安が過ぎる。

 これが緊急用の自動防衛機構で、迂闊に触って、王が戻ったと認識してしまったら。

 止めてしまうだろうか。



 だが、何かに吸い寄せられるように、手を触れていた。

 抗うこともできず……先に寝ておくべきだったか。



 光に呑まれる。

 体がなのか、精神だけか。

 全てが曖昧な空間に投げ出されるのを感じた。


 これは、印の魔術式を繋ぐときに感じた、空間だ。

 それだけが頭を過ぎると、意識は霧散した。


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