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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
三章 荒城の海

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百二十三話 進軍

 二日目の朝、船は速度を落とした。

 船員から外へ出られると連絡を受け、甲板へと上がって陸上の様子を伺う。


「とんでもないな……」


 回廊側の空は、一面のもやだった。

 左右、そして天までも、隙間無く立ち込めている。

 以前訪れた時も靄がかっていたが、ここまでではなかった。


 確か髭面が何か言っていた。

 俺達は精霊溜りの中にいるんじゃないかとの問いに、なんと答えていたっけな。

 回廊の上に沸き立つ、積乱雲のようなものはそうだが、これは問題ないと言っていた。


 バルジーも辺りが白く曇ったのを見たと言った。

 この靄が、精霊溜りを形作る際に生まれるものなのは間違いない。


 今まで見てきたちっぽけな奴でも、単に小さすぎて気が付かなかっただけで、同じことが起きているんだろう。




 現在地は、トルコロル領内へは徒歩で半日の距離らしい。


「既にまずい位置まで入り込んでいるんじゃないか」


 化け物は、侵食前線と名付けた精霊溜りの侵食位置は、すでにトルコロル領を越えたと言っていた。


「境界線の位置も様々ですからね」


 俺の呟きに、会長が返した。


 そういやどの辺かは聞いてなかった。

 ただ俺達は陸上を進むし、単に南下するといえば、街道辺りのことだろう。


 甲板上を見渡すと、全員が不安そうに、靄の壁を見ていた。

 あれに思わず目はいくが、俺が気にするべきは上陸できそうな場所だ。


「街道辺りはあの辺だよな」


 海沿いに通っている道といえど、沖合いからは陸地自体がぼやけて見える程度だ。

 船の方に装備している、遠見具を借りようとしたところへ声がかけられた。


「私にお任せを!」


 小僧が誇らしげに道具を取り出した。

 何か色々と落としたぞ。


「こんなこともあろうかと、遠見の魔術式具を用意しました!」


 自慢げだが、通常の軍なら隊に一つは持ってるものだ。

 俺達は民間人の即席部隊だから、その辺の道具は何も用意しなかった。

 幾ら便利でも、使い慣れない道具なんて振り回されるだけだしな。


 元老院育ちの小僧は、魔術式具を使うだけなら問題ないだろう。


 小僧が準備を始めるのを見る。

 遠見の魔術式具は、末広がりの筒型だ。

 筒を伸ばして、覗き穴側の横にある、指先ほどの丸い水晶面に精霊力を流した。

 直径の小さい方が覗き穴で、目元にそれを持っていき、動作を確認している。


 目を離して、それを俺に渡してくる。


「地面が近く見えますが、靄でよく分かりませんッ!」


 意味ないだろうが。


 一応、俺も確認する。

 視界は真っ白だ。小僧の言っていた意味がよく分かった。

 こいつ最大倍率で見てやがった。


 俺は一度目を離し、直径のでかいほうにある、目盛りの輪をゆっくりと回した。


 これだよ。

 便利な道具があっても、使う側の人間が慣れていなければ無用の長物と化す。

 嵩張るだけなら、その分飯でも多く詰めた方がましだ。



 改めて、陸上を見回す。

 程近い場所には、村があったのだろう名残が見える。

 それなりに人の手が入っているなら、歩き易い道もあるはずだ。

 漁村であれば、港があるかもしれない。


 そこから回廊側へと視線を移動する。

 街道から、靄が一段と濃くなる境目辺り。

 そこに見えたもの。


「オグゼルの……言っていた通りだ」


 白い波が、溢れたように地表を覆っている。

 海へも流れ込んでいるが、深さの為か、その場に留まれずに水底へと落ちていくようだ。

 海への進行が遅いという理由はこれか。


 遅いのではない。

 今も、海の底から着々と、世界を溶かしているっていうのか。

 この船も、精霊溜りの上にあったっておかしくない。


「どうされました、顔色が良くありませんね」


 周りに配慮してだろう、小声で話しかけてきた女騎士に、遠見具を渡す。

 見る方向を指差した。


「これは……すでに、こんな状況になっていたのですね」


 息を吸い込み、自身の両頬を叩いた。

 ここまで来たんだ、気合を入れろ。

 船員を呼び、停泊位置を示した。


「あの辺に村があるようだ。桟橋がある可能性もある。わかるか」


 船員は頷いて操舵手へと伝えに走った。

 俺も全員に声をかける。


「陸へ上がる。準備しろ!」


 接岸できる場所がなければ、地道に小舟で渡るしかないな。

 俺も荷物を取りに、船内へと向かった。




 慣れない上に、視界も悪い場所か。

 そうだ、地図。

 荷物の中から、手持ちの地図を全て引っ張り出した。


 船内にも詳細なものはあるが、持ち運ぶにはでかすぎる。

 帝都で、観光案内用だろう簡易地図を買ったんだ。

 売れ損ねた滅んだ国の地図かと、あの時はつまらない感傷だった。



 全ての荷物は、持ち運べるようにまとめてある。

 それらを持って甲板へ戻り、皆が集まるのを待った。

 船はゆっくりと、陸へと近付いている。



 全員が集まると、分けた三班に並ぶ。

 会長を呼び、地図を渡して確認を頼んだ。


「記憶と相違はないか見てくれ」


 会長はそれを手に取ると、目を細めた。


「懐かしい。私は、フルウォアに店を持っておりました。品物を届けに町を離れたところを、運良く命を繋いだのです」


 俺が子供の頃、帝国に渡る際に遊覧船に乗った。その港のあった町だ。

 回廊を繋いでいた町。

 運良くなどと言っているが、家族もいただろう。

 全てを失った者の一人だった。


「これは失礼しました。早速皆にも確認をとります」


 会長が確認を取る間に、陸地がすぐそこに迫っていた。

 小さな漁村の桟橋が見える。

 浅そうだが、問題ないらしい。


 全員を降ろし、乗員に告げる。

 彼らは俺達が戻るまで、海上で待機となる。


「徒歩一日分の距離は、南下しておいてくれ。状況が悪くなれば、さらに退避してもらって構わない」


 俺達は、どれだけ歩き回ることになるか分からない。

 いよいよまずい状況になれば、化け物から連絡が入るだろう。彼らのことはそう心配はしていないが、念のためだ。




 俺達は、無事に上陸した。

 目の前にある危機の前で、無事に、といっていいのかは分からないが。

 船がゆっくりと離れていく中、早速次の行動へと移る。


「今から魔術式具を試す。全員離れていてくれ」


 会長が両手を振りながら、全員に後退の指示を出した。


「盾を構えろ。印は使わずに頼む」


 女騎士と小僧は、印が発動するようになってから、常に印に精霊力を通すように訓練していたようだった。

 しかしそれでは威力が強すぎる。

 試しには、通常状態で十分だろう。


 頷いた女騎士は、既に装備済みだった小盾を、俺達とは反対に向けて掲げた。


「それでは、参ります!」


 合図と共に、展開された防御の効果。


「なにか、違うな」


 盾からは、幾つもの魔術円が重なり合いながら展開された。

 あれだけ刻んでありゃ、そうなるだろうが、どこか規則的な並びをしている。

 淡く白い光を端からなぞるように、発動を示す金色へと塗り替えられていくのを追う。


 そうだ、こいつらは「展開、即、発動」の訓練をしていたはずだ。

 この遅延発動……すごく見覚えあるよな。

 セラのやつ、手を貸すどころじゃない。

 大活躍じゃないか。


 さらに様子の違いに驚いた。

 通常の防御符ならば、発動した一つの魔術円が体を覆うように巻きついて、一時的に外からの干渉に抵抗する。精霊力の強さに比例して、持続時間が伸びるというものだ。


「巻きつきませんね……」


 小僧が目を見開いたまま呟いた。切れ長の目のどこに収まっていたのかと、こっちが驚く丸さだ。


「いや、巻きついたぞ。良く見ろ」


 重なり合った魔術円が、全方位に展開し発動しながら、気が付けば球状に覆っていた。

 円の中心に、女騎士の盾がある。


「なんと、これは、すごいッ! 防御に範囲術式が可能だとは……」


 今までは使用者にしか効かなかった。

 それが多数で使用できるわけだ。


「使い勝手はどうだ。負担はあるか」

「微々たる精霊力しか流しておりません」


 女騎士の答えに、もう少し検証してもらうことにする。


「さらに増幅すれば、範囲を広げられるのか、それとも強度が高まるのか分かるか」


 答えの代わりに、女騎士が精霊力の流れを増した。

 盾からさらなる円が次々と吐き出されていき、球を覆うように重なっていった。

 球状の大きさに変化はない。


 範囲ではなく、強度か。


「十分だ」


 この先の方針も決まった。

 やはり俺達三人で先行するしかない。

 歩きながらでは、どうみても三人が入れる程度だ。


 とはいえ、精霊溜りの中で、どれほど意味を成すのかは分からない。


 一つだけ分かっている希望は、トルコロルの城が残っているだろうこと。

 それも、久しく確かめられていないようだが。

 確かめる術もないとはいえ、明らかに、帝国側よりも侵食が遅い。

 城が食い止めているのは確かだ。


 そして、俺達印持ちの精霊力は、城と同質のはずだ。




 そこで浮上する、新たな問題。

 印が発動できるのは、三王の力を継いだ者だけということだった。


 とはいえ、二人は発動できるだけだ。

 どうも俺とは効果が違う。

 考えをまとめていると、小僧の声が遮った。


「よしッ! よく見ていてください。私の杖も火の雨を存分に降らせま……あ痛たたたいッ! やめてくださいッ!」


 小僧の耳を引っ張りあげる。


「お前は、使用禁止だと言ったはずだ」

「そ、それは船内だけの話ではなかったのですかッ!」

「俺が許可するまでだ」


 耳を離すと、小僧は涙目で杖を抱きかかえた。

 遊びじゃないんだぞ。


「全員が一気に力を浪費してどうなる。お前は、もしもの為に温存させておくんだ。そんなこともわからないのか」


 途端に小僧は、衝撃を受けたように目を見開き、よろめいた。


「な、なんと、そこまで私に期待をかけてくださっていたとは……我侭をお許しくださいッ!」


 俺は重々しく頷いた。

 情けない。ちょろすぎるだろ。




「全員、効果は見たな。これより街道へと移動する。足場には十分気をつけてくれ!」


 いよいよ戻れない道を、俺は進みだした。

 今は足元だけに集中する。

 街道へと続く坂道を、一歩一歩踏みしめるように歩いた。


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