百十九話 印持ちの選抜隊
「話したい。あいつら抜きで」
肩越しに、女騎士と小僧を指して言った。
爺は溜息混じりに頷くと、執務室を出ていく。
付いて来いということだ。
「ここじゃないと駄目な決まりでもあるのか」
だだっ広いだけの大広間。そのいたる所に刻まれた魔術式が、迫り来るようで苦手だった。
「盗み聞きの難しい部屋は、ここだけでのう」
眉を顰めていた理由を勘違いしたのか、爺は続けた。
「この広さゆえ扉の外に締め出せば、オルガイユらに聞かれずに済むじゃろ」
俺が頼んだんだから仕方がない。
不意に、壇上の細長い演台に置かれている転話具が、勝手に光りだした。
こんなことが出来るのは、化け物だけだ。
よく考えたら、こいつから盗み聞きを阻止するのは、難しいだろうな……そんな力のお陰で助かっているのも事実ではあるから、文句は言えない。
『初発の隊を送り出した』
「恩に着ますよ」
当たり前のように爺は答える。
元からここに用があったのかよ。
「執務室で使えばいいだろ」
一々移動するのも面倒臭そうだ。
『本当に君は、せせこましい事にばかり気が回るね』
「話の腰を折って悪かったな」
だが爺を睨む。
「はて、あの二人抜きとしか、聞いとらんでのう」
糞爺が。
『なんの話。少し時間が開いたから付き合うよ』
余計なお世話だが、言い募るのも面倒だ。
「死んだのは、主王の印持ちだけと言ったな。なら、残りの副王は、なぜあの二人なんだ」
「そんなことを憂いていたのですか。あの二人が、生き残った者の中で最も継承順位が高いからです。あなたの特質でもあろうが、考えすぎというのも良くない。物事というのは、思ったよりも単純なものです」
確かに、考えすぎるほどに考えてきた。
知らないことばかりの癖に、空回りしてきたんだ。
今は僅かでも気になれば聞いて、解決できることは終わらせておきたかった。
それに考えるのではなく、集めた情報をただ俯瞰する。そうすれば、浮かんでくるものがあるかもしれない。
そんな期待もあった。
核心に触れる。
「この町に、印持ちはどれだけいる」
少しの沈黙。
「把握済みの生き残りは、全て集めております」
十分だ。
「そいつらは動けるか」
『何を思い付いたのか、まずは聞かせてくれよ』
爺も無言で促す。
「お前らが、民を連れ出せと嗾けたんだろうが。だが、その理由はなんだ。失われた主王の秘密とやらを知る手掛かりの為だろ。それに関係あるのはなんだ。全てに共通するもの――」
『魔術式か』
話の腰を折り返しやがった。
「魔術式であり、王の印だ。残っている城も、魔術式で守られてるんだろ。だったら、誰も彼も連れて行く必要はない」
「なるほどのう。しかし仮説に過ぎん。まとめた方が無駄がないようにも思えますが」
「民全員だと徒歩になるが、印持ちだけなら、お前の船に乗る」
『お前、ね』
「お前で十分だ」
「あーごほほん、納得いきました。まずは何かしら確かめるというのは安全な策ではあります」
「それもある。確かめて駄目だったとしても、戻るのも早い」
『そうは言うが、日に日に回廊の影響力は増している。どこまで進めるか分からないよ』
迂闊だった。侵食具合を考えていなかった。
「どこまで進んでるんだ」
『言ったろ、あれには近付けないってさ。伝令の報告によると、トルコロル領は既に超えている。陸側に比べて海側への侵食は遅いから、領内へは近付けるかもしれないが、接岸できるかは分からないね』
トルコロル領ってどの辺だよ。
「ノッヘンキィエ領の港から、どのくらい離れてる」
『僕の船なら二日ってところかな。歩いたら十日で済まないだろう。君と違って、歩くなんて実体験がないから、はっきり言えないけどさ』
嫌味ったらしいな。
「悪かった。助かるよ。手前まででいい、船を貸してくれ」
それで話を切り上げようとしたが、爺に止められた。
「根拠を聞いても、よろしいかな」
化け物が感付くくらいなら、知っていると思ったが。
特に詳細を話した事はなかったな。
「印は、何かを伝える際に、脈動する。手掛かりがあって、それが伝えられるとすれば、印持ち以外が居ても意味が無い」
爺は驚いた様子だが、芝居には見えなかった。
「なんと、そうでしたか……」
「小僧達は、そんな経験はなかったのか」
「ありません。変化といえば、二度目の異変後に、印が発動するようになったことくらいです」
あいつらも、異変後か。
異変後……違う。
「どうされました」
「俺は……異変の直前だった。それが意味するところは」
『君が、最後の一人になった時』
何かが引っ掛かり、落ち着き無く壇上を歩く。
「お前は見ていたよな。俺は何の魔術式を出してた」
『悪いけど、思い当たる式はないよ。副王の印から力を繋ぐなど、あんなものは初めて見た』
そうだ、俺があいつらから力を引き出していた。
俺が最後の一人になった時、自動的に選ばれたんだ。
この三人が、次代の王であると。
「組合へ、人を集めるよう伝えておいてくれ」
それだけ頼むと部屋を出た。
一体なんなんだ、トルコロルって国は!
叫び出したくて堪らなかった。
その日は、港へ送る物資の荷造りなどに精を出して、頭を空っぽにした。
今日こそは、最悪の用を済ます。
「町へ行く。付いて来い」
女騎士と小僧を連れて城を出た。
今朝、爺部屋へ顔を出すと、昨晩には町の者へ手配したと言っていた。
「わ、私達に、話せないこととはなんですか」
坂道を下っていると、後ろから小僧が不満げに訴えた。
気分が晴れるかと歩きできたが、馬にすりゃ良かった。
「ただの確認だ。速度重視のため進軍に伴う民を選抜する。できれば、印持ちを全員」
背後から、息を呑む音が聞こえた。
「魔術式推進船を借りる約束も取り付けてきた。人選が済み次第、移動する。お前達も今夜中に準備を整えろ」
「はい!」
「分かりました」
力のこもった女騎士の返事に対して、小僧はまだ不服そうだ。
誤魔化されたと気付いたのだろう。
今は勘弁してくれ。
俺だって、自分を誤魔化してるんだ。
対抗しうるには、王の力を結集せねばならない。
三王の内、主王が最も重要なのは、起動する力を持つからだ。
副王二人は、精霊力を集める。
最後の主王の印持ちの遺言。
様々な事柄が頭を駆け巡っていく。
それらが、俺にしか出来ないと言うなら。
その機能を持つ者として、王と謳わねばならないというなら。
それで、手っ取り早く片付く可能性があるなら。
「心配するな。組合で、数人を率いて請け負う依頼と同じようなもんだ」
誰にともなく呟いた。
「そんなものと一緒くたとはッ……とはいえないですね。貴方は、そういう方だ」
小僧が返した。
そうだ。俺は、こんなことしかできない男だ。
「お待ちしておりました!」
組合の入口には、受付の男が落ち着きなく待ち受けていた。
面倒くせえ。
他に人の集められそうな場所もあったんだろうが、つい組合でと伝えてしまった。
階上にあるという、会議室へと案内を受け、部屋に入って驚いた。
数十人は、いるんじゃないだろうか。
そこそこ広い場所だが、隙間は見えない。
「急な呼び出しですまない。土地に明るくないせいで、狭っ苦しい場所を指定したみたいだ」
そこにいる者の顔、一人一人へと視線を移す。
女騎士のような赤い髪と、小僧のような黒い髪を持つ者が多い。
俺のような白い髪は、もういない。
「すでに用件は伝わっているだろうが、改めて確認する。選抜隊を編制し回廊へ先行する俺の隊に、ここにいる全ての者の参加を要求する。元々の進軍に参加する者も、残って支援する者も、予定を変更してもらう。目標は、トルコロル領への進入だ」
室内が、微かにざわついた。小さくとも、狭く密度の高い部屋では響く。
一旦言葉を切って、仕方なく声を張り上げた。
「承諾を確認次第、移動の予定だ。祖国へ戻りたいと思うなら付いて来い。以上だ」
質問はあるかと言う前に、歓声で掻き消された。
獣の咆哮のようにひどい。
ひどいと思ったら、隣の女騎士達も声を上げていた。
さっき話しただろうが。
騒ぎが落ち着くまで、かなりの時間が経った気がした。
ようやく、日程やら物資については城で用意することなどを伝えると、捕まる前に逃げだした。
「酷い目に遭った」
「この町に断る者などいませんよッ!」
「きっと上手く行きますわ」
なんで、お前らまで興奮気味なんだよ。
げんなりしながら、城への坂道を上る。
くそ、馬にしておくべきだった。
気が滅入るのは、喧騒のせいじゃない。
とうとう、種を蒔いてしまった。
既に精霊溜りの底にある、トルコロル領内。
そこへ引きずり込むんだ。この俺が。




