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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
三章 荒城の海

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百十九話 印持ちの選抜隊

「話したい。あいつら抜きで」


 肩越しに、女騎士と小僧を指して言った。

 爺は溜息混じりに頷くと、執務室を出ていく。

 付いて来いということだ。



「ここじゃないと駄目な決まりでもあるのか」


 だだっ広いだけの大広間。そのいたる所に刻まれた魔術式が、迫り来るようで苦手だった。


「盗み聞きの難しい部屋は、ここだけでのう」


 眉を顰めていた理由を勘違いしたのか、爺は続けた。


「この広さゆえ扉の外に締め出せば、オルガイユらに聞かれずに済むじゃろ」


 俺が頼んだんだから仕方がない。



 不意に、壇上の細長い演台に置かれている転話具が、勝手に光りだした。

 こんなことが出来るのは、化け物だけだ。

 よく考えたら、こいつから盗み聞きを阻止するのは、難しいだろうな……そんな力のお陰で助かっているのも事実ではあるから、文句は言えない。


『初発の隊を送り出した』

「恩に着ますよ」


 当たり前のように爺は答える。

 元からここに用があったのかよ。


「執務室で使えばいいだろ」


 一々移動するのも面倒臭そうだ。


『本当に君は、せせこましい事にばかり気が回るね』

「話の腰を折って悪かったな」


 だが爺を睨む。


「はて、あの二人抜きとしか、聞いとらんでのう」


 糞爺が。


『なんの話。少し時間が開いたから付き合うよ』


 余計なお世話だが、言い募るのも面倒だ。


「死んだのは、主王しゅおうの印持ちだけと言ったな。なら、残りの副王は、なぜあの二人なんだ」

「そんなことを憂いていたのですか。あの二人が、生き残った者の中で最も継承順位が高いからです。あなたの特質でもあろうが、考えすぎというのも良くない。物事というのは、思ったよりも単純なものです」


 確かに、考えすぎるほどに考えてきた。

 知らないことばかりの癖に、空回りしてきたんだ。

 今は僅かでも気になれば聞いて、解決できることは終わらせておきたかった。


 それに考えるのではなく、集めた情報をただ俯瞰する。そうすれば、浮かんでくるものがあるかもしれない。

 そんな期待もあった。


 核心に触れる。


「この町に、印持ちはどれだけいる」


 少しの沈黙。


「把握済みの生き残りは、全て集めております」


 十分だ。


「そいつらは動けるか」

『何を思い付いたのか、まずは聞かせてくれよ』


 爺も無言で促す。


「お前らが、民を連れ出せとけしかけたんだろうが。だが、その理由はなんだ。失われた主王の秘密とやらを知る手掛かりの為だろ。それに関係あるのはなんだ。全てに共通するもの――」


『魔術式か』


 話の腰を折り返しやがった。


「魔術式であり、王の印だ。残っている城も、魔術式で守られてるんだろ。だったら、誰も彼も連れて行く必要はない」

「なるほどのう。しかし仮説に過ぎん。まとめた方が無駄がないようにも思えますが」

「民全員だと徒歩になるが、印持ちだけなら、お前の船に乗る」

『お前、ね』

「お前で十分だ」

「あーごほほん、納得いきました。まずは何かしら確かめるというのは安全な策ではあります」

「それもある。確かめて駄目だったとしても、戻るのも早い」

『そうは言うが、日に日に回廊の影響力は増している。どこまで進めるか分からないよ』


 迂闊だった。侵食具合を考えていなかった。


「どこまで進んでるんだ」

『言ったろ、あれには近付けないってさ。伝令の報告によると、トルコロル領は既に超えている。陸側に比べて海側への侵食は遅いから、領内へは近付けるかもしれないが、接岸できるかは分からないね』


 トルコロル領ってどの辺だよ。


「ノッヘンキィエ領の港から、どのくらい離れてる」

『僕の船なら二日ってところかな。歩いたら十日で済まないだろう。君と違って、歩くなんて実体験がないから、はっきり言えないけどさ』


 嫌味ったらしいな。


「悪かった。助かるよ。手前まででいい、船を貸してくれ」


 それで話を切り上げようとしたが、爺に止められた。


「根拠を聞いても、よろしいかな」


 化け物が感付くくらいなら、知っていると思ったが。

 特に詳細を話した事はなかったな。


「印は、何かを伝える際に、脈動する。手掛かりがあって、それが伝えられるとすれば、印持ち以外が居ても意味が無い」


 爺は驚いた様子だが、芝居には見えなかった。


「なんと、そうでしたか……」

「小僧達は、そんな経験はなかったのか」

「ありません。変化といえば、二度目の異変後に、印が発動するようになったことくらいです」


 あいつらも、異変後か。

 異変後……違う。


「どうされました」

「俺は……異変の直前だった。それが意味するところは」

『君が、最後の一人になった時』


 何かが引っ掛かり、落ち着き無く壇上を歩く。 


「お前は見ていたよな。俺は何の魔術式を出してた」

『悪いけど、思い当たる式はないよ。副王の印から力を繋ぐなど、あんなものは初めて見た』


 そうだ、俺があいつらから力を引き出していた。

 俺が最後の一人になった時、自動的に選ばれたんだ。

 この三人が、次代の王であると。


「組合へ、人を集めるよう伝えておいてくれ」


 それだけ頼むと部屋を出た。



 一体なんなんだ、トルコロルって国は!

 叫び出したくて堪らなかった。

 その日は、港へ送る物資の荷造りなどに精を出して、頭を空っぽにした。





 今日こそは、最悪の用を済ます。


「町へ行く。付いて来い」


 女騎士と小僧を連れて城を出た。

 今朝、爺部屋へ顔を出すと、昨晩には町の者へ手配したと言っていた。


「わ、私達に、話せないこととはなんですか」


 坂道を下っていると、後ろから小僧が不満げに訴えた。

 気分が晴れるかと歩きできたが、馬にすりゃ良かった。


「ただの確認だ。速度重視のため進軍に伴う民を選抜する。できれば、印持ちを全員」


 背後から、息を呑む音が聞こえた。


「魔術式推進船を借りる約束も取り付けてきた。人選が済み次第、移動する。お前達も今夜中に準備を整えろ」

「はい!」

「分かりました」


 力のこもった女騎士の返事に対して、小僧はまだ不服そうだ。

 誤魔化されたと気付いたのだろう。


 今は勘弁してくれ。

 俺だって、自分を誤魔化してるんだ。


 対抗しうるには、王の力を結集せねばならない。

 三王の内、主王が最も重要なのは、起動する力を持つからだ。

 副王二人は、精霊力を集める。

 最後の主王の印持ちの遺言。

 様々な事柄が頭を駆け巡っていく。


 それらが、俺にしか出来ないと言うなら。

 その機能を持つ者として、王と謳わねばならないというなら。

 それで、手っ取り早く片付く可能性があるなら。


「心配するな。組合で、数人を率いて請け負う依頼と同じようなもんだ」


 誰にともなく呟いた。


「そんなものと一緒くたとはッ……とはいえないですね。貴方は、そういう方だ」


 小僧が返した。

 そうだ。俺は、こんなことしかできない男だ。




「お待ちしておりました!」


 組合の入口には、受付の男が落ち着きなく待ち受けていた。

 面倒くせえ。


 他に人の集められそうな場所もあったんだろうが、つい組合でと伝えてしまった。


 階上にあるという、会議室へと案内を受け、部屋に入って驚いた。

 数十人は、いるんじゃないだろうか。

 そこそこ広い場所だが、隙間は見えない。


「急な呼び出しですまない。土地に明るくないせいで、狭っ苦しい場所を指定したみたいだ」


 そこにいる者の顔、一人一人へと視線を移す。

 女騎士のような赤い髪と、小僧のような黒い髪を持つ者が多い。

 俺のような白い髪は、もういない。


「すでに用件は伝わっているだろうが、改めて確認する。選抜隊を編制し回廊へ先行する俺の隊に、ここにいる全ての者の参加を要求する。元々の進軍に参加する者も、残って支援する者も、予定を変更してもらう。目標は、トルコロル領への進入だ」


 室内が、微かにざわついた。小さくとも、狭く密度の高い部屋では響く。

 一旦言葉を切って、仕方なく声を張り上げた。


「承諾を確認次第、移動の予定だ。祖国へ戻りたいと思うなら付いて来い。以上だ」


 質問はあるかと言う前に、歓声で掻き消された。

 獣の咆哮のようにひどい。

 ひどいと思ったら、隣の女騎士達も声を上げていた。

 さっき話しただろうが。


 騒ぎが落ち着くまで、かなりの時間が経った気がした。

 ようやく、日程やら物資については城で用意することなどを伝えると、捕まる前に逃げだした。


「酷い目に遭った」

「この町に断る者などいませんよッ!」

「きっと上手く行きますわ」


 なんで、お前らまで興奮気味なんだよ。

 げんなりしながら、城への坂道を上る。

 くそ、馬にしておくべきだった。



 気が滅入るのは、喧騒のせいじゃない。

 とうとう、種を蒔いてしまった。


 既に精霊溜りの底にある、トルコロル領内。

 そこへ引きずり込むんだ。この俺が。


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