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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
三章 荒城の海

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百十五話 災禍の中芯

 まさか、こんな短期間の内に、再び戻ってくることになるとはな。


 元老院中央城の、研究院内大広間。

 その部屋を思い描くだけで、溜息が出る。

 四方八方に、大きな魔術式が刻まれている。

 広くとも、息が詰まるような部屋だった。


 その部屋へと続く目前の大きな両開き戸が、案内係の手によって押し開かれた。



 なぜか、元老達が勢ぞろいして待ち受けていた。

 足元まである褪せた赤色の布で、筒のように巻いた絨毯軍団。

 そいつらが、俺達の姿を認め騒ぎ出した。


「お待ちしておりました」

「必ず、戻ってくださると信じておりました」


 勝手なこと言ってやがる。


 一歩、部屋へ踏み入れると、そこで足を止めた。

 黙って、睨み続ける。

 絨毯共の声は、次第に小さくなり、静寂が訪れた。


 奥の壇に立つ、爺に目を向ける。

 干からびた小枝のような体だが、一人だけ、金糸で刺繍を施された襟元の縁飾りが、特別な立場を主張している。

 その立場の通り、最も、厄介な事をしてくれた男だ。


 よくも、散々に振り回してくれたな。


「もう隠し事は、なしだ」


 爺が口を開くのを待つ。


「何も、わざと隠そうとしたのではない。誰かさんが、機会を与えてくれんでのう」


 白々しいにも程がある。


 突如、爺の立つ壇上の脇から、淡い光が漏れた。


「おひょっ」

「何事だ!」


 爺を庇うように補佐爺が立つと、広間は騒然となった。

 狭い台の上に置かれた、水晶球が言葉を発する。


『やあ、無事に到着したようだね。ま、知ってたけど』


 転話具――この声は、化け物か。


「な、勝手に繋ぐとは、なんたる無作法な」


 作法がどうとかでなく、相手の認証なく繋ぐとは、相変わらず出鱈目なことをする。

 つうか、邪魔してるんじゃねえぞ。


 足早に壇上へと登った。

 声の届く範囲を考慮したのだが、化け物なら部屋の隅に居てさえ聞こえる気がする。


「なんのために送り出した。横槍を入れるな」

『爺さん達の話は、長いだろ。現状について、優先順位を追って話そう』

「その優先順位とやらは、誰にとってだ」


 現状がどうのと、これ以上苛立たせるのはやめてくれ。


『言っただろう。僕も聞いてないことがある。後は、大人しく聞いてるから、続けてよ』


 初めから大人しくしてろよ。


「帝国を代表して、是非とも、知り得る状況を伺いたい」


 髭面が促した。

 仕切るな。


「王城周りについて、正確な状況をお話ください」

「ノッヘンキィエ閣下。私にまで、祖国について話していただけなかったのは、何故なのですか」


 女騎士と小僧まで、俺の両隣から首を出した。


「隠していたつもりは、なかったのだがのう」


 わざとらしく狼狽する爺を、怒りを込めて見下す。

 話せと、顎で促す。

 ようやく爺は、鈍い口を開いた。


「……全ての物事の中心、そこにあることから話しましょう」


 それは、過去の異変だろう。違うのか。


「精霊力の、質の違いに気付かれませんでしたか」


 そうして爺が語ったのは、精霊溜りについてだった。




 精霊溜りは、どうしてできるのか。

 精霊力は世界に満ちているのに。

 あまつさえ、天の帯から降り続けている。

 なぜ精霊溜りだけが、世界を消していくのか。


「我らは、それを『芯』と呼んでおります」


 芯と呼ぶ特殊な精霊力の塊は、回廊と同質のもの。


「全て回廊の影響で、出来たというのか」


 爺は首を振り、否定した。


「それならば、大異変後に出来た世界中の精霊溜りを、片付けて以降に表れなかった理由と繋がりません」


 その後、間を置いて現れ始めたものが、回廊の影響による可能性が高いらしい。

 全てが回廊が原因ではないのかもしれない、らしいが、調査は捗らないため一応の結論をつけたという。

 現地情報の収集が難しいし、なにしろ、一定の場所に出来るわけではないのだから、それも仕方のないことだった。



「そこで、一定の影響を、計測する魔術式具を開発したのです」


 影響を計る? どうやって。


 研究者らしき男が、説明を次いだ。


「精霊力を使用すると起こる光振こうしん――光の振動の情報を集め、周期に型があるかなどを分析したのです」


 なるほど。分からん。


「それによって分かったことは、回廊の影響は段階的に進んでいるだろうことでした」

「段階的というのは」

「一定の期間毎に、異変を引き起こすということです」


 あの世界が割れるようなことが、また起こるのか。


「次に、いつあるかも分かるのか」


 研究者は爺を伺い、また続けた。


「すでに、幾度も起こっているのです」


 どういうことだ。


「初めの大異変以降は、数ヶ月前に起こっただけだろ」

「人には体感出来ない度合いの、異変です。道具では確かに、一定の周期で異変が計測されます。それは徐々に強まり、周期も短くなっているのです」


 そんな馬鹿な。まさか、だったら……。


「死んだ男は、どの段階で、痛みを訴えた」


 みんな、だんまりか。黙るしか、出来ないのか!

 爺を睨むと、続けた。


「数ヶ月前の異変、あれが起こる一月は前。振動の間隔が近く、大きくなって行き、溢れ出すように異変は引き起こされたのです。しかし、彼の者は、それが起こる前に息を引き取った」


 可視化された異変。

 小さなものとはいえ、約十年ぶりのことだ。

 次の十年を、俺は、生き延びられるのか。


 次は、もっと小さくなるのか。

 それとも……進んでいるなら。


「次に、大きい奴が来るのはいつだ」

「正確にはわかりませんが、近いと見ています。しかし――回廊の影響が、現実として溢れました。それは今までになく、予測はとても」


 そうだった。既に精霊溜りが、大地を覆っているんだ。


「待てよ。ともかく、その芯が、何をどう全てに繋がる」


 混乱する頭を振る。


「あの回廊自体が、『芯』なのです」


 爺の言った、意味を考える。

 パスルー跡地の高台から見下ろした、異様な海。

 昼間に、月夜を映していた、闇神殿の回廊。

 そこから沸き立っていた積乱雲のような精霊力。


 髭面や、女騎士達と見た光景が、過ぎった。


 抉れて湖のようになっていたとはいえ、あれが、精霊溜りの芯。

 今まで見てきた大抵のものは、引き寄せられた精霊力を含めた全体で、人の頭ほどの大きさだ。

 それが符で吸い出されて消える寸前、確かに、小さな欠片のようなもんが燃え尽きる。

 小指の爪の先ほどもないし、単に、符が尽きる際の火の粉とばかり思っていた。


 あれが原因というなら。


「回廊、全体が芯……」


 それ以上の言葉が出なかった。

 危険な状況、なんてもんじゃない。

 しばらく、その事態を頭に受け入れさせるべく、沈黙する。



「なぜ、話して下さらなかったのですか」


 小僧が、喚くことなく、静かに爺を問いただした。

 こいつが言ってるのは、主に、亡くなった男のことだろう。


「時の許す限り、もっと強くなってからと、様子を見ておった」


 歯を食いしばり、言いたい言葉を飲み込んだ様子を見る。

 確かに以前の小僧なら、自棄になったあと、意地になって人の言い分など聞きそうにない。


 以前ってほど、日は経ってないな。

 徒歩の旅のお陰で、根性でもついたんだろうか。

 そんなこと、今はどうでもいい。


「感傷に浸っているところ悪いが」

「おおほ、そうでしたな。で、なんでしたかのう」


 髭を引っこ抜くぞ。


「せっかちですのう」


 責めずにはいられなかった。


「なぜ、もっと早く知らせない! お前らは、世界のご意見番を気取ってるだろうが」


 大きく息を吸い、さらに続けた。


「本当に、仲立ちをしたい、世界の為だなんて思っているのか。ここに立て篭もってああだこうだと、お前らの基準だけだ。お前らが省みなくとも、守られるべきものはある――ここで、誰にも知らせず自分達だけでどうにかする気だったとでもいうのか!」


 あちこちに目を走らせる。

 人攫い野郎と目が合うと、反論してきた。


「こっここには、知識の粋が集められている。精霊力が強く、魔術式の研究に身を捧げてきた者達だ、我らが出来なければ誰が出来る!」


 怒りによる緊張が、落ち着かなくさせる。


「ああ、お前らは、そうだったな。精霊力だけが大事だと思ってる」


 俺は、セラを指差した。


「この男は精霊力がない。だが、次々と新しい魔術式を構築している。一人でだ。大掛かりな道具などなくとも、知恵を働かせてきた。お前らが任せられないと見下している一般市民がだ。町のもんは、みんなそうやって努力してる」


 感情になど呑まれたくはないのに、ぶちまけていた。


「帝国側だって、便利な最新式の道具なんかなくとも、地道に対処してきた。今もそうだ。それでも足りないと分かれば、確執のある古都の王とも手を携えることにした。お前らの、傲慢な自尊心など、糞喰らえだ」


 落ち着けと息をつく。

 俺は、なんに腹を立ててるんだよ。

 支離滅裂だ。


 しまったなという後味に、こめかみを抑える。




 顔を見れば、それぞれの心情が浮かんでいる。

 しかし、誰も、何も言えないようだった。

 爺だけが、静かに場を見ている。

 それがまた癪に障った。


 肩を強張らせた時、セラが何事かを女騎士に頼んでいるのが視界に入る。

 背負った鞄の中身を取り出すと、どこかで見た四角い箱を床に置いた。


 なんだっけ。あれは。


 箱の側面から、淡い光が床に花の形を映し、音が鳴った。

 セラの魔術式具。


「なんだそれは」

「まさか、音楽を奏でる魔術式だと」

「知っているぞ、この旋律は……」


 懐かしい音色。否応無く、子供の頃を思い出させる旋律。


「民謡か」

「祭囃子だ」

「旅芸人が奏でていた」

「子守唄だろう」


 どこかでした会話が、繰り返され、そして場は静まる。


「俺は、魔術式が、こんな平和な物ばかりに利用できる日が、早く来ればいいと思う」


 セラの言葉を、噛み締める。

 本当に、そう思う。


 一時、その懐かしい民謡の調べに耳を傾けていた。

 皆、頭が冷えたのだろう。

 俺もだ。


 落ち着いてくると、次第に仕組みについて、あれやこれやと討論しだした。ここはさすがに元老院ってところか。



「素敵ですわね……感動しました」

「なんと、符の職人が、魔術式具まで作るとは」

『そんな面白そうなものを見逃すとは、きちんと荷を調べるべきだった』


 女騎士が嘆息しながら褒め称え、小僧も感嘆の声を上げていた。

 化け物は、まあいいや。




 化け物といえば……精霊溜りの親玉か。

 途方も無さ過ぎて、気持ちも飽和してしまった。


 俺自身のこと、全てのこと。

 爺が言うように、回廊を食い止められなければ、全てが消える。

 ならば結局、俺は――何を、選択すればいい。


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