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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
三章 荒城の海

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百十一話 主王である者

 こんな、化け物がいるような城にいられるか!


「俺は、宿を取らせてもらう」


 そう言って、到底城とは言い難い、洞穴への滞在を断った。

 あれから、もう一週間は経つか。


 本心では、あのまま、この国を飛び出したかった。

 だが、セラの町巡りの目的もある。

 バルジーがここに留まると決めた今、護衛もいない。

 代わりに、俺が引き受けるつもりだ。


 正直なところ、懐が寂しい。

 元老院では、組合へ寄るどころではなかったから、ここらで一仕事しておきたかった。

 それに、体でも動かしてりゃ気も晴れる。



 違うな。

 何も考えずに済む。


 全ての面倒事を片付けたら、コルディリーへ帰るんだ。

 そうして、二度と外へなんか出ない。


 そんなことを、願っていたような気もする。

 ほんの数ヶ月だ。

 それで、全てが変わってしまった。





 他国の組合拠点へは、初めて訪れる。

 密かな楽しみだったはずが、その気持ちも消え失せていた。


 数百年、古い街並みを保っているという港町中央広場に、組合などの施設は揃っていた。

 以前は、観光船が行き来していたという小奇麗な街並みは、俺にとっては落ち着かない場所だ。

 それに港町とは言うが、うず高い外壁に覆われ海は見えなかった。


 一応、漁村の方で漁は続けられているらしい。

 こちらの名物にも、干物がある。

 昔は、最も多く取引されていたこともあるとかで、やはりそれに関する通常依頼もあった。


「またかよ」


 ここは、意外と日用品を作製する依頼が多い。

 こちらの大陸内では、他に小国ばかりらしく、作成が追いつかないものを支援を兼ねて作り置いているとのことだ。


 そんなわけで、通常依頼の中で俺に出来る力仕事といったら、山に行くか海に行くかくらいのもんだった。

 幸い、村から町へと運ばれてきた積荷を、加工場や店先に運ぶだけで済む仕事にありつけた。

 さすがに、町の外まで出るのは、時間を取られすぎる。


 翌朝、集積所へ向かい、担当者へ依頼書を渡す。


「よそもんとは、珍しいな。そんな、なまっちろい腕で仕事こなせるのか。まあたのむわ」


 これまた、暑苦しそうなやつらの巣窟だった。


 髪はともかく、これでも十分日焼けしていると思ったが。

 浅黒い肌の人種の中では、浮いて見えるんだろうか。

 俺には、大差があるようには見えなかった。

 あの薄暗い洞窟のような場所で、玉座に踏ん反り返ってる化け物だって、日焼けしたような肌をしていた。


「おい兄ちゃん真面目か。冗談だよ。がっはっは」


 野郎共のからかいに呆れつつ、真に受けた自分に溜息も吐きつつ、仕事にとりかかった。




 日も暮れる前に仕事は終わり、宿へと戻ってこれた。

 海沿い、のはずの、ぼろぼろの宿。ベッドには染み。壁も隙間だらけ。

 宿の主人は、昔ながらの安宿の雰囲気を残しているなどと、尤もらしいことを言っていたが、ただの手抜きだろう。


「うまい……」


 胸の内では、苦みを感じながらも、そう嘯く。

 ベッド脇の台から酒瓶を取り、木製の湯呑みへと注ぎ足した。

 それを啜ると、鞄から道具袋と、シャツを引っ張り出す。


 組合で見た依頼の中に、縫製の仕事なんてのもあった。

 それで思い出した、後回しにしていた仕事を終わらせるつもりだ。


 擦り切れかけたシャツのあちこちが、あの化け物のせいで完全に裂けてしまっていた。

 替えは、今着ているものと、これしかない。


 小さな机へ、それらを移動し広げた。

 得意ではないのだが、仕方なく、簡易の修繕道具を手にとる。

 大きく息を吸って止め、集中して針の先を見た。



 苦労して、どうにか初めの一針を通したところで、戸が叩かれた。


「開いてる」


 間もなく扉が開かれ、現れたのはセラだった。


「居たか」


 旅の最中とは違い、互いの居所を確認する必要はないのだが、一々様子を見に来る。

 律儀な男だ。


「甘瓜を煮て、詰めたパンらしい」


 まだ湯気の出ているそれらを、目の前に置いた。


「作業中だ。後で食うよ」


 本当は、何も食べたくなかった。

 数日こんな調子だが、飲んでるときは、こんなもんだ。


「商売はどうだ」

「あの王様に持っていかれ、いや、買ってくれたからな。頼まれて作った増幅した光の符も、抑制した方も。何か大笑いしていたが。そのお陰で、資金は十分ある」


 符で大笑いか。変人が。

 あの化け物のことを考えると、嫌なことも思い出す。


「護衛が、いなくなったな」


 セラが言うには、バルジーの体調は悪くないらしい。


「ああ」


 もう少し様子を見たいかもしれないが、それですぐに回復するわけでもない。

 俺達は、俺達の目的を果たすべきだ。

 セラは旅に出、俺は送り届けること。


「契約するか。あいつと同じ報酬でいい」


 セラは微かに険しい目をして、肩を竦めた。


「今のあんたを雇う気はせんよ。酒が切れたら、提案してくれ」

「そうか……それも、そうだな」


 俺は、裂けた部分を、なんとか縫い接ごうとしていた。

 手元が震えて、うまく縫えない。

 苦手だからというだけではなく、酒のせいだった。

 こんな護衛なんか、はした金でも雇う酔狂なやつはいないだろう。


「貸してみろ」


 溜息を吐きつつ、セラは腰掛け、俺から道具を奪った。

 即座に、すいすいと縫っていく。


「なんでも器用にこなすよな」

「そんなことはなかったよ。頭の中に描いた通りのものにならず、悔しさで続けてきただけだ。それでもこの程度だ」


 それは、理想が高すぎるだけではないだろうか。

 口にはしないが。


「物心ついた頃から、ものの仕組みに興味があって。いや、取り憑かれたようだった」


 縫いながらの昔語りに、耳を傾ける。


「気が付けば、何でも分解して怒られていた。それはまあ、組み立てられるようになれば、喜ばれもしたからいい。問題は、時も場所も選ばず、日が暮れるまで夢中になることだった」


 目に浮かぶようだな。と思ったが、自分の想像に眉を顰めた。

 俺の想像力では、子供の体に覇気のないこいつの顔をくっつけた、気持ちの悪いものが限界だった。


「父は漁から戻ると、俺を探す。目を離すなと母が叱られる。俺も怒られる。だけど、どうにもならなくてな。言いつけを守りたいと、どんなに気をつけようが、周りが見えなくなった」


 その時を思い出してか、縫う手が、速度を落とす。


「俺も父が望むような、船に乗せてくれとせがむ、普通の息子でいたかった……辛かったよ」


 一瞬だけ、悲しげに目を細めたが、すぐに笑みに変わる。

 苦い、笑みだ。


「ある日、精霊溜りが発見された。近くの町から、前に属してた工房の親方が来たんだ。その時に、失敗したような符を子供達に使わせてくれたが、俺だけが使えなかった。周りを見れば、確かに作用している。仕組みが気になってしかたがなくなった。それで親方が本をくれた……それはともかく」


 気が付けば、縫い終わっていたシャツを置いた。


「親方が、預かると言ってくれた。救われた気がしたよ。俺達家族、誰にとっても。そして、自分の性質に抗うのはやめた」


 意図があって、話している。

 それが分かった。

 セラなりの、慰めか、戒めか。


「なぜ、そんなことを聞かせる」

「生まれ持ったものは、変えようがない。どうせなら、自分から使いこなせるように、歩み寄るほうが軋轢は少ない。精神も、磨耗せずに済む」


 受け入れろってか。望まないものを。

 それでも、俺は。


「それは時に、力のない者が、ただ圧倒されることも含む」

「そういったことを、見逃せない性質でもあったな」


 セラは困ったように、眉尻を下げた。


「旅の途中、そういったところに助けられたのも、確かだ」


 何か、役に立つようなことなんぞ、した覚えはないが。


「興味はなくとも、話を聞いてくれただろう。おかげで、色々な構想がまとまった」


 あの苦行に、そんな副次的な効果があったとは驚きだ。


「それは、お互い様ってやつだ」


 助けた以上に、随分と迷惑をかけたが。


「しばらくは、符の在庫を増やす。ここを出るまでに、酒はやめておけ」


 そう言うと、セラは出て行った。


 縫い終わったシャツを手に取る。

 ガタガタじゃねえかよ。

 符作りほど器用には、こなせないか。


 いや、そうじゃないな。もう生地が限界なんだ。

 どんなに接いでも、あとはその場しのぎでしかない。





 あの化け物がいかれた後、程なくして、女騎士と小僧が駆け込むように玉座の前へ来た。


「無事ですか!」

「一体、何があったのだ」


 うるさい奴らだ。

 髭面が、起こしてきたのか。


 俺が、得体の知れない魔術式を使ったことによる、怪我はないようだったのは良かったが。


「は、は、は。三王が、揃ったね」


 化け物の言葉に、また頭に血が上る。

 拳を固く握り締めた。


「さすがに、二度目は黙ってないよ」

「だったら、俺を、含めるな!」


 掴みかかりそうになるのを堪え、訴えた。

 それだけは、取り下げてもらう。


「無理」


 俺の叫びを、意に介さず化け物は答える。


「だって、君は最後の一人じゃないか」


 ゆっくりと、背後へと首を巡らす。

 女騎士と、小僧。

 二人は、青褪めていた。


 それは、どういう意味でだ。


「う、嘘だッ! あんなに居て、他に、誰も生き残って……ないわけ」


 女騎士は小僧を宥めて、化け物を向いた。


「そんな……それは、確かなのですか」


 化け物は、台座の階段に腰を下ろして目を閉じると、何かを探るそぶりをしつつ口を開いた。


「この大陸と帝国へは、精霊力の網を伸ばしたよ。引っ掛かるのは、ここにある者だけ。ふうん、元老院で聞いてなかったの?」


 頼まれたと言った。

 元老院は知っていたんだ。

 こいつらが知らないのは、おかしいだろ。


「誓って、私達も知らされていませんでした」


 焦ったような、女騎士の態度が不自然に思えた。


「誤解を招く言い方だったね。みんな死んじゃったのは、主王しゅおうだけだよ」


 印持ちが全員死んだ。

 俺以外の、主王筋は、残っていない。


 突然、この場に不釣合いな言葉が、飛び込んできた。


「体調は、どうだ」


 髭面が、真剣な眼差しで問うていた。

 今までも、聞いてきたよな。


「どういうことだ。お前らは、何を、隠している」


 女騎士が前に出て、言葉を連ねた。


「王を探しました。アィビッドに身を寄せ。半生をかけて懸命に。そして、主王ノンビエゼの名を持つ者も見つけたのです」


 余計な、情報付きだ。

 どう思ったとか、どれだけ苦労したとか、そんなことはどうでもいい。


「小さな異変が、空に再び起こったことに気付いたでしょう。私達が北を訪れた少し前。地鳴りのような響きと、獣の咆哮のような音も聞こえました」


 あれが、なんだ。


「恐らく、あれは回廊の起こした影響によるものです。その少し前より……彼は印の痛みを訴え始め、苦しみながら亡くなったのです。関係ないとは、言えません」


 あの日の痛み。

 あの日に受け取った信号。

 あの日、印が反応した全て。


「大丈夫ですか! 真っ青だわ。座ってください」


 触るな。

 失せろ。


「触るなと……言っている!」


 俺は、死ぬかもしれない。

 こいつらは、それを知っていて、何も言わなかったんだ。



 血を流した、父の印。

 ずっと、頭から離れなかった。

 今は、何を記憶に残そうとしているか、分かる気がする。

 血ではなく、魔術式――印の方が、何かを訴えていた。


 では、その時から、始まっていたんだな。

 この変化は。


 主王の持つ力へと――。


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