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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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百十話 旅の終わり

 白い空間は、なんだったのか。

 光に覆われていたなら、眩しさに目を閉じるはずだ。

 今は、光もない。


 体は、動く。

 手に力を込めると、反応を伝えた。

 動ける。


 こじ開けるように持ち上げた目蓋の隙間から、ぼんやりとした灯りが入る。

 視界が揺れる。


 壁を伝えば。


 何かに括りつけられているように、体が重い。

 起こそうと手を付いた場所には、何もない。

 台の上、ベッドか。

 転げ落ちないように、足を下ろす。


 徐々に、形を結びつつある視界。

 そう広くない質素な部屋。

 板張りの壁に手を伸ばし、四角い枠を目指す。


「みんな、どこだ。バルジーは……どこ、だ」


 自分の声が、耳の奥に反響しているようだ。

 頭が重い。


 四角い枠、扉が開かれた。


「お目覚めですか。どうぞ休んでお待ちください。今、人を呼びます」


 聞き覚えのない女の声だ。

 人を呼ぶ――させるか。


 女の脇を掠め、伸びた腕を振り切る。

 扉の外へ出た。

 石の通路。

 まだ、城の中なのか。


「どうか、お静まりください。誰か!」


 女の張り上げた声に、呼応する動きがあった。

 不意に、叩きつけられる。

 目の前に壁。

 壁、ここもか。忌々しい壁だ。


 背で、腕を捻り上げられ、歯を食いしばる。


「邪魔を、するな」


 怒鳴ったつもりが、くぐもった声しか出ない。


「落ち着け。彼女は無事だ」


 誰だ。この声。


 渾身の力を込めて壁を蹴った。


「はな、せ、髭面!」


 腕は離され、躱した髭面は一歩退く。 

 俺は壁に背を貼り付け、荒ぐ息を整えた。


「やはり、印持ちか」


 髭面の視線は、一瞬俺の背にあったものを思い浮かべたように見えた。

 その意味に、体を見る。

 上半身はシャツを剥ぎ取られ、白い紙片が貼り付けられている。

 傷の手当。

 その事実に困惑する。

 攻撃を、受けたはずだ。


 こいつは今、なんて言った。


「やはりだ? なんなんだよ、お前らは……初めから知ってたんだな。北で会った時も!」


 今度は腹から声も出た。

 特に、酷い怪我はないようだ。体の節々が軋むこともない。


 一体、何が起こった。

 意識が途切れたのは、身体が痺れて……嵐の符か。

 いや、あいつは、あの化け物は符なんか使ってなかった。

 そうだ、それよりも。


「バルジー! それにセラはどこだ!」


 長い、長い廊下だ。

 鼓動が煩い。邪魔だ。

 どこに居る。

 息も整わない。

 探さなければ。


 人が集まってくる。

 焼けた肌に、金や茶色の髪。古都の人間共だ。


 散れよ。


 印の、こんな精霊力も、はったりくらいにはなる。

 遠巻きのまま見てろ。


 歯軋りする。

 あいつには、どうにもならなかった。


 汗で霞む視界を手で拭う。


「無事だったか」


 聞き覚えのある声。走ってくる、見覚えある商人の姿。


「セラ! バルジーは」


 セラの緩慢な動きが、今は癪に障る。

 ああ、印に戸惑っているのか。


「治療を受けている。安心しろ」


 混乱する。


 治療だ?

 辺りを見回すが、古都だろう。

 深手を負わせた当人だろうが!

 何故そんなことを。


「どこだ」

「落ち着いてくれ、色々あるんだ」

「お前の話は長い」


 押しのけて進もうとする腕に、手をかけられる。


「そんな体で向かって、勝てると思うのか」


 この髭面。

 勝つだの負けるだの、どうでもいいんだよ。


「手を離してやってくれ。この男は、話した方が分かる」


 セラが、髭面を牽制する。

 だが、代わりに俺の進路を遮った。

 お前まで、俺を止めるのか。


「バルジーは、どこだ」

「玉座だ」


 何を、言ってるんだ。


「聞け……イフレニィ。王が力を分け与えた。だから命に別状はないらしい」


 だから、何を言ってる。力を分け与える。精霊力を?

 そんなこと出来る訳ないだろう!

 らしい、だと? 不確かじゃねえか。


「命に別状はない。なら、他はどんな問題が起こった」 

「俺達との同行は、もう出来ない。それだけだよ」


 同行できないだけって。


「違うぞ。別に歩けなくなったというのでもない」


 慌てて言い足されたが、要領を得ない。


「詳しくは、直接聞けばいい。もう攻撃はしないそうだ」


 俺は、馬鹿みたいに瞬きを繰り返した。


「落ち着いてきたか」


 壁に背を預け、そのまま頽れる。

 両手で顔をこする。

 それでも目が覚めた気はしない。

 悪夢から覚めると、また悪夢の中だったように。


「ああ」


 座り込んだまま呟いた。

 耳に届いた自分の声には、夢の中とは思えない現実感があった。



「また、あの部屋か」


 頭を振って立ち上がる。


「着ろ」


 髭面が、外套とシャツを投げて寄越した。

 着ながらセラを追い立てる。


「案内してくれ」





 改めて、化け物の住まう穴倉へ来た。


「余はトナゥス・ハトゥルグラン。よく来た、古式自由の守り手よ」


 そいつは、いた。

 何事も無かったように、ふんぞり返っている。


 さきほど、だろうか、倒れていた辺りを見る。

 血溜りがあったはずの場所は、急いで拭われたのか、微かな跡を残すのみだった。


「あいつはどこだ」


 見下す視線を、背を伸ばし、真っ直ぐに受けた。

 睨み返す。


「治療中だ。命に別状はない」


 腕が吹き飛んだんだぞ。


「会わせろ」


 この目に見るまで、信じない。


「まずは名乗れ」


 いい加減にしろ。

 叫ぼうとした俺の肩を、セラが掴んだ。


「……イフレニィ・アンパルシア」


 これでいいか。

 化け物の玉座、肘置きの上部が光った。


 身構える。

 また、何かあるのか。


 丸い水晶のような石は、幾度か点滅し、それを化け物は眉を顰めて見つめた。


「不本意だが、呼べとの合図だ」


 そう言うが早いか、台座の一部が移動し、暗い穴を覗かせた。


 なんだよ、ここは。


 化け物は、何も告げずその穴へと下っていく。


「来ぬなら、閉じるぞ」


 そこに、いるのか。




 暗い通路の下には、青白い部屋。

 魔術式灯が、壁一面に並べられていた。

 上の階ほどではないが、何もない広い部屋。

 その中ほどに、ベッドだけがぽつんと置いてある。

 急遽持ち込んだのだろう。

 通常の大きさだが、やけに小さく見えた。


「ひっどい、顔。名前呼んでくれたの、嬉しかったよ」


 そこに寝ていた主から、聞き覚えのある声。


「元気そうだな」


 心底、安心した。

 思ったほど、重症には見えない。

 それでも、何も出来なかったことに、眉を顰めた。


「なにもかも全部は、話せなかった。ごめんね」


 首を振った。

 別に、そんなことはもうどうでもいい。


「ユリッツさんにも、話したの。依頼を遂行できなくて、ごめんなさいって」

「それは怪我のせいか」


 バルジーは、首を振り否定した。

 それから、今まで見たことのない笑顔で言った。


「何もかも、失くしたと思ってた。私にも、故郷があったんだよ」


 暗闇の中でぎらつくような、厭らしい笑みではない。

 心の内から、輝きが零れたように、眩しい笑顔だった。





 それだけ話すと、目を閉じ、寝息を立て始めた。

 しばらくは安静が必要だと、地下室を追い出される。


 息が詰まりそうな、謁見の間へと戻る。

 化け物は、台座の前へ立った。


 それに向かい合う。


「それで、なぜ、攻撃した」


 わずかに、困惑を見せた。


「自動迎撃機構。本意ではなかった」


 そんな訳の分からんものをこんな場所に。いやそうじゃないだろ。

 あの槍はなんだ。


「刺そうとしただろう」

「真実ハトウの娘か、体内の因子を探っただけだ」


 何を言っている。


「攻撃を受けたのは、こちらの方だ。北の守り手、王の力があれほどのものとは」


 そういや、さっきもそんなことを。


「守り手がどうとか、なんだそれは。俺達から発動されたものが、何か知っているのか」

「知らぬ。古い記憶に記述があるから、そう呼んだ」


 本物の、化け物かよ。


 話なんかしたくな……そうだった。

 今も王がどうとか言ったな。


「俺の体に、何かした覚えはあるか」


 口の端だけが、大きく釣りあがる。


「その力を引き寄せるのには、苦労させられた」


 本当に、おまえなのかよ。

 化け物から、笑いが漏れた。


「どれだけ、気分が悪かったか、苦しんだか考えたことがあるか……ふざける、な!」


 背後から、制止の声が届いたときには、手が出ていた。

 痛む拳に、我に返る。


 台座に手をついた化け物の、口の端から血が滲んでいた。


「あ、はは、あははははふ、ひはははははは! ふ……ひひひ」


 化け物は、背を台座に預け、腹を押さえて笑い転げだした。


「誰かに危害を加えても、自分は受けたことがなくて、いかれたか」


 突然、真顔で体を起こした。


「よく分かったね。その通りだよ! 殴られたなんて、初めてだからさ。可笑しくってね」


 何か、物凄くまずいことをした気がした。

 しかし後悔はない。

 どうとでもなれだ。


「安心してよ。僕も、もう反撃しなかったろ。あっ、そうだ元老の爺さんに頼まれてた君への追跡も、解除したし。ゆっくり、滞在してってくれ!」


 化け物は、素になっても気味が悪かった。


 なんだったんだよ。

 俺の苦労は。


 分かったのは、これが一つの終わりだってことだ。



 目的地の分からぬまま、彷徨っていた巡礼者(ピルグリム)

 そして、この旅で、バルジーは骨を埋める地を見つけた。


「そうか、あいつの旅は終わったんだ」


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