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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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百六話 匍匐前進

 夜明け前に目覚めた。

 よほど眠りが深かったのか、昨夜の気疲れも取れたようだ。


 昨晩の気懸かりを払拭すべく、行動を開始する。

 早めで悪いが、女を起こした。


「やけに急ぐな」


 見張りは、髭面と商人か。

 声の主、髭面に答える。


「これ以上、遅れたくないだろ」


 だから、何も言うな。

 そう意図を込めた。

 髭面は、苦笑だけを残した。


「打ち合わせだ」


 そう商人にも声をかけ、眠そうにぐずついている女には急かすように、その場を離れた。




 あまり離れすぎない程度に移動し、足を止めた。

 のっそり歩く商人に、飛び跳ねながら付いてきた女がぶつかって転がる。


 俺は、その場に腰を落ち着けた。


「言われることは分かっているな」


 まだ蓑虫形態で転がっている女に、これから大切な話をするのだと念を押す。

 女は顔を顰めたが、起き上がると、外套裾と襟元の紐を解いて人型に戻った。

 それから水筒を取り出し、口をすすぐ。


「なんの打ち合わせだ」


 商人は、問いながら、近くの木の根に腰を下ろした。


「気付いてるだろ。こいつは、わざと遅れるように行動している」


 商人は眉尻を下げ、困ったように頭を掻いた。

 それを見た女は、口に含んでいた水を飲み下すと、俯いた。


 やっぱり、わざとだったのか。

 それならば、どうにか話を聞きださなければならない。


「俺のことを、うじうじ虫だのと言えないよな。今回はさすがに、やりすぎだ」


 咄嗟に見上げた女の瞳は、暗く沈んでいる。

 また野生の勘が働いたのか、俺の声に絶対に聞き出してやるとの意図を捉えたのだろう。顔を強張らせた。


「もう誤魔化さずに、原因を探ると話しただろ」

「分かってる。けど、どうしようもなくて」


 何故嫌がるんだ。

 こいつも妙な力の原因があるなら、知りたいはずだろ。

 必死で、聞くべきこと、言うべき事について考えを巡らす。


「何か悪いことでも起こりそうだとか、そんな勘なのか?」


 女は、首を振って否定した。


「期待なのかな、緊張するの……原因が分かるかもしれない。やっぱり無駄なのかもしれないって。確かなのは、それと距離を縮めていることだけ」


 その言葉に、俺の方も鼓動が高鳴る。

 近付いてはいるんだな。

 ようやく、というよりは、本当に辿りつけそうなのか。

 そういった未知への苛立ちが、現実味を帯びて期待に変わる。


 確かに気持ちは逸るし、痛いほどに待ちきれないというなら、分からなくはない。

 なのに実際は、女の表情は沈んでいた。


「本当にごめんなさい、ユリッツさん……契約した以上、役に立たなくても動いてくれればそれでいいって、言ってくれたのに……」


 女は、商人の顔を見ることすらせず、そう言って表情を曇らせた。

 今にも泣き出すんじゃないか、そんな目を伏せる。


「でも、もう……期待なんか、したくないから」


 近付くほどに期待――こいつの場合は不安、それが増すということか。


「すでに、それなりの距離を移動している。他の同行者もいる。道中で留まることはできない」


 商人は、淡々と語った。


「何も起こらないかもしれないだろ。覚悟しろ」


 俺は、少し追い詰めすぎだろうか。

 しかし、今諦めたって、どっちの為にもならない。

 そんな気がしていた。


「分かってる。もう、本当に邪魔しない」


 そして、力を込めて顔を上げた。

 真剣な眼差しには、意志の力が宿って見える。


「もし、今度邪魔したら、縛って荷車の後ろに括りつけて、引き回しの刑にしていい」


 そんな誓いは必要ない。


「うーん、どうだろうな。重量物を一点に繋いで、支えられる箇所があったかな」


 真剣に考えるな。


 不安は残るが、ひとまずは言質を取った。

 これ以上話しても、今は意味が無い。


「分かったならいい。今日からは予定通りに進む。なら、次の話に移りたい」


 その言葉に、二人が嫌そうな顔を見せた。


「まだ怒られるの」


 それだけの自覚があるようで何よりだ。

 今のところ、他に腹を立てることはない。

 次は、商人に用事があった。




 さて、どう切り出そうか。

 言葉を濁しながら、声をかけた。


「新しい符の制作は、うまくいってるか」


 商人の常に半ば閉じかけの目が、わずかに開かれる。

 戸惑いの中に、疑いの色が混じっていた。


 いつも符の話を、まともに聞いていたためしがない。

 この反応も、当たり前か。


「頼みがある。効果を増すことはできるか」

「それで、欺きたいのか」


 即座に的を射られ、今度は俺が動揺する。

 符に関することなら、無駄に頭の回りが速い。

 その通りだ。


 俺が符を使った時のような現象を、擬似的に再現したかった。

 一般的な人間には無理でもいい。せめて、精霊力が強いだろう、女騎士と小僧にそれを起こしたい。

 そうすれば、髭面もひとまずは何も言えまい。


「難しいな。実のところ抑制よりも、増幅の方が気を使う」


 へえ、意外だな。

 素人感覚だと、出るもんを抑える方が大変に思えたのだが。

 その疑問に答えるような、商人の説明は続く。


「流す精霊力を増幅するだけ、というなら簡単だ。式も単純な繰り返しに近い。ただ、及ぼす効果は、単に繰り返しとはならないんだ」


 そりゃ、場への影響が増すのだから、それもそうか。


「顔料の必要量も算出しなおさねばならないが、今は手持ちにも余裕はある。どうにかなるだろう」


 疑問は解消されたが。


「それで、できるのか」

「もちろん」


 当然のように、力強く頷く。

 なら、なんでためらう。


「多少時間がいる。あんたの目的を果たすのに間に合うか、それは分からん」


 確かに。

 いつまでも、髭面達をはぐらかせない。

 誤魔化し続けるにしても、古都に入るまでだろうか。


 そうだ、時間。


「今晩辺り、実際どのくらいかかりそうか分かるか」


 商人のいう必要な時間てのが、俺が思うより短い気がした。


「うーん、そうだな……」


 とはいえ……帝都での、商人の様子を思い出そうと試みる。

 俺用の改悪の魔術式とやらは、数日かけてなかったか。

 駄目だ。糸屑のような、走り書きを残している姿しか記憶にない。


「こういう時に、不便だ」


 何故か、商人は溜息をついた。

 俺の視線に、説明を足した。


「精霊力がないことだよ」


 そうだった。自分で試しながら、少しずつ試行錯誤ってのが出来ない。

 それで、念入りに一から組み立てて分解してと、頭の中で確認してるんだろう。

 だからといって、俺は手伝えない。


「俺が言っておいて悪いが、そいつに頼めるか」


 今は沈みこんで、草をむしっている役立たずな女を見る。


「そうするよ」


 商人は頷くと早速、紙束を取り出して、何か書き付けだした。


 しまった。肝心なことを忘れていた。


「待ってくれ。特別な注文だろ。幾らかかる。今は手持ちが寂しいが、少しなら前払いできる」


 商人は、びっくりしたように顔を上げた。

 次に、困ったように眉尻を下げる。


「うーん……こんな注文は、前工房にいた時にも、入ったことがないからな……」


 こんな研究じみたことなんて、かけた期間分だけ払っていたら、残りの人生を支払いのために暮らすことになるかもしれない。

 思わず、緊張に喉が鳴る。 


「今は、制御系に興味があると話しただろう。何も抑制方面だけでもない。ちょうど流用できる部分だよ」


 しばらく俯いて唸り、顔を上げた。


「そんなわけだから、まあ気にするな」


 何が、そんなわけなんだ。

 気にするなと言われても、気になるに決まっている。


「決めないなら、勝手に払うぞ」


 俺は、今出せる分を押し付けた。

 古都でどうなるか分からないから、大した額は渡せない。

 それでも、滞在中の宿代くらいにはなるだろう。

 帝都で過ごした、月の砂漠亭並の安宿があればだが。


 こんな頼み事は、心苦しくて仕方がない。

 いっそ、大人しく国の陰謀に巻かれた方がいいのだろうか。

 それなら、誰にも迷惑を掛けずに済む。

 思わず、弱気になる。


 しかし、誰の物でもない、俺の人生だ。

 俺自身の、意図の外で縛られる。

 そんなことは、お断りだった。




 戻ると、女騎士と小僧も起き、出かける準備を整えていた。


「解決したか」


 放っておいてくれ。

 とは、言える状況にない。


「ああ」


 こいつらが元凶だ。

 髭面共へと短く返事をし、不安を飲み込んだ。


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