百一話 意固地
さて、俺達は古都へ向かうと決めた。
小僧は俺に付きまとうのだろうが、女騎士はどうするつもりだろう。
当初は女騎士も、元老院に戻る予定だったはずだ。
それが出てきたのだし、小僧のお守りもある。
やっぱ……俺に付きまとうつもりだよな。
髭面も元老院に用があったのだろうが、すぐに出てきた。
本当に用事は、女騎士の護送と元老院への顔合わせだけだったのだろうか。
来た道を戻ってきて存在するのは、俺達も乗ってきた船が出る――知らなかったがミッヒ・ノッヘンキィエ領だったらしい――港町だけ。
そういや、港に部下を残していたよな。
別件と言っていたが。
ともかく、髭面とは、ここでお別れだ。
ルスチクの町を出て主要街道に到着し、しばらく歩くと港町へ続く分かれ道まできた。
昼の休憩を終えると、髭面に声を掛けた。
「ようやく、あんたともお別れだな」
二度と見たくない。
女騎士が関わる以上、それは無理な話だろうが、しばらくでも離れられるならありがたいことだ。
髭面は、口角の片側を上げた。
「歓迎されてないのか。残念だな」
歓迎される要素が一つでもあったと思うか?
一瞬睨んだ後、すぐ逸らす。
さあ、さっさと行けよ。
「は」
だが、聞いた言葉に面食らう。
「奇遇だなと言った。こちらの目的地も同じ、古都だ」
髭面の言葉に、また疑心暗鬼になる。
女騎士は元老院に、こいつは古都へ向かう手筈だったというのか。
一人でってことはないだろ。
女騎士も用事を済ませたら、同行するつもりだったのか。
そして、また戻るつもりだった。
それが、俺に付いて回ることにした。しかも、小僧を連れて。
どこまでが本来の予定で、何処までが計画で、あるいは偶然だったのか。
「なら、行こう」
商人は、何事もなかったように荷車の取っ手を掴んだ。
溜息をつく。
もう、今さらか。
頭を振って、気が滅入りそうになるのを払った。
殺風景な道を、商人速度でのんびりと進む。
女騎士達がお目付け役として送られたなら、逃げるように離れる意味もない。
向かって左手には、山並みと森が広がる。右手は海側だが、高い山はないものの森が広がっていて水面は見えない。
森の合間を歩いているようなもので、帝国の街道ほど開けてはいない。しかし、元老院への山と森の狭間のような閉塞感はなかった。
道の状態も良くはない。
のんびり進んだ方が、負担も少ないだろう。
そうすると、気持ちが暇になる。
こっちのことについて、知らないことが多すぎるなと気になってきた。
「なあ、なんで古都なんだ。こっちは、向こうの大陸からの移住者で興された国ばかりだろ。古さで言えば、アィビッドの方が古くないか」
こいつらとの旅だ。行き当たりばったりでも仕方がないと諦めてはいるが、元来気にする性質なのは変えられない。
誰にとではないが、なんとなく商人に話しかけたつもりだった。
答えたのは、髭面だ。
「アィビッドは傭兵団が興した国だが、元々は、商人組合参加国の販路を守る為に雇われた用心棒だ。それが砂漠の国々との争いで、中心国となった。矢面に立たされたわけだな。その際に、小国の集まりだった参加国をまとめて、対抗することになった。そんな風に、変遷してきたのだ」
珍しく率先して話しだした。
まさに、自分が仕える王の国だしな。
覇権を争って勝ち抜いたような国ではないと、聞いてはいた。
要は、貧乏くじを引かされたのか。
物凄い残念帝国だな。
それで、なんだっけ。
商人が話を継いだ。
「国の起こりから形を変えずにきた、最も古い都だって話だよ」
なるほど。そういうことか。
「トルコロルも当初は、もっと小さな領地の集まりだったと聞きました。でも初めから、三人の領主を中心にまとまっていたそうですから、自然と統合されたのでしょうね」
女騎士も混ざってきたが、今はない国の話はいらん。
「ここは、南方の神話にある、死者の国へと続く路。そうに、ちがいな……」
小僧は、どこの幻想世界の話をしているんだよ。
そう思って振り返ったとき、その体がくずおれるのが目に入った。
「オルギー!」
慌てて女騎士が駆け寄った。
ふらついてるなと、思ってはいたが。
気にする女騎士の意見を、珍しく跳ね除けて意固地にも歩いていた。
やはり、相当無理をしていたようだな。
女騎士が、小僧の靴を脱がせる。
「うわぁ……足がぷくって腫れてるね。ユリッツさん、針でつついてみようよ」
「だめだ」
また気味の悪いことを、女が言っている。
当たり前だが、商人は即座に断りを入れた。
俺は、端切れを取り出して、水筒から水を染み込ませた。
それを女騎士へ渡す。
薄く目を開けた小僧を見おろす。
「今度から、意地を張るな。迷惑だ」
ただ、意外ではあった。
もっと早くに根を上げると思っていた。
甘やかされて育ったから、我慢が利かないのだと思っていたが、倒れるまで意地を張れる気概はあるようだ。
調子に乗りそうだから、言いはしない。
小僧は、言い返そうと顔を歪めたが、それを抑えて目を閉じた。
「わ、わかっている……」
素直に頷くのは、その迷惑が女騎士も含むからだろうな。
商人と荷車を見る。
荷車を貸してくれとの意図だ。
商人は頷くと、覆いを剥がして木箱を詰め、場所を空けた。
「なにを、する……ぐうッ!」
小僧を、女騎士と抱えて荷台に放り込んだ。
文句も出ないようで、呻いている。
「荷車があって、運が良かったと思え」
日差しも避けられるしと、覆いを被せようとした俺を、女が遮った。
なんだよと見ると、とんでもないことを言い出だした。
「補助符、使ってあげたら」
何を言い出すんだよこの蓑虫が。
何を言っているんだとの気持ちが、小僧や女騎士の顔にも表れた。
もちろん、俺と理由は違う。
「短い間でも痛みを抑えられたら、気が楽になるのかと思ったんだな!」
誤魔化すように、急いでそう言い繕い、女を睨んだ。
「こんな疲労に、毎回使っていては、幾ら符があっても足りませんよ」
女騎士も、子供の突飛な案を宥めるように苦笑して言った。
「一枚で十分。この人、異常……んむぐー!」
女の口を押さえて引き摺り、商人に押し付けた。
「無駄話してないで、行こうか」
だが女と引き換えに、商人は一枚の符を取り出して、俺に押し付けた。
「急ぎたいなら、なおのことだ。使ってやれ」
この、裏切り者。
やり取りが、その他三人の関心を引いた。
だよな。
くそっ。
大きく息を吸い、女をもう一度睨みつける。
にやっと大きく口を歪め、目をぎらつかせている。
この女、完全に、面白がってやがる。
「初めに言っておく。この商人の符が特別製なんだ」
何事か反論しそうな女を黙らせる。
それ以上何か言うなら、何もしないぞ。
女は、威嚇すると膨らむ猛毒を持つ魚のような顔をして黙った。
意を決して、符を展開する。
あれ……この感覚。
商人の意図を知り、振り向く。
覇気のない顔のままだが、目だけが期待に輝いている。
お前も試したかっただけかよ!
「た、確かに、補助符」
俺が展開した、『普通』の大きさを持つ魔術円を、小僧は確認して安堵したようだ。
確かに、見た感じはただの補助符だな。
問題は、俺が使っても爆発的な発光がない。
俺専用とやらの顔料で、あれこれ妄想を膨らませて新製品作りに勤しんでいたようだ。
背筋が寒くなる。
面倒なことになりませんように。
小僧だから、別にいいか。
発動させるべく、精霊力を送る。
感覚としては、いつもの如く堰を切ったように流れ込んだのだが。
「それは……」
女騎士が、小さく息を呑んだ。
俺も、やや感心した。
展開した円をなぞるようにして、ゆっくりと金色に書き換えていった。
へえ。展開後に、時間差で発動するようにしたのか。
試したかったのは、これなのだろうか。
「何か、怪しげな符だな……問題ないのか」
小僧が、やや引いている。
「もう遅い」
俺は、口元だけ笑みを浮かべてやった。
「ま、まて、もう大丈夫だ……ーッ!」
逃げ場のない荷台で、どうにか後ずさろうとする小僧を、金色の円が巻き取るように包んだ。
その途端、魔術円は金色に塗り潰されるほど膨張し、弾けた。
思わず、驚いて飛びのいた。
代わりに、女騎士は荷台に飛びつく。
「おい、何をしたんだよ……!」
商人を問い詰める。
その顔には、驚きと焦りとがあった。
「ああその、抑制後の時間差開放を施してみたんだが……」
聞いても分からない。
小僧を確かめる。
驚愕と恐怖に、固まっている。
「しっかりして、オルギー?」
女騎士が、胸倉を掴んで揺さぶり、平手をかました。
余計にまずいと思うぞ。
「ハッ! ワタシハ、イッタイ」
見たところ、外傷はなさそうだ。
声は裏返っているが、大丈夫だろう。
小僧の意識が戻り、胸を撫で下ろした。




