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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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百一話 意固地

 さて、俺達は古都へ向かうと決めた。


 小僧は俺に付きまとうのだろうが、女騎士はどうするつもりだろう。

 当初は女騎士も、元老院に戻る予定だったはずだ。

 それが出てきたのだし、小僧のお守りもある。

 やっぱ……俺に付きまとうつもりだよな。


 髭面も元老院に用があったのだろうが、すぐに出てきた。

 本当に用事は、女騎士の護送と元老院への顔合わせだけだったのだろうか。


 来た道を戻ってきて存在するのは、俺達も乗ってきた船が出る――知らなかったがミッヒ・ノッヘンキィエ領だったらしい――港町だけ。

 そういや、港に部下を残していたよな。

 別件と言っていたが。

 ともかく、髭面とは、ここでお別れだ。



 ルスチクの町を出て主要街道に到着し、しばらく歩くと港町へ続く分かれ道まできた。

 昼の休憩を終えると、髭面に声を掛けた。


「ようやく、あんたともお別れだな」


 二度と見たくない。

 女騎士が関わる以上、それは無理な話だろうが、しばらくでも離れられるならありがたいことだ。


 髭面は、口角の片側を上げた。


「歓迎されてないのか。残念だな」


 歓迎される要素が一つでもあったと思うか?


 一瞬睨んだ後、すぐ逸らす。

 さあ、さっさと行けよ。


「は」


 だが、聞いた言葉に面食らう。


「奇遇だなと言った。こちらの目的地も同じ、古都だ」


 髭面の言葉に、また疑心暗鬼になる。


 女騎士は元老院に、こいつは古都へ向かう手筈だったというのか。

 一人でってことはないだろ。

 女騎士も用事を済ませたら、同行するつもりだったのか。

 そして、また戻るつもりだった。


 それが、俺に付いて回ることにした。しかも、小僧を連れて。


 どこまでが本来の予定で、何処までが計画で、あるいは偶然だったのか。


「なら、行こう」


 商人は、何事もなかったように荷車の取っ手を掴んだ。


 溜息をつく。

 もう、今さらか。

 頭を振って、気が滅入りそうになるのを払った。





 殺風景な道を、商人速度でのんびりと進む。

 女騎士達がお目付け役として送られたなら、逃げるように離れる意味もない。


 向かって左手には、山並みと森が広がる。右手は海側だが、高い山はないものの森が広がっていて水面は見えない。

 森の合間を歩いているようなもので、帝国の街道ほど開けてはいない。しかし、元老院への山と森の狭間のような閉塞感はなかった。

 道の状態も良くはない。

 のんびり進んだ方が、負担も少ないだろう。


 そうすると、気持ちが暇になる。

 こっちのことについて、知らないことが多すぎるなと気になってきた。


「なあ、なんで古都なんだ。こっちは、向こうの大陸からの移住者で興された国ばかりだろ。古さで言えば、アィビッドの方が古くないか」


 こいつらとの旅だ。行き当たりばったりでも仕方がないと諦めてはいるが、元来気にする性質なのは変えられない。


 誰にとではないが、なんとなく商人に話しかけたつもりだった。

 答えたのは、髭面だ。


「アィビッドは傭兵団が興した国だが、元々は、商人組合参加国の販路を守る為に雇われた用心棒だ。それが砂漠の国々との争いで、中心国となった。矢面に立たされたわけだな。その際に、小国の集まりだった参加国をまとめて、対抗することになった。そんな風に、変遷してきたのだ」


 珍しく率先して話しだした。

 まさに、自分が仕える王の国だしな。


 覇権を争って勝ち抜いたような国ではないと、聞いてはいた。

 要は、貧乏くじを引かされたのか。

 物凄い残念帝国だな。


 それで、なんだっけ。


 商人が話を継いだ。


「国の起こりから形を変えずにきた、最も古い都だって話だよ」


 なるほど。そういうことか。


「トルコロルも当初は、もっと小さな領地の集まりだったと聞きました。でも初めから、三人の領主を中心にまとまっていたそうですから、自然と統合されたのでしょうね」


 女騎士も混ざってきたが、今はない国の話はいらん。


「ここは、南方の神話にある、死者の国へと続く路。そうに、ちがいな……」


 小僧は、どこの幻想世界の話をしているんだよ。

 そう思って振り返ったとき、その体がくずおれるのが目に入った。


「オルギー!」


 慌てて女騎士が駆け寄った。


 ふらついてるなと、思ってはいたが。

 気にする女騎士の意見を、珍しく跳ね除けて意固地にも歩いていた。

 やはり、相当無理をしていたようだな。


 女騎士が、小僧の靴を脱がせる。


「うわぁ……足がぷくって腫れてるね。ユリッツさん、針でつついてみようよ」

「だめだ」


 また気味の悪いことを、女が言っている。

 当たり前だが、商人は即座に断りを入れた。


 俺は、端切れを取り出して、水筒から水を染み込ませた。

 それを女騎士へ渡す。


 薄く目を開けた小僧を見おろす。


「今度から、意地を張るな。迷惑だ」


 ただ、意外ではあった。

 もっと早くに根を上げると思っていた。

 甘やかされて育ったから、我慢が利かないのだと思っていたが、倒れるまで意地を張れる気概はあるようだ。

 調子に乗りそうだから、言いはしない。


 小僧は、言い返そうと顔を歪めたが、それを抑えて目を閉じた。


「わ、わかっている……」


 素直に頷くのは、その迷惑が女騎士も含むからだろうな。


 商人と荷車を見る。

 荷車を貸してくれとの意図だ。

 商人は頷くと、覆いを剥がして木箱を詰め、場所を空けた。


「なにを、する……ぐうッ!」


 小僧を、女騎士と抱えて荷台に放り込んだ。

 文句も出ないようで、呻いている。


「荷車があって、運が良かったと思え」


 日差しも避けられるしと、覆いを被せようとした俺を、女が遮った。

 なんだよと見ると、とんでもないことを言い出だした。


「補助符、使ってあげたら」


 何を言い出すんだよこの蓑虫が。

 何を言っているんだとの気持ちが、小僧や女騎士の顔にも表れた。

 もちろん、俺と理由は違う。


「短い間でも痛みを抑えられたら、気が楽になるのかと思ったんだな!」


 誤魔化すように、急いでそう言い繕い、女を睨んだ。


「こんな疲労に、毎回使っていては、幾ら符があっても足りませんよ」


 女騎士も、子供の突飛な案を宥めるように苦笑して言った。


「一枚で十分。この人、異常……んむぐー!」


 女の口を押さえて引き摺り、商人に押し付けた。


「無駄話してないで、行こうか」


 だが女と引き換えに、商人は一枚の符を取り出して、俺に押し付けた。


「急ぎたいなら、なおのことだ。使ってやれ」


 この、裏切り者。


 やり取りが、その他三人の関心を引いた。

 だよな。

 くそっ。



 大きく息を吸い、女をもう一度睨みつける。

 にやっと大きく口を歪め、目をぎらつかせている。

 この女、完全に、面白がってやがる。


「初めに言っておく。この商人の符が特別製なんだ」


 何事か反論しそうな女を黙らせる。

 それ以上何か言うなら、何もしないぞ。

 女は、威嚇すると膨らむ猛毒を持つ魚のような顔をして黙った。


 意を決して、符を展開する。

 あれ……この感覚。

 商人の意図を知り、振り向く。

 覇気のない顔のままだが、目だけが期待に輝いている。

 お前も試したかっただけかよ!


「た、確かに、補助符」


 俺が展開した、『普通』の大きさを持つ魔術円を、小僧は確認して安堵したようだ。

 確かに、見た感じはただの補助符だな。


 問題は、俺が使っても爆発的な発光がない。

 俺専用とやらの顔料で、あれこれ妄想を膨らませて新製品作りに勤しんでいたようだ。 

 背筋が寒くなる。


 面倒なことになりませんように。

 小僧だから、別にいいか。

 発動させるべく、精霊力を送る。

 感覚としては、いつもの如く堰を切ったように流れ込んだのだが。


「それは……」


 女騎士が、小さく息を呑んだ。

 俺も、やや感心した。


 展開した円をなぞるようにして、ゆっくりと金色に書き換えていった。


 へえ。展開後に、時間差で発動するようにしたのか。

 試したかったのは、これなのだろうか。


「何か、怪しげな符だな……問題ないのか」


 小僧が、やや引いている。


「もう遅い」


 俺は、口元だけ笑みを浮かべてやった。


「ま、まて、もう大丈夫だ……ーッ!」


 逃げ場のない荷台で、どうにか後ずさろうとする小僧を、金色の円が巻き取るように包んだ。

 その途端、魔術円は金色に塗り潰されるほど膨張し、弾けた。


 思わず、驚いて飛びのいた。

 代わりに、女騎士は荷台に飛びつく。


「おい、何をしたんだよ……!」


 商人を問い詰める。

 その顔には、驚きと焦りとがあった。


「ああその、抑制後の時間差開放を施してみたんだが……」


 聞いても分からない。

 小僧を確かめる。

 驚愕と恐怖に、固まっている。


「しっかりして、オルギー?」


 女騎士が、胸倉を掴んで揺さぶり、平手をかました。

 余計にまずいと思うぞ。


「ハッ! ワタシハ、イッタイ」


 見たところ、外傷はなさそうだ。

 声は裏返っているが、大丈夫だろう。


 小僧の意識が戻り、胸を撫で下ろした。


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