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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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百話 方向修正

 髭面と、女騎士が見張りを交代した。

 俺は、もうしばらく考え事に耽ってから、商人と交代するつもりだった。


 女騎士には、まだ疲れが見えた。


「あの町、パスルーの出身だったのね……申し訳ない事をしたわ。知らなかったとはいえ、私達には仲間がいることを当たり前のように話していた」


 その態度が癇に障った。


 一々謝る必要なんかない。

 国を失い、建て直そうとしてきたのは、何もお前らだけじゃない。

 それこそ、町一つ分の住人では足りない、本当に多くの者が被害に遭った。

 そして、過去の辛さを内に抱えつつ、必死に生きてきたんだ。

 暗黙の了解かもしれないが、皆がそれを共通のものとして慰めを見出してきた。

 俺達だけではない、だから頑張らなきゃってな。


 苛立ちが言葉にならない内に、口を引き結ぶ。

 女に言われたばかりだ。せめて、俺のせいによる諍いはないように過ごしたい。



 それに、話を聞いていたなら、分かったはずだ。

 回廊の及ぼす影響が、実際に何を引き起こすのか、その可能性を。


 俺、女騎士、髭面は、現在の回廊を見た。

 気になるのは、女が言っていた、白いもや

 今もまだ、そこにあるのを俺達も見た。


 それとも、新たに発生したものなのか。


 元老院の爺共が焦っているのも、それについて何か知っているからではないのか。

 それが、王の血筋が云々と、どう関係あるのか知らないが。


 民が、逃げ出さないようにってなことを言っていたな。

 そこまでの求心力が欲しい……まさか、やばい場所と分かっていて、無理やり人を送り込まなければならないほどだとでもいうのか。

 確かに、女騎士と小僧を見ても、洗脳じみたほど王筋に拘りがあるよな。


 そういった気持ちを利用し、扇動しなければならないのかもしれない。

 死地を、怖れないほどに。


 こいつらも、暢気に俺に付きまとっている場合でもない。

 そう思ってくれたら、いいけどな。




 夜明け前、小僧以外は起きだした。

 女騎士が小僧を揺り起こし、皆で出発の準備をする。


「気分はいかがですか」


 昨晩の事が、堪えたのだろうか。

 女騎士は、女に気遣いを見せていた。

 俺に対する押し付けがましさからは、想像できない。


「平気」


 女の短い言葉に、気落ちしているように見える。

 気分を害したとでも思っているのだろう。

 それが普段通りなんだけどな。




 その日は、ずっと静かだった。

 小僧さえ口を噤んでいる……いや、目の下に隈がある。あれは疲労のせいで気力がないだけか。


 時折、隣を歩く女を見る。

 どこか遠くを見ているようなときもあり、しっかり前を見据えているときもある。

 思い出したくないことを思い出し、宥めようと、心の内で葛藤しているのだろう。

 歩いている間は、俺達に与えられている自由な時間だ。

 その間くらいは、そっとしておいてやれる。


 そして、とうとう、あの鄙びた町まで戻ってきた。

 時間切れだ。




 こんなに早く戻ってくるとは、思いもしなかったのだろう。

 この鄙びた町、唯一の宿の主人は、大喜びで出迎えてくれた。


「急いで食事を用意しますから、風呂でも入って寛いでいてください」


 客も一人増えたが、部屋はちょうど足りたようだ。

 また一人一部屋をあてがわれた。


 暖炉のある居間は、相変わらず暑苦しいが、久々にまともな食事を摂り体も落ち着く。


「話せるか」


 商人と女に声をかけた。


「こそこそと。私達の悪口でも言うつもりなんだろう」


 小僧が耳ざとく、聞きとがめる。


「俺達にも目的があるからな。今度混ぜてやる。拗ねるな」

「す、拗ねてなどいないッ!」


 喚く小僧に、片手を振って居間を出た。




 どこでも良かったが、商人の部屋へ押しかける。


「どこへ行くか、決める頃合だな」


 商人は言いながらベッドに腰掛ける。

 女は床に座りこみ、そのベッドに背を預けた。

 俺は、椅子を引っ張り、二人に向かい合うように座った。


「悪いな。しばらく聞きそびれていたから」

「分かってる。ごめん」


 珍しく、素直だ。


「あまり考えたくないからって、ここまで来たのに、曖昧にしてた」


 もう腹は立ててないのか。

 ただ落ち込んでるだけのようだ。

 外套に埋もれるようにして、しおれている。


「俺も、似たようなもんだ」

「そうだね」


 落ち込んでも、憎まれ口は忘れないらしい。


 商人が苦笑しながら、紙束を取り出した。


「あの男から地図を借りて、町の場所を確認しておいたんだ。見てくれ」


 髭面から借りたのか。

 本来なら、俺が気にするべきことだった。

 商人の用意した手書きの図を見る。


「今俺達がいるのが、ここルスチクの町」


 そういって紙の中ほどを指差した。

 こんな小さな町にも、名前があったのか。


「町を廻るといったが、そう多くはないようだ。どうせなら、ピログラメッジの用事を先に済ませたい。どうかな」


 女は、一瞬戸惑ったものの、すぐに頷いた。


「ユリッツさん、ありがとう」


 俺も紙を取り出した。

 最近は、どう進もうがあまり気にしなくなったから余っている。

 気になる箇所だけ書き写しながら、女に確認を取る。


「それで、方角に変化はないのか」


 女は、決まりが悪そうに、さらに縮こまった。

 だから、外套に埋まって目だけ出すのはやめろ。


 気味悪いと思ったのが伝わったのか、女は首を出し、背を伸ばした。


「変化はないよ。ないけど、本当は、もっと南……」


 俺達から目を逸らしながら、そう言った。


 おい、初めから、元老院方面じゃないって分かってたってことか。


 探りたいが、近寄りたくもない。

 そう気持ちが割れていたんだろうが、俺には話せと詰め寄ってきたくせに。


「まあ、どのみち、商人の目的地だったからな」


 溜息を飲み込み、そう言っておく。


「だから、ごめんって」


 また外套に埋もれていった。

 もうそのままにしておく。

 と、思った途端、飛び出した。


「また、商人って言った」


 今度は恨めしそうに睨んでくる。

 余計なことには耳ざとい。


「それで、おあいこってことにしておけ」


 商人は呆れて溜息を吐いた。



 改めて、現在地から行ける町を辿る。

 ただの写し書きで、町以外の街道や地形は省かれている。

 幾つかの小さな集落があるだけのようだと、商人は口頭で説明を添えた。


 海沿いを通る、主要街道は南北へ伸びている。

 北端は、今は無きトルコロル跡地。

 女騎士達の話で、危険だろうというのも聞いている。

 南への用事が済んだとしても、北上することはないだろう。

 他に国があるわけでもない。


 そして、南端は。

 商人が指差した。


「古都と呼ばれる国で、今は鎖国しているという話だ。国を閉ざしているが、細々と物資のやり取りはあるそうだ」


 女の向かう先は南。

 どの辺りかは、まだ分からない。

 目的地を過ぎるかもしれないが、大きな町のありそうな場所は他にない。

 鎖国ってのが、どの程度なのか分からないが、滞在出来るならちょうどいいだろう。


 俺達は顔を見合わせて頷いた。




 ここまでの旅、二人には迷惑をかけた。

 お返しとまでいかないが、女と、商人の目指す目的地まで付き合う。

 そして帰りも、送り届けさせてもらう。

 改めて、自分の心にそう誓った。



 港前の街道から、南へ向けて発つ。

 南端の国――古都へ。


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