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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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九十九話 過去に見る未来

 女騎士と小僧は、爺代表の言について、しばらく問答していた。

 二人で盛り上がってる所悪いが、そこに俺を含めないでくれ。


 冷めた目で見ていると、女騎士が気付き、またこちらを向いた。

 まだ、何かあるのか。


「貴方の予定は分かりませんが、一段落着いたら、共にトルコロルへ訪れてはもらえませんか」


 確かに、初めから、そんなことは言っていたよな。

 直接言われると、息が詰まる。


「帰る約束をしてる。数年後でよければ、依頼でもしてくれ。その時に、まだ町が残ってるといいな」


 女騎士と小僧は、顔を強張らせた。


「その言い草はなんだ」


 小僧の叫びを、女騎士は手を翳して制した。

 そして、俺を見据え、力強く答えた。


「残します」


 言い方が、不味かったな。


「貴方も北の町へ戻るなら、北部方面軍の作戦に参加されるはずですね。各国への協力も仰ぎ、徐々に連合軍の体裁も整いつつあります。それは、私やブラスク、帝国の方々が長い時間努力を傾け、計画を進めてきたもの……皆が信念のために、力を合わせているのです」


 そういえば、そうだったな。


 綺麗事の裏に疑念が湧いた。

 元老院との仲立ちをしつつ、帝国に従事してきた。

 国も、そんな外からの人間に、大任を任せるだろうか。

 お前は、どちらの側にいる。


「帝国の手駒か」


 女騎士は、さらに眉を顰めた。


 利害は一致してるんだろうが、うまいこと利用されてるんじゃないのか。

 俺の知ったことではないが。


「分かってらっしゃると思いますが、そこまで危機は迫っています。世界が閉ざされれば、貴方の生きたい道も途絶えるのですよ」


 最後は、脅しでもあるな。


「そんなことは分かってるさ。ただ、俺には俺の考えがある」


 女騎士は、軽く唇を噛み締めていた。


「重々、承知しております」

「分かってくれて何よりだ」


 小僧も、怒りを振り切ったのか、黙って睨んでいた。

 一々言い返したくはなかった。

 口を閉じて堪えようとするが、反発心はなかなか消せなかった。




 商人が、俺の腕をつついた。

 視線の正確な意味は分からないが、そのくらいにしとけと諭されているような気がした。

 その隣を見ると、女がやけに静かだった。

 気に障ったらしいな。

 商人に、分かったよというつもりで頷く。


 女は無言だった。

 いつも言葉はないが、今はその態度ですら、息を潜めているようにみえる。


「各々休憩にしよう」


 また髭面が、仕切るように解散宣言した。

 その場を離れるとき、擦れ違い様に女はぽつりと零した。


「……は、更地になったのに……」


 何を言っているか、聞こえないほどの微かな声だった。

 だが、どうしようもなく不機嫌なのは伝わった。



 その後、しばらくの間は各々の用事に当てる。

 俺は剣を、商人は道具の手入れをする。

 小僧は足が痛むらしく、靴を脱いで川で足を冷やしていた。

 疲れるから見たくないが、髭面と女騎士は身体が鈍るといって、剣の鍛錬だ。


「一人、足りないな」


 多少自由時間を設けるといっても、離れすぎるのは厳禁だ。

 何事かあれば、皆に迷惑をかける。


「あっちだ」


 手入れが終わったのか、商人は道具を仕舞いながら指差した。

 どこに目が付いてるんだよ。


 言われた方向に目を向けると、流れのそば、岩に隠れるようにしゃがみ込んでいた。

 こちらに背を向けているので、何をしているのか分からない。


 丁度いいか。

 うるさい奴らに、話を聞かれずに済む。



 辺りが赤く染まる川面を眺めつつ、近付く。

 女が石を手にしているのが見えてきた。

 背後から脅かさないように、少し回りこむ。


 思わず眉を顰めた。

 何をしているかと思えば、石を積み上げて遊んでいた。


 集中しているようで、無表情に石をそっと持ち上げる。


「邪魔して悪いが、少しいいか」


 話しかけてから、思い出した。

 こいつが水辺でこうしてるときは、物思いに沈んでいる時のような気がする。


「いや、後でいい」


 踵を返しかけて、跳ねて転がった石が、女の積んでいた石の塔を崩した。


「あ」


 まずい。


「悪い……わざとじゃないぞ」


 また、気味の悪い言葉を浴びせかけられるのかと、身構えた。


「そう、こんな風」


 静かに、崩れた石を見下ろして言った。


「あっけない。人の命」


 やっぱり。

 心で溜息を付き、耳を傾ける覚悟を決める。

 向き直ると、女も立ち上がっていた。


 真っ黒な洞穴のような目で、瞬きもせず俺を見ている。

 この石の塔を崩したのは関係なく、よっぽど、何か気に障ったことがあると分かった。


「前に会った時も、言いたかった。あの人たち、悪いことしてるってわけでもないでしょう。なんで少しくらい、真面目に話をしてあげないの」


 こいつは、礼儀を気にしたり、お節介を焼くようなやつではない。

 無愛想な俺の態度を改めようとか、そんな文句があって言っているのではない。

 だったら、なんだ。

 嫌な緊張だった。

 身構えつつ、言葉を待つ。


「嫌いでも、なんでも、繋がりのある人達がいる。存在してる……私には、あなたの不満が分からない」


 不意打ちを喰らって、思考が止まる。

 あいつらと話している時から、不機嫌なのは気付いていた。

 それが、何のせいかは分からなかった。

 そこまで、俺に対して腹を立てていたのか。


 立場が違えば、分からなくて当たり前だ。

 それでも、女の言葉は胸を刺すようだった。


「どうした」


 不穏な空気を見て取ったのか、商人が側に来た。

 しかし、女の続く言葉に黙した。


「あの異変が起こったとき」


 家族を亡くしたとしか聞いていない。

 それは、多くの者がそうだ。

 だから、誰もそれ以上のことを聞きもしない。

 女は、もっと突っ込んで話そうとしているようだった。

 そんなことをする必要はない。


 だが、言葉にできなかった。


「この変な精霊力が、何なのかも分からない時だった。だから、信じてたわけでもないのに、危険だっていってるような気がして……町から離れた場所で、野草採りの仕事をしてた」


 その精霊力。

 それは、今まではぐらかしてきた、俺が知りたいことでもあるようだったからだ。


「空が割れて、息が白くなるほど急に空気が冷えて、振り向いたら、世界は白い靄で曇っていた」


 女が降る雨を受け止めるように、視線と、右の手の平を空へ向ける。

 その時に、そうしたのかもしれない。


「風もないのに、何かが凪いでいくのが見えた。景色が欠けながら、砂みたいに流れ落ちていくの。空気まで崩れていっているように苦しくて、止めたいのに、体は動かなかった」


 まさか、誰も目にした事のない、精霊溜りの――。


「目に映っていた、すべてのものが粉々に崩れ去り、静かになった。雲も、遠くに見えていた懐かしい街並みも、今採っていた草も、地面から溶けたようになくなって……まるで音の無い空間。全身擦り切れて動けなくても、辺りにある命は、私だけだって気付いた」


 女の視線が俺に戻り、語気を強める。


「みんな、いなくなった。なにもかも、なくなったんだよ」


 その声も、体も震えていた。


 せめてもと、視線は逸らさず、女の言葉を受け止めていた。


「一瞬だった気もするし、今もまだ、あの場所にいるみたいな気がする」


 そう言うと、口を閉ざして項垂れる。

 そのまま力が抜けたように座り込み、膝を抱えてうずくまった。



 遠ざけたいと思っていた者すら、全てを失った。

 それなら、俺への苛立ちも無理もない。

 こいつには、俺も、誰にも、何も言えない。



 下手な慰めの言葉なんか言えはしない。

 全てを引き受ける気もなく、手を差し出せば共に沈む。

 ふと目が合った商人にも、同じ無念さが見えた気がした。


 俺は黙って、女の隣に腰を降ろした。

 商人も反対側に座る。


「それでも、生きてきたんだろ」


 絶望した世界の中にいてさえ、一人で歩いて、ここまできた。

 手を貸さなくとも、こいつは、それだけの生きる力を持っている。


「……うん」


 俺達は、どこか歪で、だからこそ完全になれるものを夢見ているのかもしれない。

 そんなもの、ありはしないと分かっていてもだ。

 俺に出来ることなんか、せいぜい精霊力の謎を追うために、一緒に歩くくらいのもんだ。


 少しの間、三人で肩を並べ、最後の日を受けて赤く輝く川面を見つめていた。


 背後に気配を感じて振り向けば、他の三人も周りにいた。

 表情を窺い見るに、話を聞かれてしまったようだ。

 女騎士は沈痛な面差し。小僧は青褪め、俯いている。

 髭面も何か思うところがあるようで、深刻そうに眉間に皺を寄せていた。


「休もうか」


 俺は、商人と女に声をかけた。




 消えかけの焚き火に、枝葉をくべる。

 ぼんやりと、火の粉を見つめていた。

 見張りとしては役に立ちそうもないな。


 どうにも居たたまれない。

 女の言ったことを考えると、女騎士達にも申し訳ないような気がしていた。

 あいつらの押し付けについては譲歩できないが、だからといって奴らの信望しているものを悪し様に言う必要はない。


 それでも、俺にとっては、振り返る気のない国だった。

 おっさんは、頑固な俺の面倒を見てくれた。

 組合仲間や町のみんなも、俺が名前を覚えなくたって、俺は俺として受け入れてくれた。だからこそ俺だって、少しでも認めてもらえるように、決して仕事で根は上げなかった。

 コルディリーが、俺の故郷で、それが本心だ。



 しかし、そこに至るのも、父の仕事があってのことだ。

 母のことを思い返す。

 父に嫁いできた城下町では、外に出ることもなかった。

 決して嘆いたことはないが、生まれ育った地の、絵ばかり見て過ごしていた。

 そんな生活では、第二の故郷足り得なかったはずだ。

 それでも、いつか帰ることなども考えてはいないようにみえた。


 俺にとっても、居心地のいい場所ではなかった。

 そのせいで、認めたくないのだろうか。

 トルコロル共王国が、祖国なのだと。

 生まれ、幼少時代を過ごしたはずなのに、よく知らない国。


 いや、異変後の記憶は曖昧だった。

 最近になって、思い出そうとすれば思い出せると気付いたが、そうはしなかった。

 今までは、ずっと忘れようとしてきたのかもしれない。


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