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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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九十八話 神代の木霊

 余計な人員は増えたが、予定からそう遅れることもなく、街道を進んだ。

 渓谷まで一日を残す距離で、野営のために足を止めた。

 森の中、木々の狭間で休むわけだが。


 疲れたのか、女は食後すぐに蓑虫形態に変化し、木の幹に巻きつくように丸まった。

 それを見た小僧の、驚愕と絶望の表情は見物だった。


「あ、あれはなんだ。伝承に聞いた、老いた杉のうろに住むと言われる神代の化け物か……」


 そう言った瞬間、女はごろんと寝返り、外套から目だけを覗かせて睨んだ。

 小僧は飛び上がって女騎士の背後に隠れ、震えていた。情けない。


「し、失礼した。そうではなく、こんな湿った地面に、横たわるなど考えもしなかっただけだ」


 女は、またごろんと、幹側へ反転した。

 不意に、小僧の話に納得しそうになる。

 それなら、人間離れしているのも頷けるってもんだ。




 その日は、早々に休むことにした。慌しく出てきたことも、慣れない者らとの同行のせいもあるだろう、みな疲れが見て取れる。

 俺は、また初めに見張りをする。

 向こうの三人組の方は、小僧の見張りを免除し、髭面と女騎士で交代するようだ。

 面倒な奴と一緒になる可能性がなくなり、ほっとする。

 どのみち、日中はうるさいからな。




「うぐ……体のあちこちが痛い。よく、こんなところで眠れるな」


 起きるなり、小僧が恨めしげに俺を見た。

 なんで、俺なんだ。

 みんな同じ条件だろうが。


 寝る前以上に、くたびれて見える。

 ともかく、そのお陰で女をけしかけるまでもなく、小僧はだいぶ静かになった。




 小僧が旅慣れてないことは心配の種だが、旅程を変更する気はないと予め伝えた。

 その代わりに、渓谷では長めに休むことで、同意してもらう。

 多少急いでいるとはいえ、これでも商人の歩調に合わせてのんびりしている方だ。

 本来は、もっと速いぞと脅したら、小僧も素直に同意した。



 日が沈む頃、渓谷に辿りつき、早めだが野営準備を始めた。

 川もあり、開けた場所だ。ここでは、長めに休むことにする。

 小さな石が溜まった河原で、火を起こすと、自然と皆が囲む。

 保存食を齧り、食後の白湯を啜る。


 そうして落ち着いて過ごせるはずだった。


 そこへ、女騎士から嫌がらせのように声がかけられる。

 これだけ近寄れば、仕方がないか。


「トルコロルについて、ご両親から聞いた話もあるのではないですか」


 俺達三人には、会話を楽しむ習慣などなかった。

 必要なことを伝え合うだけで、十分だろ。


「記憶にないな」


 話したそうな奴らが、合流してしまった。

 なるべく目を合わせないように、他所を向いていたが、短い平和だった。

 旅の間、この調子でいるだろう。


 ある程度は、適当に相槌を打つとして。

 聞く側に周り、喋らせておけば何かしら情報も入る。

 そう自らに言い聞かせる。


 とはいえ、勝手に仲間意識を押し付けながら話されても、困惑するばかりだ。

 無視するつもりはなくとも、返答のしようもないことばかり聞かれれば、口を噤みたくもなる。


 思わず溜息が漏れた。


「俺から話すことは何もない。あんたらは、何かあるんだろう。好きに話してくれ」

「では、そうさせていただきます」


 そうして、現在の民の状況やらを聞かされた。

 船上でも似たようなことは言っていたが、より詳細なことだった。

 それに加えて今回の訪問で得た情報に、小僧が細部を付け足す。


 帝国側からの物資の調達や、連携もうまく進んでいる。

 その辺は、髭面も情報を補足した。


 俺は、組合に臨時依頼を出せと言ったはずだ。

 受ける気はないとはいえ、正直、そんなこと報告されても困る。


「オルギーと私に加え、貴方も元老院に姿を見せたことで、民側に立つ元老代表も、より一層の意欲を燃やしてくれたようです」


 どこかで生きているらしいというだけで、元気が出るってんなら、いくら意欲を燃やしてくれても構わないがな。

 巻きこみさえしなければ。


 大体、回廊の進行が酷いと言っていたじゃないか。

 そんな中、何しに跡地へ向かうんだよ。


「城が残ってるたって、回廊の影響があるんだろ。どうやって住むつもりなんだ」

「従来の符の効果を、増幅できるようなものを研究しているようですよ」


 それにしたって、割いてる人員の規模といい、到底追いつくとは思えない。

 進行が速いと焦っていた。

 絶望的に切羽詰っていただろ。


 住むための整備をしながら、片手間に精霊溜りを片付けていく。

 そんな程度なら、とっくに戻ってるはずだ。

 なのに足踏みしている。

 何かまだ、他にも理由があるんだろう。


 話す気があるのかないのか、俺の様子を見つつ小出しにしている。

 もしくは商人のように、長ったらしいだけで、終わりになかなか辿りつかないだけなのかもしれない。

 それだったら嫌だな。


「ふうん。それなら、俺が何もしなくとも安泰だな」


 適当に頷く。


「窮状を訴えているというのに、なんといい加減な態度なんだ!」


 小僧は、叫ぶ役か。気楽なもんだ。

 思わず、ぼやいていた。


「お前はどうやって飯食ってるんだ」

「ど、うやってとは」


 思わぬ質問に動揺したのか、小僧が怯む。


「俺は稼ぎながら生きてる。俺達はみんな行く先々で仕事しながら、その合間に出来ることをやっている。限度があるんだよ」


 たじろぎつつも、必死に言葉を探しているようだ。


「お、王には王の、民には民の役割が、ある」


 そんな風に育てられてりゃ、そうなのかもしれないが。


「なおさらだ。お前らは全ての時間を費やせるんだろ。だったら他人の人生に口を挟む前に、お前ら自身、全力で取り組めよ」

「それ、は……」


 何か言い返したいが、うまく反駁できないようだ。

 俯いて、目を泳がせている。


「市井の心を知っているか知らぬでは、政も意味が変わりましょう」


 女騎士が助け舟を出した。


「そのため、外を学ぶために、旅に出されたのですよ」


 女騎士は、俺から小僧へ視線を移す。


「書物からの知識をそらんじることのみが、知識ではありません。よい機会と捉えて励みなさい。そう、ノッヘンキィエ代表から言付かってきました」


 へえ、そんな理由で出してもらえたのか。


 って、ふざけんなよ、あの爺。

 それが、なんで俺達の旅なんだよ。


「オルギー。あなたも、彼に付いて外の世界を学びなさい」

「なっ……! 私はこんなやつに学ばなくともッ」

「私はこの旅で学ぶつもりですよ」

「うぐッ」


 いい気なもんだ。


「えー……」


 と、心底嫌そうに出した俺の非難の声は、かき消されていた。


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