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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
一章 旅立ち

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八話 赤銅色の髪を持つ女騎士

 夜が明けかけた頃に、大きな精霊溜りは片付いた。これまで体験したことがない最も長い処理時間だったが、大きさに比して短時間で終えられたのは、質の良い符と、慣れた人員が揃っていたためだ。軍のおかげとしか言いようがない。

 しかし睡眠時間が伸ばされることはなく、予定通りに早朝から出立した。旅人勢の背は、すでにくたびれた雰囲気を纏っている。



「フィデリテ・マヌアニミテよ」


 昼の休憩時。また女騎士がやってきて、聞いてもいないのに名乗った。

 それに対して、鬱陶しい気持ちを隠すことなく会釈だけで返す。名乗り返す気はない。

 女騎士は肩ほどまで伸びた赤銅色の髪を後ろで束ね、顔の横で垂らした部分は自然に巻いている。その髪を揺らしながら、呆れたように首を振った。


「イフレニィとか、アンパルシア、そう呼ばれていたのが聞こえたわ」


 その瞳は、青みの強い青緑色。

 瞳に青色が入るのは、トルコロルの者の特徴だ。その色が強いほど、王の血筋の濃さともいえる。俺の視界に入るようにして、その目で見据えてくる。何かを窺うように。


「昨日は見ものだったわね。貴方の符の使い方、大したものだった」

「あれだけのお抱えがいるんだ。驚くようなことはないだろ」


 何の用件だ。

 無礼だろうが構わず態度で促していた。回りくどいやり方に付き合ってやるほど我慢強くはない。ますます余裕がなくなったのは、名を聞いたためだ。関わりたくない気持ちは、否が応でも増していく。

 トルコロルには三人の王がいた。主王(しゅおう)と呼ばれる最も権力ある王と、彼を支える二人の副王。その副王の一人は武を司る王であり、マヌアニミテ領の領主。騎士の家系なら、確実にその血筋だ。

 帝国軍にいる理由は知りようもないが、確かに、この女騎士は生き残りのようだった。


「貴方、昨日は滅びた国と言ったわね、トルコロルのこと」


 事実だろう。

 話に聞いただけで、この目で確かめたわけではない。

 けれど今は、本当にそうだろうと思える。

 回廊へ続くこの道を歩き、荒れ果てていく光景を見ていれば。


「それは、帝国がよく知っていることだろう」


 何かの理由で女騎士が帝国に保護されているのだとすれば、手探りで情報を集めた父などと違い、事情はよく知っているはずだ。

 しかし女騎士の、意を決したように続く言葉は意外なものだった。


「完全に消滅したとはいえないの」


 どう受け取るか気になるのか、俺の反応を待つように黙る。

 何をどう言えというのか。

 腕を組んで言葉を待つ態度に、げんなりしながら返答する。雇用主ではないが、だからといって積極的に軍と揉めたくはない。


「回廊辺り全体が、精霊溜り跡のようだと聞いた」


 俺の言葉に痺れを切らしたのか、情報が足された。


「その後も、調査は続けているのよ。王城周りは、姿を残しているそうなの」


 城下町が残っているとでもいうのだろうか。いや、姿を残している程度ということなのか。

 では生き延びた者も多いのだろうか。ならば、なぜ滅びたと伝えられているのかとの考えが、脳裏に渦巻く。この女騎士も、初めに否定はしなかった。

 様々な憶測を呼ぶ物言いは誘導尋問というものかと考え、思わず目を眇めて女騎士を睨む。


「滅びた国に、何ができる」


 不意を衝かれたのか、わずかに見開いた目が見返す。


「大切な人を亡くしたら、その人はなかったことになるの?」


 刃のように鋭い視線が、突き刺さるように迫る。握り締められ震える拳には、本物の怒りがこもっていた。


「人と一緒くたか……。分かった、俺の失言だ。悪かったな」


 我に返ったのか、女騎士は狼狽した直後、しまったという表情を浮かべた。腹の探りあいには慣れていないらしい。

 何かの意図があると考えたのだが、勘違いだったか。

 そう結論を下しかけた。


「その白銀(しろがね)色の髪。主王の血を引く者の特徴だわ」


 が、直接的に来た。

 すっかり失念していたが、こんなに分かり易い特徴はない。単純にそれが興味を引いたのだと分かった。

 尤もらしいことで、遣り過ごそうと腹を括る。


「親戚筋に、出身者がいたらしいと聞いたことはある」

「そうでしょうね、名前もトルコロルのものだわ。何か聞いてないのかしら」


 当然聞いてるわよね、との意が含まれる、問い詰めるような言い方だ。

 主王の名はノンビエゼだ。幸いにも俺は、その血筋といえど家名は違うし、地位も低いものだった。すべての人員を把握してなどいないだろう。


「ガキの頃に家族とも死に別れたから、詳しくは知らねえな」


 家族との別れは本当だ。彼女も生き残りなら、そのことを疑う余地はないだろう。



「なら、きっと」

「俺の故郷は、コルディリーだ」


 何かを言いかけた彼女の言葉を、強く遮った。

 聞きたくない言葉に思えたからだ。


「そう……」


 思った以上に強い声を出していたためか、彼女は怯んだようだ。


「よっぽど、同郷のお仲間を探したいみたいだな」


 思わず皮肉めいた。余計な軋轢を生みたくはないが、詮索が過ぎる。


「……ええ、王筋の生き残りがいないか、手掛かりを探っているのよ」


 案の定だ。

 そこで女騎士の意図との食い違いに気付いた。俺は女騎士が、何かを探るため遠回しに話しているのだと思ったが、実は初めから疑いもなく世間話をしたかったのだ。

 故郷が残っているかもしれないことを共に喜んでくれると疑いもしない、過去に袂を分かれた騎士達の目を思い起こさせる。


「まあなんだ、王様が見つかりゃあいいな」


 いい加減に食い下がるのはやめてくれと、身体を反転させ手を振った。

 貴重な休憩時間が台無しだ。行軍よりよほど疲れる。

 これ以上、係わり合いにならずに済むよう祈った。


「ありがとう。もし、気にかかる人がいたら、連絡してくれたら助かるわ」


 覚えておくと頷きはしたが、その態度にますます苛立ちが募った。

 相手の人生などお構いなしに、勝手なことを言うもんだ。腹立ちが収まらず、一言残さずにいられなかった。


「余計なお世話だが、今そばに在るものを大切にした方がいい」


 一瞬渋い顔を見せた女騎士に清々する。くだらない八つ当たりだが、これが俺自身の考えだ。それは伝わっただろう。



 午後も、黙々と歩き続ける。

 女騎士との会話を頭の隅に追いやろうとするのだが、何か重要な情報が含まれていたのではと、掘り下げる必要も感じる。


 そこへ、パスルー跡地へ踏み入れたと、告げる声が聞こえてきた。

 辺りに目を向けると、眼前の事実に口を引き結ぶ。

 以前見かけた頃の、活気ある街並みはどこにもない。吹きすさぶ風に、生い茂った草が揺すぶられているだけの、荒野が広がっている。

 視界は悪くないが、そこは、全体的に白く(もや)がかかっているようだった。

 空から降り注ぐ、光の粒が堆積しているのだろうか。そんな風に見えた。


 街だった場所を進み、回廊に近付くごとに、靄は濃度を増していく。

 進む道にも、割れたような深い溝が走り、至る所に断層が覗く。

 歩みを進める度に、大異変がもたらした影響に、あの頃の絶望が呼び起こされていった。


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