精霊界の崩落
深い闇から濃紺に明らむ空に、白銀、藍、赤紫色の光の帯が絡まりあって亀裂のように走っていた。
頭上一面に縦横無尽に切り裂かれた天蓋を、誰もが我を忘れ、息を呑み見つめ続ける。
そこから響いているのか、様々な音が鳴っている。
北の海に流れる氷塊が互いを押し合う、軋み砕けそうな不安を誘う音。
ガラスの破片が日を反射しながら石の床に散らばり、跳ねるような音。
乾燥した冬の夜、常緑樹の森の奥から届く、幹を叩くような澄んだ音。
それらが千の反響を持ち、寄せては返す波のように上空に満ちていた。
――その幻想的で恐ろしい景色は、その日、その時、世界中の誰もが目にしていた。
大抵の者は、空を覆う幻想的な波状の光の帯を、恐ろしくも美しいと眺める。
特別感性の鋭い者は、幾年も前からこの予兆を大地の端々に見て取っており、とうとうこの日がやってきたのだと身を震わせる。
熱を奪われたように、吐息は白い。
それでも、誰一人空から目を離せず立ち尽くす。
立場も思いも違えど、多くの者は、各々の大切なものへ、自然と祈りを捧げていた。
誰も知りえないことだったが、これはある世界の崩落だった。
この世の、上位の次元にある世界に起こった、未曾有の天災。
それにより崩落した一部が、この世界と混じり合った現象だ。
しかし多くの者に届いたのは、世界の残骸である、おびただしい光と音の洪水だけ。
不運にも、崩れ切れなかった世界の欠片を、直接受け止めた場所がある。
二つの大陸を繋ぐ場所。
トルコロル共王国と、アィビッド帝国北方自治領パスルー。
その周辺は、幾千の刃に刻まれたように荒れ、崩壊したという。
運よく逃げ延びた者達は、その夜、北の空が、昼とは違う白い光にのみこまれているようだったと口々に語った。
空を裂く音がもたらした、世界を一昼夜で恐慌に貶めた大異変。
その日より浮かぶ亀裂から、淡く金色に輝く光の細い筋が、隙間なく大地へと降り注いでいる。
だが、それを見ることは、人の目には叶わなかった。
人界の者には、視認できない力が降り注ぎ続ける。
それらを見ることが出来るようになる、そんな者達が現れた頃には、取り返しが付かないほど、世界の全てに浸透しきっていた。
融合することで、力が暴走することもなく、世界は守られたともいえる。
降り続ける光の粒子が見えた者達には、それが命の源に思えた。
そして、今まで知らずに利用していた、魔術式を発動するために必要な力と同じ性質のものだと直感する。
万物に宿る根源的な命と波長が近似しているとして、『精霊力』と名付けられたものの正体だった。