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繚乱のファンタズマゴリア  作者: USK
第一章 砕けぬ氷華
8/33

繚乱のファンタズマゴリア 08

1.


「んっ……」

 差し込む朝日に、僕は目を覚ます。

 身を起こそうとしたけど、それは叶わなかった。

 なぜならジルニトラが僕の左腕にぎゅっと抱き付いていたから。

 昨日と同じ状況。もっとも、今は服を着ているけど。

 昨日の朝は裸で抱き付かれていた上にその状況をリョウ先輩に見られるという散々な出来事があった。

 ジルニトラと《契約》を交わして、今日で二日目。

 今日からまた学院へ通う日々だ。

「ジルニトラ、起きて。朝だよ」

 言葉と共に、軽くジルニトラを揺する。

 すぐに彼女は僅かに目を開き、僕を見てその口元に小さく笑みを浮かべた。

「おはよ……」

「うん、おはようジルニトラ。今日から学校だから、着替えようか」

「ん……」

 まだ寝ぼけ眼のジルニトラが頷くのを見て、今日の分の服を用意する。

 一昨日オルフェさんから受け取った服は殆どが高価そうなドレスばかりで(しかも紅色のものが殆ど)、ロシェで一杯奢る程度でお返しができるようなものでは無かった。

 今度、また別のお返しが必要だろう。

 その中からひとつを選んで、ジルニトラに問いかける。

「ジルニトラ、今日の服はこれで良い?」

 僕の問いに、ジルニトラはこくりと頷いた。

 もっとも、服の良し悪しなんてまだよくわかっていないみたいだけど。

 とにかく、早く着替えさせなくちゃ。

 なにせジルニトラはまだ「人の身体」というものに慣れていない。

 ましてや着替えられるほど手の扱いに慣れてはいないから、僕が着替えさせてあげなくちゃいけない。

「じゃあ、脱がすよ」

 そう断りをいれて、ジルニトラの服を脱がす。

 今や彼女は僕の片割れだけれども、やはり子供とはいえ女の子、それなりに背徳感が沸いてきてどうも慣れない。

 選んだ服は紅のドレス。というか、適当に服を取るとどれもこの色なのだ。

 オルフェさんは子どもの頃からこの色が好きだったのか、と同級生の幼少期をこれで知ってしまう自分に若干の嫌悪感を覚える。

「よし、と」

 ジルニトラを着替えさせて、僕も学校の制服へ着替える。

 昨日リョウ先輩に「お前を見ていると男の身支度もアリだな」などと訳の分からないことを言われたのを思い出して、改めて自分が華奢で女顔だということを自覚する。

 背が低いのも女顔なのもどれも遺伝で仕方のないものだけど、そんなことを言われるとやっぱり気にしてしまう

(《契約》しても変異しない限り見た目は変わらないんだよね……)

「じゃあジルニトラ、ご飯食べに行こうか」

「うん!」

 ご飯という言葉に、さっきまで眠そうだったジルニトラが目を輝かせる。

 どうやら料理というものを昨日生まれて初めて食べたことでその虜になってしまったらしい。

 当然上手く食器が使えない為、パンみたいに掴んで食べるようなもの以外は僕が食べさせてあげているのが現状だ。

 ジルニトラの手を引いて、3階にある僕の部屋から1階の食堂へと向かう。

 そこには、既に先客が食事をとっていた。

「おはようございます、ネロさん」

「ああ、おはよう」

 そう、ここは学院の寮ではない。

 この男、ネロ・ノートリアスさんの屋敷だ。

 何故僕たちが彼の屋敷にいるのかは、昨日の事を説明しなければいけないだろう。


* * *


「まずは《契約》おめでとう、ブルーサス・ホライゾン。本当なら学院をあげて盛大にお祝いしたいのだが、そうもいかないのでね」

 ロードレシア学院の一室。

 ブルーサスと彼の後ろに隠れるようにしているジルニトラ、そしてリョウとオルフェの4人の前に足を組んで座る黒髪の男がそう告げる。

 男の名はトウヤ・ロクジョウ。

 外見は20やそこらだが、この男こそが現学院長であり、同時に初代学院長でもある。

 そしてこの王都に名だたる大魔術師。

 しかし数百年は生きているくせに外見同様中身も若々しく、よく実戦講義と称して実力のある生徒に奇襲まがいの模擬戦を行っており(現在の主な相手はオルフェだ)、その光景は学院の名物として知られている。

 見出した魔術もまたおおよそ魔術師らしからぬ身体強化であり、戦い方も徒手による肉弾戦。

 本人曰く、一度魔術を修得してしまえばこっちのもので、手に入れた長い命を楽しんでいるのだそうだ。

 なぜこの男が魔術の道を志し、そしてなぜこの学院を創立したのか。

 その理由を知る人物はブルーサスを含め生徒の中には一人もいない。

 今日ブルーサス達が休日にもかかわらずここへ来たのは、今後の学院や寮に関しての諸々の指示を受ける為だ。

「盛大にお祝いって……。確かに珍しい事かもしれないが、それほどの事か?」

 リョウの疑問に、学院長は笑って「ああ」と頷く。

「なにせ《契約》ってのは100年に一回あるかないか。しかも、異性間での《契約》なんざ結婚よりも素晴らしい事なんだぜ」

「け、結婚!?」

 その言葉に、ブルーサスが素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ジルニトラは良く分かっていないようで首を傾げているが。

「そうさ。ほら、『死が二人を分かつまで』って言うだろ? でもな、『二つの身体、二つの魂を持つ一人』ってのはよく言ったもので、《契約》による絆は死ですらも分かつことは出来ない。死ぬときは一緒だからな。そんな強い絆が結ばれたのなら、祝って然るべきだろう。ましてや、俺の生徒なら尚更だ」

(そうなのかな……)

 ちら、とブルーサスはジルニトラの方を見る。

 正直彼としては結婚などと言われると逆に罪悪感が多少わいてくる。

 なにせ、見方を変えれば自分は危機的状況を良い事に無理やり小さな女の子と結婚した男になってしまうからだ。

「まあ、話を元に戻そう。ブルーサス、お前は明日からも普通に通って来い。ジルニトラも一緒で構わない」

「良いんですか?」

 これからも学生生活を続けられるのは嬉しいが、大丈夫なのだろうかとブルーサスは思う。

 なにせジルニトラはまだ幼い。いや、人から見ればそれなりに生きてはいるのだが、竜としてはまだまだ幼い、という意味だ。

 今朝の彼女の様子を見る限りでは、なかなか先行きは大変だとブルーサスは思っている。

 着替えや食事もまだ上手く出来ないし、人見知りも激しくて外を出る時はずっと手を繋いであげていないといけない。

 それに誰かに会うと今みたいに後ろに隠れてしまうからだ。

 そのことを学院長に告げる。

 しかし、返ってきたのは「それでも大丈夫だ」との言葉。

「お前はもう会っているようだが、同じ竜との《契約》を交わしたアルト・オブライエンが王都に来ているんでね。折角だから色々と話を聞かせてもらって、その上で大丈夫だと判断した」

 彼の話によると、竜の知能ならば1週間もすれば人の身体には慣れるし、更に1か月もすればそれなりに読み書きも出来るようになるそうだ。

 流石に人見知りに関しては如何ともしがたいが、とにかくむしろ学院に通わせた方が良い学習になる、とのことだった。

「そういうことだ、流石に制服は用意できないから私服で構わない。むしろ問題は住むところだ。このまま寮生活を続けてもいいんだが、そうすると風呂とかの問題があるからな」

 確かに、とブルーサスは頷く。今の所一人では入れそうもないから僕が入れてあげる必要があるし、男子寮だと色々と問題がある。

 オルフェが女子寮のほうで代わりに入れてあげるという提案もしたが、人見知りの問題やこれ以上面倒をかけるのも申し訳ないという理由で断った。

「そこで提案だが、俺の友人が王都に屋敷を持っている。滅多に王都に来ることなんてないし、そこを使わせてもらうってのはどうだ?」

「学院長の友人……ですか?」

「ああ、察しの通り魔術師だ。何せ魔術協会騎士団の人間でね、ここ20年は王都に来ていない。鍵は俺が預かっているし、屋敷の保全も使い魔にやらせているから綺麗なものだ。どうだ?」

「どうだ、と言われても……」

 友人の屋敷って大丈夫なのだろうか、とブルーサスは思案する。

 学院長の口ぶりだと、無断で屋敷を使わせてもらうことになるんじゃないだろうか。

 そう尋ねると、学院長はあっさりと肯定した。

「おい教育者としてそれはどうなんだ」

 リョウが突っ込みを入れるが、学院長はすまし顔だ。

「一応手紙でこの事は伝えておく。なに、もし拒否すると手紙が返ってきたら揉み消せばいいだけの話だ」

 とんでもない事を言って、学院長が大笑いする。

 一方の生徒3人は割と尊敬していたこの男の汚い面を知って見るからに引いていた。

「じゃあ、鍵を―――」

 そう言って、学院長が鍵を投げ渡そうとしたその時。

 部屋の扉が思い切り開かれた。

 そして、一人の男が部屋に入ってくる。

 瑠璃色の髪の目つきの鋭い男。ネロだ。

「トウヤ。まさかその鍵、俺の屋敷の鍵などと言うまいな?」

 学院長の前まで歩み寄ったネロは、学院長の手に握られた鍵を見てそう告げた。

 しかし学院長はひょうひょうとした態度を崩さない。

「なんだ、こっちに来ていたのか。着いたのは今日か?」

「昨日だ。諸事情により王都にしばらく滞在することになってな。王都で面白いことがあったそうだが、生憎俺は間に合わなかったよ」

「なら、昨日の内に顔出しても良かったんじゃないか? それとも、その面白いものが見れなくて不貞腐れてたのか?」

「冗談。そのことについて聞き込みをしていた。宿も普通に取っていたのでね。まあ、最も―――」

 ブルーサスの方へ視線を向ける。

 そしてその口元にぞっとするような笑みを浮かべた。

 ブルーサスの後ろで隠れていたジルニトラがぶるぶると震えだしてしまう。

 あまり初対面の相手をこう評するのは好きではないが、この男は苦手だった。

 まるで全身に剣を突きつけられているような感覚。

「ここでその当事者に出逢えるとはな。しかもお前の教え子と来たものだ。……ん?」

 ネロが何かに気付いた様にブルーサスの顔を見る。

「……どうかしましたか?」

「貴様……いいや、何でもない。それより、俺の屋敷を使うという話だったな」

「ああ。どうせお前は金が有り余ってるだろうし、それぐらい構わないだろう?」

「そうさな、条件付きで構わないなら貴様の頼み、聞いてやる。まずひとつ、貸すのは屋敷ではなく部屋だ。設備は好きに使って構わんが、指示した場所には入るな」

ネロの言葉に、学院長がブルーサスに目配せをする。

 ブルーサスはそれに黙って頷いた。

「それと。―――貴様の計画、そろそろ潰させてもらうぞ」

 その明確な憎しみが込められた言葉に、ブルーサスは全身総毛立ち、その後ろのジルニトラは「ひっ」と怯えの声を漏らす。

 リョウとオルフェに至っては身構えたほどだ。

 しかもそのような憎しみを込めた言葉を放つネロの表情は、声音とは真逆に恐ろしい程の笑み。

 そのことが余計に得体の知れない印象を彼に与えていた。

 しかし、当の学院長に動揺は見えず、机の上で手を組んでネロを観察するように眺めた。

「成程。だが、こちらとしてもはいそうですかという訳にはいかない。潰そうとするのは構わないが、阻止させてもらうぞ?」

「ふん、やってみろ。ならば頼みは引き受けよう。《契約者》、鍵は預けておく。屋敷の場所はこいつに聞け」

 そう言い残し、ネロは去っていった。


* * *


 そんなことがあって、僕は今ネロさんの屋敷でお世話になっている。

 あの時は怖い印象を受けたけど意外と面倒見のいい人で、色々と気を使ってもらっている。

「朝食はそこにおいてある。それと聞いていなかったが昼食はどうする?」

「ありがとうございます。昼食は学院の食堂で食べようかと」

「食堂は混むだろう。その子は大丈夫なのか?」

 ネロさんに言われて、そのことまで頭が回っていなかったことに気付く。

 学院の食堂は毎日盛況で、ジルニトラには少々辛いかもしれない。

「一応、弁当を用意しておいた。もし不安なら、どこか陽の当たる場所で食べるといい」

「す、すいません、気を使わして」

「構うな。条件付きとはいえ友人の頼みでお前達を泊めているのだ。それに竜との《契約者》に恩を売っておくのもいいと思っているのでな」

 後半はあからさまに打算だったけど、その事には触れないことにした。

 それにしても、ネロさんが出した条件の二つ目。

 学院長の計画とは、なんのことなのだろうか。

 もしかしたら、それが学院長が魔術師になった理由なのだろうか。

 そして、それを阻止すると言ったネロさんは、どうして魔術師になったのだろうか。

 それを知る術を、今の僕は持たない。

 目の前の料理に目を輝かせているジルニトラを席に座らせて、僕もその隣に座る。

 机の上に置かれた料理は、みなネロさんの使い魔が作ったそうだ。

 件の使い魔は……成金趣味というかなんというか。全身が宝石で構成されていた。

 ネロさん自身の魔術が宝石の理を用いるものだから仕方がないらしいけど、そんなものが掃除したり料理していたりするのをみるとなんだか使い道を色々と間違えている気がしてならない。

「おいしそう……」

「そうだね。じゃあ、いただきます」

「いただきます」

 言うや否や、ジルニトラがパンをひとつ掴んで思いっきり齧りつく。

 まったくこの子は……。

 見るからにおいしそう食べるその姿は微笑ましいけど、そのうちマナーも教えてあげなくちゃ。

 料理を口に運びつつそんなことを漠然と考えていると、一足先に食事を終えたネロさんが席を立った。

「それとブルーサス。俺は先に出かけるから、戸締りを頼む。恐らく帰るのは夕方だ。それと食器はそのままでいい。使い魔に片付けさせる」

「わかりました」

 僕が頷くのを見ると、ネロさんは食堂から出て行った。

 遅れて、玄関の扉が閉められる音が聞こえてくる。

「さて。ジルニトラ、そろそろ行くよ」

「がっこう?」

「うん、そうだよ」

 荷物を背負い、右手でジルニトラの左手を握る。

 そして、屋敷を出る。

 空はやや雲が多いけれど、その隙間から除く青空が綺麗だ。

 今日もいい日と思えるような、そんな空。

 握るジルニトラの手は小さく、けれどしっかりと僕の手を握り返してくる。

 その手の温もりを感じつつ、僕は学院への道を歩き出した。



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