繚乱のファンタズマゴリア 07
1.
「行ったか」
ブルーサスと幼女の姿となった竜が見えなくなってから、俺はぽつりと呟いた。
「それと、ナシュト。それにセレス姫。そこに隠れているのは分かってる。安全だから出てこい」
俺の言葉を聞いて、ナシュトとセレス姫がこちらにやってくる。
少し離れた場所で隠れて今の出来事を見ていたのは、少し前から視えていた。
「リョウ先輩、無事だったんですね! って、セレス姫って……」
「その子のことだよ。アドネス帝国第二王女セレス・アーティアル姫。そうだろ、アルトさんよ。ついでに、追手はセレス姫の近衛の人だ」
「セレス様! ようやく見つけましたよ! まったく、妙な勘違いをして……」
「え、え!?」
ナシュトが戸惑うようにオレとセレス姫を交互に見る。
当のセレス姫は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ナシュトさん。黙っていたことと騙していたこと、お詫びします。それと、アルトもごめんなさい。本当はそんな意図がないとは分かっていたのですけど、どうしてもこの街を見ておきたくて……」
「そんな理由ですか。言ってくれれば誰かを付けたというのに……」
「私は一人で街を見たかったのです。ですが……」
「―――?」
セレス姫が、ナシュトに微笑みかける。
「大変でしたけど、ナシュトさんとこの街を見れて良かったと思っています。もし迷惑でなければ、また今度一緒に、今度はゆっくり街を歩きませんか?」
「え、え!? あ、うん……じゃなくて、ハイ! オ、オレでよければ、喜んで!」
未だ状況がよく掴めていないナシュトが、セレス姫の言葉にこくこくと頷く。
いや、青春っていいものだな。俺にとっては遠い話だが。
「つーわけで、俺は学院と、ついでにオルフェん家に言ってくる。後は頼んだぜ」
「え、あ、先輩!?」
戸惑うナシュトを尻目に、学院への向かい歩き出した。
(竜、か。まったく、俺も縁があるもんだな……)
今回の事件がこれで終わる筈はないと、俺は確信していた。
竜を襲う存在など、せいぜい誰かが操る幻想存在と人間だけだと聞いたことがある。
ならば、この裏には黒幕がいるという事だ。
吸血鬼事件と今回の事件。
その二つに関わりがあるのかどうかはまだ分からない。
けれども、どちらもこの俺が対処するべきことだ。
それこそが俺の存在意義であるが故に。
ああ。
行き交う人には見えない。
俺の額に。
燃えるように光る、眼の如き紋様があることに。
2.
「ふぅ……」
ジルニトラをベットに寝かせて、僕は一息つく。
ここに来るまで―――特に寮の中で―――奇異の目で見られたけれど。
寮長はさっきの現場を見ていたらしく事情を知っていたので、特別にジルニトラを連れて寮に入ることを許可してくれた。
あくまで一時的で、今後の処遇に関しては学院長の判断に任せるらしい。
僕もベットに腰掛け、ジルニトラの寝顔を眺める。
彼女と既に記憶を共有している僕は、彼女が十数日間も逃げ続けていたことを知っている。
いくら竜とはいえ、本当に疲れたのだろう。
これだけ小さい子ならば、余計に。
その髪を軽く撫でる。彼女は僅かに寝返りを打ち、身を屈めた。
(そういえば、服はどうしよう………)
当然自分の部屋に女物の服なんてないし、もしあったとしてもサイズが合わないだろう。
いや、そんな仮定を考えるだけ馬鹿げている。
何度か先輩に似合いそうだと勧められたことはあるけど。
そんなことを考えていたら、部屋の扉をノックされた。
入るように促すと、リョウ先輩となぜかオルフェさんが入ってきた。
「あれ、なんでオルフェさんが?」
「先輩に、その子が着れそうなおさがりの服がないか頼まれまして。いくつか用意しましたので、どうぞ」
「ありがとう、オルフェさん。丁度そのことを考えてたところだったんだ」
「で、学院長からの伝言だ。とりあえず今日はそのまま寮で休め。明日、休みの所を済まないが学園まで来てくれ、だそうだ。少なくとも、悪いようにはしないとよ」
「そうですか、ありがとうございます」
正直、これから学院に通って行けるのかどうか、かなり疑問だった。
なにせ、ジルニトラはまだ子供だ。それも幼い。
学院に連れて行く訳にもいかないだろうし、かといって留守番させるわけにもいかないだろうし。
別にこれで学院を辞める事になっても、後悔はないけど。
「ま、なるようになるだろ。しかし良く眠ってるな、その子」
「本当、可愛らしい寝顔ですね。竜とは思えませんわ」
「ずっと逃げ続けてたみたいだからね」
すやすやと眠るジルニトラの見た目は、普通の人間と何も変わらない。
「それにしても、何故この子が狙われたのでしょうか」
「考えられることは3つだな。1つ目はこの子がまだ子供だから。2つ目はこの子が他の竜に無い特別な力があるから。3つ目は、竜そのものが狙われているから」
「1なら外道、2なら愚策、3なら……理解できませんわね。竜種を狙う意味など」
「理解不能な存在ってのはいつの時代にも世界にも存在してるんだよ。歴史が証明してる。まあ、どちらにせよだ。この子を狙っていた奴が、いつまた襲ってくるかも分からねえ。そこで、だ。俺から提案がある」
「なんですか?」
「明日から、俺がお前を鍛えてやる」
「……………はい?」
先輩の突然の提案に、僕は唖然とした。